第2話 兄妹事件⁉ 規律十条‼
「おい、俺は別に悪いことはしていない」
「少しは落ち着け」
来栖尚央が自宅近くの道端にいると、荒々しい声が響いてくる。
何事かと思い、首を傾げていると、服の袖のところを引っ張られたのだ。
「もしかして、これって、兄妹事件かも」
妹は真剣な眼差しで言う。
「兄妹事件? なんだそれ」
「それはね。兄とか妹が国のルールを破った事件のことを、兄妹事件って言うの」
「そ、そうなんだ」
よくわからないが、尚央は妹の意見を聞き、なんとなく頷いた。
「鈴ちゃん、ちょっと行ってみよ。お兄ちゃんもね」
「うん」
鈴は頷く。
「お、おう」
尚央は軽く反応したのち、妹に手首を掴まれ、その場所まで向かうことになった。
一体、何が起きてるんだろ。
「いや、だからこれはさ、俺が悪いんじゃない。妹の方が悪いんだよ」
とある住宅街のある道の通り。
声を荒らげて自己主張するのは十代後半くらいの男性。大体、来栖尚央とさほど変わらない年頃のように思える。
その口論している二人の周りには、そこらへんに住んでいる住民らが佇んで、興味ありげに見ていたのだ。
なんか、相当な事件のようだ。
そもそも、住民といっても、若い感じの男女しかいなかった。
「けど、君は何の許可もなく、他の妹と一緒にいたんだよね」
警察のような風貌の男性は、職務質問するかのような口ぶり。向き合っている相手に問うと、その男性は嫌そうな表情をして見せた。
「あ、ああ。それが何なんだよ。悪いのかよ」
強気な口調。
絶対に自分は間違ってはいないといった発言である。
「はい。そうですね。あなたは兄妹規律十条を知らないんですか?」
「し、知らないよ、そんなの。ああッ、面倒くさいな。それより、俺は他の妹と会う約束があるんだ」
男性は激しく反論する。
自分勝手な意見ばかりで、背を向け、その場所から立ち去ろうとしていたのだ。
「ちょっと、待ってくれ。まだ話は終わっていないが?」
警察が、男性の肩を掴み、行動に抑制をかけた。
「うるさいな。待ち合わせなの、わかるか?」
「ええ。それはわかりますが、今の話は終わってないですが?」
警察は冷静に対処している。
「終わってんだよ。早くしないと、あの妹から怒られるからさ」
「はああ……あなたはよくない方だ。少し別のところで話をしようか?」
「あ、なんでだよ。俺は忙しいんだ。って、おい、俺から手を放せよ」
「それは無理です。兄妹規律十条――、今、付き合っている妹の許可なく、他の妹と付き合う事への処罰ですね。まあ、別のところに、あなたの被害にあわれた妹さんがおられますので、そこに行きましょうか」
「だから、俺は。あの妹とは別れたんだよ。関係ないだろッ」
十代くらいの男性が声を荒らげると、別のところから他の警察がやってきて、両手を取り押さえられていた。
「おい。俺を離せ」
「無理ですね。規律違反なので、署まで来てもらいます」
「ああ、なんだよ、あの妹の奴。別れるって言ったのに。なんで、なんで、ここまで俺の人生を狂わせようとするんだよッ」
不満な感情を吐き出すように、その場に言い残した後、警察の方々に連れていかれるのだった。
「な、なんだったんだ。さっきは」
パトカーのサイレンが鳴り響く頃合い、来栖尚央は隣で一緒にその光景を見ていた妹に問う。
「あれはね、規律違反をした兄だからだよ」
「規律違反? 十条ってことは、他にもいろいろあるのか?」
「うん。私はそんなに本を読めない方だから、すべてを把握してるわけじゃないけどね」
妹は軽く笑っていた。
兄妹の関係性が崩れただけで、あそこまでの事件に発展するのか。
怖いというか。
これが夢の中だと思えば、納得ができるというもの。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なに?」
「ねえ、私の許可なく、他の妹に手を出したら、どうなるからわかるよね?」
「んッ……ああ、わかってるさ……」
すべてが分からなくとも、妹の闇に満ち溢れた、その表情を見た瞬間、なんとなく察することができた。
ただでは済まないだろう。
余計なことなんて考えない方がいい。
尚央はそう思った。
まあ、本当であれば、初めてできた彼女とデートする日だったのだが、今日は妹と一緒にいよう。
というか、この世界は、夢なんだ。
どうせ、待ち合わせ場所に行っても彼女なんていないだろう。
尚央は、妹の梨華を見やった。
「ねえ、どうしたの? もしかして、キスしたくなったの? いいよ、私は♡」
「ち、違うからッ、どうしてそうなるんだよ」
「梨華ちゃん、大胆だね」
妹の友人らしき女の子が頬を赤らめ、恥ずかしそうに二人を見ていた。
「というか、こんな場所でキスとか……兄妹同士おかしいだろ……」
尚央は自分でも、なんでこんな経験をしなければいけないのか、意味不明だ。
「そ、そうだ。梨華ちゃん。この前ね、この近くに新しいお店ができたみたいだよ」
鈴が話題を変えてくる。
気まずい空気を一気に書き換えてくれたのだ。
「そうなの? 私、行きたい。お兄ちゃんも一緒に行こッ」
「ああ、いいけど。デートするとか、そんなこと言ってなかったか?」
「あれー、もしかして、その気になってくれたの?」
「そうじゃないし」
なんで、妹と付き合わなければいけないんだよ。
まあ、今日だけだし。
そもそも、夢の中なんだ。
気軽な感じに付き合ってしまえばいいか。
来栖尚央は自分の心を言い聞かせ、強引にも納得させた。
「それで、どこのお店なの?」
「あっちの方だよ」
二人の女の子は楽しそうな感じである。
そういや、あまり妹が喜んでいる姿、見ていないな。
口数が少ない妹のことを振り返り、複雑な心境になる。
そもそも、この目の前にいる妹は本当に、あの妹なのか?
不思議でしょうがない。
幼い頃の妹を見ているようだった。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、なんでもないから。ちょっと考え事をしていただけさ」
「へえ、そうなの。エッチなこととか」
「なんで、そういう話になるんだよ」
「私はいつもでもいいのにー」
妹は口元に指先を当て、誘惑してくるかのようだ。
なんで、妹の如何わしいところを見ないといけないんだよ。
そ、そんな姿見ても、興奮とかしないし……。
尚央は顔を背け、瞼を閉じたのだ。
妹に欲情とかおかしいしな。
「梨華ちゃんのお兄さんって、変態なの?」
唐突な妹の友人の発言。
「え? いや、そうではなく――」
尚央が言おうとしたときにはもう遅い。
「そうなの。私のお兄ちゃんは変態なの。毎晩私の部屋に入ってきて、勝手にね。私が寝ているお布団の中に入ってくるの」
「ええー、そういう関係にまで発展してるんだね」
鈴は頬を紅葉させ、興奮気な口調になり、妹の話を聞き入っていた。
「いいな。私のお兄さん。別のところにいるし」
「鈴ちゃん。色々なことがあると思うけど、もう一度、お兄さんを作ってみたら? 私、探して紹介してあげるよ」
梨華は友人の手を握ってあげて、勇気づけていた。
「え、いいよ……私もすぐに……欲しいというわけでもないけど……」
鈴はなぜか、尚央の方をチラッと見た。
ん、な、なんだ。さっき見られたのか?
で、でもなんで?
まさか、俺のことが好きだというのか?
いや、ほぼ初対面なのに、好きになるなんてないよな。
まあ、年下の子は、妹の梨華だけで十分足りている。
余計に、年下の子と関わりたくはない。
「鈴ちゃん、その話はあとにして、今はそのお店屋さんに向かおッ」
「そ、そうだね」
チラッ――
また、その子の視線を感じた。
ま、まさか、本当に気があるのか?
でも、鈴ちゃんが俺のことを好きになるとか、そういう経験もしたことないしな。
まったくわからない。
「お兄ちゃん、どうしたの? なんか、挙動不審だよ」
「挙動不審って、俺はそんなに変質者じゃないし」
「そんなにって、少しは自覚あるの?」
「いや、ないから」
尚央は言い切った。
断じて、そういった人でもないし。妹に欲情したり、ロリコンとかそういう類の人種でもない。
「でも、私の他に付き合っている子がいるとか朝言われた時は、どうかしたんじゃないかって思ったよ」
妹はいきなり、頬を膨らませ、ちょっとだけ不満げな発言をしてみせていた。
「ええ、梨華ちゃんのお兄ちゃん、他に好きな子がいるの。それって規律違反になるんじゃないの」
「そうなの。だからね、私、法律の本を見せて、その子とは付き合わないようにしたの」
「へえ、凄いね。お兄さんが別の子と付き合っていたら、さっきの男の人のように捕まっていたかもね」
「そうなの、ギリギリセーフって感じ」
妹は自慢げに言う。
「そうだ、お兄ちゃん、勝手に付き合っちゃだめだからねッ、わかった?」
「は、はい」
いきなり距離を縮めてくる妹は、ハッキリとした口調で言い放つ。そして、つま先立ちになるなり、その指先で尚央の胸元らへんをなぞっていた。
んッ――
擽ったい。
「あはは、お兄ちゃんの反応、面白いー」
「もう、梨華ちゃん、お兄さんをそんなに弄ったらよくないよ」
妹からバカにされた感じだ。
心底イラッとした。
「まあ、そういうことだから気を付けてよねってこと。ね、早く行こ、お兄ちゃん」
「え、あ、ああ……」
妹から手首を掴まれ、転びそうになりながらも、鈴が言っていたお店に向かい歩むのだった。
これからどうなるんだ、俺……。
早く夢から覚めたいって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます