朝起きたら妹が告白してきたんだが……そもそも、俺の妹は本当の妹なのだろうか?
譲羽唯月
第1話 妹は妹なのか?
「おはよう、お兄ちゃんッ」
え⁉
な、なんだこの子は⁉
朝、来栖尚央がリビングに入るなり、その子と出会う。
彼女は青色の髪質に、ショートヘアスタイル。小柄な感じで、身長は尚央よりかなり低い。愛らしい瞳を見せ、尚央の前に立ち、満面の笑顔を振りまいてくれるのだ。
しかし、尚央からしたら身に覚えのない女の子だった。
彼女は尚央のことをお兄ちゃんと言っている。
多分、その子は、妹ということになるだろう。
「お、おはよう……」
なんで、妹と普通に会話してんだ……。
今、妹とは仲が悪い。
関係性が拗れ、ここ二か月ほど会話をしていなかった。
そんな妹が笑顔を見せ、挨拶してくるわけがないのだ。
よくよく見てみると、正面にいる女の子は妹と少し雰囲気が違う。
パッと見た感じは、どう見ても実の妹なのだが、何かが違うような気がした。
いや、いくら口をきいていなかったとはいえ、妹の顔を忘れること自体がおかしい。
自分がおかしくなってしまったのではないかと思いつつ、尚央は再び、妹の顔をまじまじと見た。
「ねえ、何? そんなに見てー、なんか恥ずかしいよ。けど、嬉しい♡」
妹は頬を赤らめ、両手で顔を隠しつつも、指先の間からチラチラと様子を伺ってくる。
「いや、俺はそんなつもりじゃ」
「そうだ、お兄ちゃん。ご飯にする? それとも私かな」
妹は無いに等しいおっぱいに手を当て、それを強調させ、上目遣いで見つめてくるのだ。
「いや、そういうのって、三択とかじゃないのか?」
「お兄ちゃん相手なら、ああいうことだってやらせてあげるけど」
「い、いや、いいよ。遠慮しておく」
なんで、こうも普通に会話してんだろ。
昨日まで冷え切った関係なのに。
しかも、変態な行為までしてくるなんて、俺の妹だったらありえない。
「お兄ちゃん、どうしたの? 具合でも悪いのかな?」
妹はさらに近寄ってくる。
「いや、気にしないでくれ。別に気分も悪くないし」
「そう? だったらいいけど。お兄ちゃん、普段と比べて反応の仕方が変だよ。やっぱり、熱とかがあるじゃないの?」
さらに距離を詰めてきて、女の子らしい匂いが漂ってくる。
「いや、ないから」
尚央はハッキリと口にした。
「でも、確認のために、ほっぺを触らせてよ」
妹はつま先立ちしながら、尚央の頬へと手を当ててくる。
温かい手の感触が、頬に伝わってきた。
妹の手って、こんなにも幼い感じだったか?
尚央は些細なことだが、疑問を抱いてしまった。
「というか、俺、あの場所に行かないと」
尚央は焦る。
今はこんなところで妹と会話してる場合じゃない。
リビングの壁に設置された時計の針は、すでに十時を示していた。
すでに予定の時刻であり、今から行っても待ち合わせ場所で彼女は待ってくれているのだろうか?
多分、いる。
そう思いたかった。
「ねえ、お兄ちゃん、どこに行くのかな?」
「どこって、待ち合わせ場所だけど」
「誰と待ち合わせ?」
あからさまに妹の声のトーンが変わった。
ひしひしと伝わってくる、この異様な空気感は何なのだろうか?
「だ、誰って、彼女……だけど?」
尚央は視線を合わせずに返答した。
「へえー、お兄ちゃんは彼女と待ち合わせをしてたんだあ、へええ……そう」
怖い。
先ほどまでの明るい感じの妹ではない。
これはまさに、ストーカーのような眼差し。
大型動物に睨まれているような感覚。
体が硬直してしまうのだった。
「私ね。今日、お兄ちゃんとデートする約束をしていたんだけどなあ。忘れちゃったの?」
妹は尚央の胸に手を当て、嫌らしく触ってくるのだ。
尚央は咄嗟に……いや、本能的に後ずさってしまった。
危機感を覚えたからだ。
「ねえ、お兄ちゃん? どうして離れるの? ねえ、お兄ちゃん?」
妹は距離を詰めてくるのだ。
「いや、は、離れてはいないです」
「なんで、他人行儀のような話し方なのかな?」
妹のドスの効いた声がさらに、尚央の心を締め付ける。
「いや……その……」
尚央は言葉を詰まらせてしまう。
妹が見せる黒い眼に束縛されているようで、ますます顔を合わせることができなくなった。
というか、この妹は一体?
尚央は正面にいる子が、本当に妹なのかわからなくなった。
確かに、妹は妹だ。
見た目も、服装も、妹そのもの。
見間違えようがないが。
性格がこの前と大幅に違っているのだ。
人は一日や数時間で変化するものなのだろうか?
いや、そんなことありえない。
絶対にありえないと、尚央は心の中で強く頷いた。
「ちょっと、離れてくれないか?」
尚央は妹の肩を触り、一旦、距離をとらせた。
この体の柔らかさ、小学生のところの妹と同じだな……。
いや、な、何を考えてるんだ、俺は。
あの妹だぞ。
仲が悪く、口もきかない、あの妹。
尚央は深呼吸をして、心を落ち着かせ、再び、妹を見やった。
そもそも、なぜ、妹はデートをしようなんて言い出したのだろうか?
疑問でしょうがない。
まさか、自ら仲直りをしようと提案してきているのか?
尚央はそう思ったが、そうではないような気も感じていた。
だがしかし、いつまでも仲が悪いままではよくないだろう。
どこかで距離を縮め、昔のように親しい関係に戻った方がいいのかもしれない。
尚央は妹の対応を見て、そう勝手に解釈したのだ。
まあ、一緒にどこかに遊びに行く程度ならいい。
付き合うとかだと難しいが。
「ねえ、彼女って、誰なの?」
妹が質問してくる。
「あのさ、そのことなんだけど。あれは嘘なんだ」
「嘘?」
「ああ、なんとなく言っただけさ」
尚央のその言葉にゆっくりと妹の表情が緩くなり、きょとんとした顔を見せる。
妹の体を覆っていた、怖くて暗いオーラが掻き消えていくようだった。
「よかったあ♡」
妹は満面の笑みを見せてくれる。
可愛らしい笑顔。
そんな妹の仕草に、不覚にもドキッとしてしまう。
実の妹に対し、こんな感情を抱くなんてありえない。
いや、この感情は何かの間違いだ。
尚央は自身の胸に手を当て、何度も内面に言い聞かせていた。
「というか、どうして、俺とデートしたいんだ?」
「だって、好きだから♡」
妹は嫌らしくちょっとだけ舌を見せ、ウインクする。
「え? 俺と妹って兄妹関係だよな」
「うん」
妹はハッキリと頷く。
「それだけ?」
「んん、まあ、そうだけど。そうじゃないかも」
「何かしら理由があるんだろ?」
「理由というか、うん。そうだね」
妹はまた、愛らしい笑みを見せた。
「それはね――」
彼女は一言。
「恋愛的に好きってこと。だから、今からデートに行こッ」
「いや、急すぎないか? 俺は妹と特別な関係になろうとは思ってないんだが。本当に兄妹関係だよな」
「そうだよ。だからだよ」
「いや、わからないって……普通、兄妹同士だったら尚更そういう関係になるのはよくない気が。他の人だって付き合わないだろ」
「え? 普通に付き合ってるよ」
「いやいや、そんなわけ」
「だから、付き合ってるよ」
妹は何度も口にする。
この妹の表情。どう考えて、嘘を言っているようには思えない。
まあ、これは単なる夢なんだと感じた。
長い夢を見ていて、その中で生じている問題と直面しているだけだと――
まあ、夢の中であれば、そういう関係性でもいいかもしれない。
普段は妹と仲が悪いのだ。
不思議な経験しても、朝起きればすべてが夢だったと思える。
今は妹に従うとして、今後もデートとかしなければいけないのだろうか?
そんな疑問を抱きながら、尚央は妹の方を見た。
「どうしたの? 不思議そうな顔をして」
「いや、変わった夢だなって」
「夢? 将来のとかの夢?」
「違うよ。寝ている時に見ている夢さ」
「夢って、違うよ。ここは本当に現実だから。本当にお兄ちゃんはどうしたの?」
「どうもなってないさ。普通だから。妹の方がおかしいって」
尚央は言い切った。
むしろ、妹の感覚がずれている。
そうとしか思えなかった。
「おかしいのは、お兄ちゃんの方だよ」
強気な姿勢。自分は間違っていないとばかりの妹の態度に、尚央は動揺する。
「え? いや、まさか。そんなことは」
「ねえ、具合が悪いんじゃない?」
「俺は正常さ」
尚央は断言しても、不思議と後ずさってしまう。
なんか、変なことをされそうで、本能的に距離をとってしまっていた。
「なに、そんなに離れないでよ。お兄ちゃん、変だよ、本当に」
「変じゃないって。妹の方こそ、どうしたんだ? なんか、昨日までは、そんなに話しかけてこなかったじゃないか」
「え? 普通に話してたよ」
「え?」
尚央は驚く。
まさか、そんなはずは……。
「いや、話してないって。というか、兄妹同士が付き合うって、あ。ありえないだろ」
「ありえるって。お兄ちゃん」
彼女はそういうと、リビングにある本棚へと向かっていく。
「これは知ってるよね?」
妹が持ってきたのは、一冊の本。
何かと思っていると、妹は本を開き、来栖尚央へそのページを見せてくるのだ。
「ここのページの一文目を読んでみて」
「この本を?」
「うん」
妹は笑顔で頷く。
そこに記されている内容に目をとおしてみる。
「……兄は妹と一緒に付き合わなければならない……ん?」
尚央は首をかしげる。
「なんだ、これ?」
「法律の一文だよ」
「ん、え⁉」
よくわからない。
そもそも、兄妹が付き合うのは法律なのか?
意味が分からず、尚央は何度も、そのページを見てしまう。
「なんだよ、これ。どうせ、妹が作った本だろ。わかってんだ」
尚央がふざけた感じに笑って誤魔化し、最後のページを見る。そこには国家認定と記されていたのだ。
「これって……国が作ったもの、なのか?」
「そうだよ。だから、私が作ったわけじゃないよ。それに、そんなに文章とか書けないし」
確かに中学生の妹が、ここまで書いているのを見たことがない。
本当にこれは法律の本なのか。
尚央はやっぱり夢の中だと思い込むことにした。
そして、一度、肌を引っ張ってみる。
「いたッ」
肌に強い痛みを感じた。
なんだよ、これ……。
夢じゃないのか?
「ねえ、どうしたの? 自分の腕をつねるなんて」
「夢だと思って」
「もうー、だから夢じゃないってッ」
妹は睨んでくる。
「もしかして、記憶喪失とか、そんな感じなの?」
「記憶喪失って、違うから」
「だったら、一旦外の空気を吸お」
「……」
これ以上、面倒な関係になりたくないために、尚央は妹と一緒に家の外に出ることにした。
外は普通である。
けど、昨日とまでは全く違う光景があった。
自宅前の道には、やけにカップルみたいな感じの人が多い。
なぜ、ここまで多いのか、自分に対する当てつけなのかと思い、少しだけイラっとした。
妹から食い止められなかったら、今頃、可愛い彼女と初デートができたはずなのにと思い、さらにげんなりしてしまうのだ。
「おはよう、梨華ちゃん。今日もお兄ちゃんと一緒?」
そういう風に話しかけてきたのは、一人の女の子だった。
ボブショートの小柄な女の子。優しい感じで、人柄がよさそうな雰囲気があったのだ。
「おはよ、鈴ちゃん。私今からお兄ちゃんとデートしに行くんだ。あれ? 鈴ちゃんのお兄さんは?」
「えっとね。それがあそこに連れていかれたの」
「そ、そうなんだ……ごめんね、変なことを聞いてしまって」
妹の梨華は申し訳なさそうな表情を見せた。
「んん、いいよ。国のルールを守らなかったのは、兄だし」
ルールを守らなかった?
どういうことだ?
尚央は二人の話を聞いていて疑問を抱く。
なんの話をしているのだろうか?
そうこう考えていると、家から少し離れた場所が、次第に騒がしくなってきていたのだ。
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