第18話 お兄ちゃんッ、いっぱい、一緒にお話しよ♡

「どうかな、お兄ちゃん?」

「いいと思うよ」

「本当に?」

「そ、そんなにさ。その、気にするなって」

 来栖尚央は、妹の梨華の服装を素直に褒めてあげたのだ。

 今、自宅の部屋にいる彼女はパジャマ姿になっていた。

 夜十時を過ぎた頃合い、先ほどお風呂と食事を済ませ、あとは就寝するだけである。

「お兄ちゃん。一緒に寝てくれない?」

「いいけど。嫌じゃないのか?」

「どうして? 私は一緒でも構わないよ。だって、お兄ちゃんのことが好きだし♡」

「――ッ」

 面と向かって言われることに抵抗があるわけじゃない。

 梨華の笑顔と相まって、返答に困る。

「お兄ちゃんも一緒に休みたいでしょ?」

 梨華が距離を縮めてくる。

 正面に立ち、上目遣いで見つめてくる妹に、動揺を隠せなかった。

 俺は妹のことが好きなのか?

 いや、そんなことは……。

 尚央は、その感情を必死に抑え込んでいたのだ。

 けど、なかなか、感情の鼓動を抑制することなんてできなかった。

 我慢すればするほど、どうにもできなくなる。

 自分でもわからない。

 妹に対して、好きとか、そういう感情を、今まで抱いた事なんてなかった。

 変なのだろうか?

 いや、俺の方が変なんだよな。

 今日、外を歩いていても、兄妹同士でデートしている人らを目にすることが多かった。

 兄が妹を好きになることが普通なのかもしれない。

 明るい表情をした妹が瞳を輝かせながら、尚央の返答を待ち望んでいる。

「じゃ、一緒に寝るか」

「うん♡ そうこなくちゃね。お兄ちゃんッ、これからもずっと一緒ね♡」

「うん。い、一緒か……」

 尚央は小さく呟く。

「ん? どうしたの? 元気ないよ、お兄ちゃん?」

「俺はさ……本当に普通なのか?」

「普通って。んん、ちょっと言動がおかしいところがあるけど。普通だと思うし、安心して。今後、ちゃんとした診療所で検査すればいいし。多分ね、お兄ちゃんは思い込みが激しいから、自分が変だと感じているだけだよ」

 梨華はつま先立ちして、尚央の頬を指先で突いてくる。

「お兄ちゃんは、そんなに考え込まないで。私、そんな顔見たくないし」

「ごめん……やっぱり、俺の思い込みなんだよな」

 この世界がおかしいとか、そんなの無いよな。

 俺自身が思い込んでいるだけなんだよ。

 元々、この世界の方が普通で、俺の脳内にある方の世界が偽りなんだ。

 尚央は自分の心に問いかけていた。

「夜に深く考えちゃダメだからね。感情が暗くなっちゃうから」

「そうかもな。余計に考えすぎなんだよな」

「そうそう。夜は楽しいことを考えないとね。じゃ、一緒にベッドにッ」

 梨華は手を掴んできて誘導しようとする。

「ちょっと待って。鈴ちゃんは? 一人にさせてもいいの?」

「大丈夫。鈴ちゃんは、一人になりたいんだって」

「そうなのか?」

 女子小学生を、こんな夜に一人にさせてもいいのだろうか?

「鈴ちゃんは、私よりもしっかりとしてるし。大丈夫」

「本当?」

「私が保証するし。鈴ちゃんはね、その……お兄さんがいなくなってから、施設で頑張ってきてるし。余計に気にすると怒られちゃうよ」

 鈴のお兄さんは、どこかに行ってしまったと聞いたことがあった。

 妹は鈴の一番の親友らしく、色々と知っているのだ。

 冷静に考えてみれば、無暗にお節介を焼くのもどうかと思ってしまう。

「そういうんだったらいいけど」

「じゃ、お兄ちゃんからお布団の中に入って♡」

「ちょっと、押すなって」

 尚央は背中を押され、一瞬転びそうになりながらも、うつ伏せの状態でベッドに顔を付けた。

「お兄ちゃんは私のッ」

 梨華も布団もベッドに横になると、背後から抱きついてくる。

「お兄ちゃんの匂い、好き♡」

「そんなにくっ付かなくても」

「いいの。夜だから♡」

 梨華は積極的だった。

 その言動に迷うことなどなく、本能的に兄である尚央の体を求めてくる。

「ねえ、お兄ちゃん?」

「……どうしたの?」

 尚央はどぎまぎしながら返事をした。

 背中には梨華の体の温もりが伝わってくる。

 背後を振り向くことなく、尚央は会話を続けた。

「ねえ、お兄ちゃんは、私のこと好き?」

「まだ、ハッキリとは……」

「なに、その返答ー、もっと私を意識してよ」

 梨華はさらに、両手で抱きしめてくる。

 年下の体の感触を深く感じられ、心臓の鼓動が高まってきた。

 妹に対して、如何わしい想いを抱いてもいいのだろうか?

 もう、ここは受け入れた方がいいのかもしれない。

 すぐには意識できるかどうかは怪しいところ。

 けど、いつまでもモヤモヤとした感情を抱えたままでは、心苦しかった。

「お、俺は……」

「なになに、お兄ちゃん」

 梨華は興味を持ち、さらに抱きつく度合いが強くなってくる。

 妹の匂いを身近で感じられ、余計に想いを言葉にして伝えられなくなった。

「ねえ、教えてよ。お兄ちゃんの考えてること」

「……俺も好き……かもしれない」

「本当に?」

 妹の温かさを、さらに感じられるのだ。

 本音なのか、まったくわからないが、一応、思いらしいことは伝えられた気がした。

「私も、好き♡」

「……なんで?」

「なんでって……その、そういうのは、内緒ッ」

 妹はさらに抱きしめる度合いを強めてくるのだ。

 いくら強く抱きしめられても、妹は小学生である。

 そんなに苦しい感じはしなかった。

「ねえ、お話しよ」

「もう話してるだろ」

「そうじゃないよ。普通にお話したいなって」

 妹は自分の思いを優しく伝えてくるのだ。

 二人は布団の中で離れ、互いに仰向けになる。

 一度、部屋の天井を見上げた。

「お兄ちゃんは、明日何をしたい?」

 隣で横になっている妹が、尚央の右手を強く握ってくる。

 小さな手の感触が優しく絡んでくるのだ。

「明日って。梨華は学校に行かないのか?」

「お兄ちゃん、明日は日曜日だよ」

「え? 日曜日?」

「うん。忘れちゃったの?」

「え……ああ、そうなんだ」

 尚央は忘れていた。

 いや、確か、あれ……?

 今日が土曜日だったのか?

 どこか、記憶に誤差を感じてしまう。

 記憶違いなのだろうか?

 一瞬、脳内が混乱していた。

「お兄ちゃん、そんなに難しそうな顔をしちゃって、何考えてるの?」

「え? そんな顔してたか?」

「そうだよ。夜はそんなに考えない方がいいよ」

 暗い感情になってはいけない。

 そう思い、一度深呼吸をした。

「お兄ちゃんは、深く考えすぎなの。もう少しゆっくりとしてよね」

「だよな。考えすぎなんだよな」

 考え込んだって、何かが変わるわけなんてない。

 今は妹と一緒にいることを考えた方がいいだろう。

「そういえばね。明日、街中でイベントが開催されるみたいなの。お兄ちゃんも行く?」

「イベントか。どういうイベントなんだ?」

「んーとね、妹イベントだったはず」

「妹イベント?」

「うん。そうだよ。妹が中心となったイベントなの。兄妹がペアになって、色々なことをして遊ぶだけなんだけどね」

「へえ、そうなんだ」

 意外と簡単なイベントのようだ。

 しかし、どういったイベントなのか、あまり予測がつかない。

 そもそも、それがどういった感じに行われるイベントなのだろうか?

「お兄ちゃん、一緒に行こうね」

「いいけど。ランクとかも上がりやすくなるんだよね?」

「そうだよ。だからね、いっぱい、一緒に遊ぼうね♡」

 梨華は笑顔を見せてくれる。

 そんな妹の微笑んだ顔を見れただけで、正直ドキッとした。

 な、何を考えてるんだ、俺は。

 右側にいる妹から視線を逸らすように左側を向く。

「お兄ちゃん、どうして、そっちの方を向くのー、私の方を見てよー」

 梨華から視線を向けるように求められてしまう。

「もしかして、恥ずかしいとか?」

「違うから」

「えー、じゃないと、私から視線を逸らさないでしょ」

 梨華は誘惑するように近づいてくる。

 反対方向を向いている尚央の耳元で、妹は息を吹きかけてきたのだ。 

 内面がフワッとして、背筋が一瞬、気持ちよくなった。

「お兄ちゃん、こっちを見てくれないと、嫌だからね」

 わかっているつもりであっても、妹の大人びた口調に心が揺れ動いてしまう。

「でも、恥ずかしいって思うのは、良いことだと思うよ、お兄ちゃんー」

 梨華が耳浦を舐めるように、小さく呟いてくる。

「お兄ちゃん? こっち向いて」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 尚央は妹が居る方へと視線を向けた。

 すると、突然、視界が暗くなる。

 何かと思えば、口元に温かいものが接触していたのだ。

 それは、梨華とキスしていることであり、体は小さくあったとしても、唇から伝わる思いは本物のように思えた。

「んんッ♡」

 梨華はそう簡単に唇を離してはくれなさそうだ。

 妹はキスをしたまま、軽く喘ぎ、余韻に浸っている。

 尚央も瞼を閉じ、受け入れることにした。

 妹のことなんて、そんなに意識したことはなく、その柔らかい唇を合わせ続ける。

 口元へ、妹の舌が入ってくるなり、尚央も絡ませたのだ。

 まだ、夜は長くなりそうな気がする。

 そんなことを思いながら、妹の方へ体を向け、抱きしめてあげた。

 梨華に対し、言葉ではない形で思いを伝えたのは初めてかもしれない。

 妹が優しく微笑んでくれたような気がした。

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