第3話 ねえ、お兄ちゃん、何を買おっか? これにする?
ここはどういった店なんだ?
来栖尚央は得体のしれない空間に入った感覚に陥る。
尚央は、二人の女の子と一緒に、店に入ったのだ。が、そこはコンビニのような作りの建物であり、広い店にしてはあっさりしたものしか販売していない印象だった。
「ねえ、お兄ちゃん。何を買おっか」
「いや、まだ少ししか見てないし。ゆっくりと見てからな」
尚央は妹の問いかけに冷静に対応した。
それにしても、コンビニみたいな感じなのに、スーパーのように広いとは……。
意味不明であり、ここの店主は何を考えて、このような作りにしたのだろうか?
「ね、お兄ちゃん。これなんか、どうかな?」
「なに?」
妹が見せてきた商品は、ケースの箱みたいなものだった。
「……って、それ、妹には早いだろッ、いいから、そういうのは」
尚央は変な気持ちになりながらも拒絶したのだ。
なんで、男の俺が恥ずかしがってんだよ。
尚央の調子が狂ってしまう。
「もう、そろそろいいじゃない」
妹は不満そうにブツブツと話している。妹が見せてきたのは、大人の男女が使用する、ゴムみたいなモノが入った小型の箱だった。
そもそも、妹相手に欲情なんて……。
尚央は何とか冷静を保とうと必死だった。
本当に妹を性的な目で見てしまいそうで怖い。
「ねえ、お兄ちゃん。だったら何を買うの?」
「何って、まだ、少ししか見てないだろ。もう少し店屋の奥に行ってみようか」
尚央はそう言い切り、先へと進む。
が、一緒に店内にいた鈴ちゃんは、とある棚の前でジーっと見て考え込んでいた。
何をそこまで真剣に見ているのだろうか?
「どうしたのお兄ちゃん」
「いや、鈴ちゃんだっけか。一応、迷わないようにさ。ちょっと話しかけてくるだけだから。まあ、一緒に行動しようよ」
「そうだね。ねえ、お兄ちゃん? 私の友達の事好きになったの?」
妹から黒い視線を向けられた。
「いや、まさか。そもそも、なんの繋がりもないのに、そういう関係にはならないさ」
尚央は言い切った。
彼女の元に近づいていき、隣に立つのだ。
「えっとさ、鈴ちゃんは何か買おうとしてるのかな?」
「え? な、なんですか、急に⁉」
鈴は、恥じらう顔を見せ、手に持っていたものを、サッと背後に隠す。
そして、気まずそうに、尚央の顔をチラチラと見てくる。
「そ、そんな驚くこと?」
「は、はい。私は一人でゆっくりと見たい派なので」
「そうなのか?」
「はい」
「でも、迷子になったら、危ないと思うんだけど」
「そうですけど。わ、私は一人で大丈夫なので」
なぜか、彼女から可愛らしく睨まれてしまう。
「本当に大丈夫なのか?」
「は、はい……」
彼女は強気な口調になっていた。
そんなに見られたくないモノなのだろうか?
疑問を抱きつつ、鈴と距離をとったのだ。
まあ、何を買うかは個人の自由である。
余計に口出しする必要性はないと思った。
「鈴ちゃん、私。お兄ちゃんと少し別のところにいるから。何かあったら、この店の入り口近くの待合室コーナーで待っててね」
「うん」
鈴は気まずそうに、軽く頷くだけだった。
「じゃ、行こっか、お兄ちゃん。あと、手を繋がない?」
「なんで?」
「いいじゃん。一応、今日デートの日なんだよ。一緒に繋ごッ」
「まあ、いいけどさ」
しょうがないな。
と、思いつつ、手を見せ、妹の手を軽く握った。
妹は元気よく、そして尚央は引っ張られる形で店内を歩きだしたのだ。
「というか、妹は何を買いたいんだ?」
「それは、決まってます」
「なに?」
「エプロンですね」
「そういうのって、家にないのか?」
「ありますけど。一応、今日買おうと思ってたんです」
「そうか。でも、どんなエプロンでも、別にいいような気がするけど?」
「そんなことはないです。その日によって、色々と変えたいんですッ」
「そんなものなのか?」
「はい」
妹はハッキリと告げる。
そして今、エプロンが売っている棚のところまでやってきていた。
そこには、多くのエプロンがハンガーのようなもので飾られてあったのだ。
コンビニのような雰囲気のある店だが、もはや、なんでも揃っているところに驚きだった。
「ねえ、お兄ちゃん、どんなエプロンがいい?」
妹はハンガーにかかっている、エプロンを手にとり、自分の体に当て大きさなどを確認していた。
そんなにエプロンに思い入れもこだわりもない尚央からしたら、正直どうでもよいと感じる。
「ねえ、どうかな? このピンクの方? それとも、キャラがついてる方かな?」
「えっとだな……」
来栖尚央は考え込む。
一応、そういう風な仕草を見せたのだ。
やはり、この妹は何気に心が黒くなったりする。
表面的には悩んでいるふりをした方がいいだろう。
ピンク色エプロンか、キャラデザエプロンか。
悩んでしまう。
本当に、この妹が、本当の妹であれば、多分……ピンク色エプロンを好むはず。だが、それは安易な考え方だ。
今、視界に入っている妹は、妹であって、妹ではないもの。
予想するに、多分、キャラデザエプロンを選んだ方がいいだろう。
「ねえ、お兄ちゃん、そろそろ決めてよ。唸ってばかりいないでさ」
「え、ごめん……だったら、キャラデザエプロンにしなよ」
「えー、このエプロン?」
妹は不満げに、尚央を疑うような眼差しで見てくるのだ。
え、なんで?
まさか、ピンク色の方がいいのか?
「もう、どうしてわからないの」
「ご、ごめん……」
最初っから、ピンク色の方がよかったか。
今更、そう思っても遅いのだ。
「じゃあ、私、このピンク色エプロンにするね♡」
「ああ」
尚央は簡単に頷いた。
まさか、ピンク色エプロンを選ぶなんて。
この妹は、本当の妹なのか?
いや、そんなはずは……。
今一緒にいる妹は、普段から妹とかけ離れているのだ。
たまたま、趣味嗜好が被っただけなのかもしれない。
尚央はそう思い込むことにした。
「というか、お兄ちゃんは何も買わなくてもいいの?」
「買うって、別にそんなに欲しいものはなかったしさ」
先ほど、店内をあっさりと回って歩いていた。
これと言って、絶対に欲しいと思えるものなど何もないのだ。
余計に買い物をしても無駄になり、しまいには捨てるだけになってしまうだろう。
「だったら、私がお兄ちゃん用に何か買ってあげるね」
「買うって何を?」
「それは、いいものだよ」
妹は笑みを見せる。
「いいよ。そんなにお金なんてないだろ」
「あるもん。結構」
「でも……中学生の妹には」
「なに、中学? 違うよ。私、まだ小学生だよ、お兄ちゃん」
「え? ……しょ、小学生⁉」
な、なんでだ?
妹は中学一年生だったはず。
なぜ、目の前にいる妹は小学生なんだ?
尚央はよくわからなくなった。
「ねえ、どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、なんでもない。嘘だよ、冗談、冗談だって」
冗談ということにしておいた。
いや、まさか。そんなことはない。
確かに、妹は中学生だった。
それはハッキリと覚えている。
この頃、仲が悪かったとしても忘れるわけがない。
でも、本当に小学生ならば、視界に映っている子は、妹ではないということになる。
やはり、偽りの妹なのだと感じた。
ここは、やっぱり、夢なんだ。
痛みを感じるが、ここは偽りの世界。
いずれ、時が来れば目覚める。
尚央はようやく自分の考えに確信を持てるようになったのだ。
「ねえ、買ってあげるから」
「いいよ、小学生の妹に、支払わせるわけにはいかないしさ」
来栖尚央は頑なに拒んだ。
「いいから、こっち来てッ」
妹からの強引な導き。
そして、とある場所にコーナーに到着する。
「ここは……服か?」
「そうだよ」
「なんでまた。家にあるよ」
「そうだけど。お兄ちゃんってば、服装がダサいの。だから、今ここで買うの」
「いいよ、買わなくてもさ」
「んんー」
妹は唸っている。
まじまじと、尚央を見やっているのだ。
「だから、お兄ちゃんは私の恋人なんだし、服くらいしっかりとしてよね」
「俺は別に、これが普通だと思ってるけど」
「そう? いつも、黒色の服装ばかりだし。デザインもなんか時代遅れだし」
た、確かに。
尚央は自分の着ている服装を改めてみると、そのダサさを痛感してしまう。
似たり寄ったりの服しかないためか、少し服の生地が傷んでいる。
「私ね、もう少しカッコいいお兄ちゃんにしたいのッ」
妹はハッキリとした口調で言い切るのだ。
「だから、これを着て。あっちの方に試着室みたいな場所があるから、早く」
妹から強引にハンガーから外された服を押し付けられてしまう。
尚央はしぶしぶと、試着室に入り、カーテンを閉めたのだ。
こんな感じでいいのか?
尚央は、試着室の鏡に映る自分を見た。
確かに、妹が選んでくれた服は、ハッキリとしたデザインであり、今風の新鮮さを感じられる派手さがある。
「お兄ちゃん、着た?」
カーテンの先から妹の声が聞こえてきた。
待っていてくれているのだろう。
「ああ、ちょっと待ってて」
そういいつつ、鏡を見て、襟首などを整えるのだった。
尚央はカーテンを開け、妹と対面し、着た感じの状態を見せる。
「んッ、いいんじゃないかな? これで少しは雰囲気が良くなったと思うよ、お兄ちゃん♡」
妹は評価してくれた。
そもそも、本当の妹がここまで嬉しそうに話しかけてくることなんてない。
本当の妹ではない妹の笑顔を見ながら、自分の服装をもう一度確認するのだった。
「それで、本当のこれを、妹が購入してくれるのか?」
「うん、記念にね」
「そっか」
「あと、今日はセール日だし」
「セール?」
「うん、兄セールね」
「あ、兄セール? なんだ、それ」
尚央は意味不明なセール名に困惑しつつも、一旦、試着室を後にするのだった。
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