第19話 妹イベントで、余計なことなんてするんじゃなかった…

 普段よりも遅くに就寝したはずなのに、意外と早起きできたような気がする。

「お兄ちゃん? なんのイベントに参加したい?」

 今、来栖尚央はとある会場にいる。

 その正面には、二人の妹がいるのだ。

 その内の一人。梨華がテンションを上げながら問いかけてくるのだ。

 妹は早くイベントに参加したくて、ウズウズしている。

「私も、参加したいです」

 梨華の隣にいる二人目の妹――、鈴も同調するかのように尚央を見つめている。

「イベントに参加する前にさ。俺、どんなイベントがあるかわからないんだが……」

 二人の妹からしたら何度か参加していると思われるが、尚央からすれば初見なのだ。

 まずは、どういったイベント内容なのかを知りたい。

 尚央は辺りを見渡した。

 今いる場所はイベント会場のホール内。

 そこには多くのカップルがいるのだ。

 カップルといっても、兄妹同士の関係性である。

 ここまで多くの兄妹愛を感じている人らが集まっているのを目にするのは初めてだ。

 この世界では常識であり、むしろ兄と妹が付き合っていない方が変に思われるらしい。

 イベント会場には、祭りの屋台のようなテントが数多く存在し、個々で遊び、楽しんでいるように思える。

「ねえ、あっちの方に行こ、兄ちゃん」

「いいぜ、今度は負けないからな」

 自分と同じ高校生位の兄妹カップルだろうか?

 仲良さげで顔立ちが似ていることもあり、その二人は双子なのかもしれない。

「お兄、あれはダメなの?」

「いいから、今はそんなにお金ないし。そろそろ、帰るぞ」

「ええ、そんなの無いよー」

 あれは中学生ぐらいの兄と、小学生ぐらいの妹なのだろうか?

 まだ、バイトもできるような年頃ではないため、金銭面で困っている兄妹カップルのようだ。

 助けてあげた方がいいのだろうか?

 この場合、どうすれば……。

「お兄ちゃん? どうしたの、かな?」

 尚央が、少し遠くを歩いている二人の兄妹カップルを見ていると、梨華から問われるのだ。

「なんかさ。あっちにいる子って、もう少し遊びたいんじゃないのか?」

「え、そうみたいだね」

 梨華は尚央が指さす先にいる二人の兄妹を見やった。

「お兄ちゃんはどうしたんですか?」

 近くにいる鈴が、まじまじと見てくるのだ。

「なんかさ、可哀想だなって。なんかできないのか?」

「んん、その気持ちはいいんだけど。確かよくないんだよね、鈴ちゃん」

「そうだね。他の兄妹を勝手に助けることができないって規律があったはずだよ。確か、規律、二十四条かな?」

 鈴は思い出すように口にした。

「そうなのか? 助けられないのか?」

「うん。余計に助けちゃったら意味ないのよ。兄妹の想いは色々な経験をして、育まれるものだとされているの。だからね、勝手に助けようとすると、兄妹愛の成長の妨げになる可能性があるし」

 物知りな鈴は淡々と説明してくれた。

「それでいいのか?」

「しょうがないよ、お兄ちゃん。ここは見過ごすしかないって」

 梨華は悲し気な表情を一瞬だけ見せた。

 妹もそういうところを気にしているのだろう。

 規律だからと言って、放置するのも何か違うと感じる。

「俺さ、助けてあげたいんだけど」

「お兄ちゃんはそれでいいの?」

 梨華は尚央の手を触ってくる。

「……えっとさ。規律二十四条を違反した場合、どうなるんだ?」

「さあ? 鈴ちゃん、どうなるんだっけ」

「もう、梨華ちゃんは全く覚えてないの?」

「えへへ、ごめん、まったく」

 規律というのは学校で学ぶこととされているが、授業中、梨華は上の空のようだ。

 何についてそんなに考えているのかは不明だが、妹はそんなに授業に集中できないのは本当らしい。

「規律二十四条の違反は、数週間のイベント参加の禁止になるの」

「へえ、そうなんだ」

「もう、梨華ちゃんは覚えてよね」

「うん。わかってるよ。覚えておくから」

 梨華は笑って誤魔化していた。

「それで、お兄ちゃんはどうしますか? それでも助けるの?」

 鈴から判断を迫られているのだ。

「それは……」

 尚央は二人の兄妹カップルを遠くから眺めている。

「でもさ。助ける以外の方法で、何とかならないか?」

「んん、そうですね」

 鈴が真面目な顔で思考する。

「もしかしたら、あれはできるかも」

 鈴は何かをひらめいたようだ。

「イベントの運営に相談してみるとか」

「意外と簡単な結論だな。でも、それ以外にはないのか?」

 尚央は納得がいかなかった。

「じゃあ、いっその事、お金を直接渡すとか」

「だからね、梨華ちゃん。それやっちゃうと。違反するの。私たちにできるのは、イベントの運営に相談するしかないの」

「でも、運営に相談しても助けてくれないよ。そういうとこ、鈴ちゃんも知ってるでしょ?」

「そ、そうだけど……」

 鈴は俯きがちになる。

 運営に相談しても意味がないことを知っている。

「やっぱり、助けよう。直接でもお金を渡してさ」

「でも、それがバレちゃうと、数週間ほど、イベントに参加できなくなっちゃうよ」

 鈴が心配げに言う。

 尚央の今後のことが不安だからこそ、必死に訴えかけているのだ。

「俺は行くから」

「ちょっと」

 鈴の声が背後から聞こえる。

 が、梨華だけは一緒についてきてくれたのだ。

「お兄ちゃんがそういうなら、私も一緒だから、安心して」

 二人は屋台のテントが立ち並ぶ場所を通り過ぎながら、その幼い兄妹のところへと向かう。

「ねえ、今大丈夫?」

 尚央は話しかける。

「なんですか?」

 中学生ぐらいの兄の方が睨んでくる。

 兄の背後へと、その妹が隠れるように移動したのだ。

 そんなに怖がらせたかな。

 尚央は、自分の話し方に問題があったのだと後悔してしまう。

「えっと、お金に困ってるんでしょ?」

「なんで、知ってんだよ」

 中学生の兄の方がさらに睨みをきかせ、尚央だけではなく、妹の梨華にも強い眼光を向けてくる。

「んッ、お、お兄ちゃん……」

 梨華はその中学生よりも年下である。

 小学生からしたら、中学生に睨まれただけでも怯えてしまうものだ。

「なんですか? 僕らには、僕らなりのやり方があるんで。それにお金に困っているとか、失礼ですよね? 僕らは普通にお金がありますし」

 中学生の兄が一歩前に出てきて、威嚇してきた。

「僕らは普通にお金がありますよ」

「え?」

 尚央は少し言葉に詰まった。

 この兄妹がイベント会場から立ち去ろうとしていたのは、お金がないからではないのか?

「僕の妹は、一度でも遊んでばかりいるので、イベントで利用できる金額を決めているだけで。お金がないわけじゃないですから。勝手に決めつけないでくださいッ」

 中学生に強い口調で言われ、屋台近くで遊んでいた兄妹カップルらにまじまじと見られてしまう。

 かなり気まずいシチュエーション。

「ねえ、そこの方々? 金銭の問題ですかね?」

 注目されている四人がいるところに、一人の人物がやってくる。

 それは女の子のような口調。

 視線をそこへと向けてみると、幼い感じの女の子が腕を組んで佇んでいた。

 多分、運営関係者の子かもしれない。

「金銭面というか、この人らが勝手に、僕らのお金を巻き上げようとしてきたんだ」

「え?」

 尚央は驚き、後ずさってしまう。

 な、何を言ってるんだ……この子は。

 予想外すぎる中学生の発言に、動揺を隠せなくなる。

「おい、あいつらって、年下の子らに恐喝してんのか?」

「ありえないでしょ」

「最低ね」

「まじで、あいつらはイベント出禁だな」

「もう、イベントの空気感が壊れるじゃない」

 辺りにいた兄妹カップルから、敵意を向けられてしまうのだ。

 こ、これって、俺らが悪いのか?

 いや、絶対にそうじゃないだろ。

 どこかに信じてくれるような人が……。

 尚央は辺りを見渡すが、信じてくれそうな瞳をしている人らがいない。

「ねえ、お兄ちゃん……これ、危ないよ」

「そ、そうだな」

 優しさのつもりで関わったはずが、墓穴を掘ってしまったらしい。

 ああ、余計に行動するんじゃなかった。

 尚央は後悔してばかりだ。

「ねえ、そこにいる二人が、そちらの二人から、お金を取ろうとしたってこと?」

 イベントの運営のような子が現状を把握し、話しかけてくる。

 が、運営担当といっても、ツインテールをした小学生ぐらいの幼い子であり、色々な意味で心配になってしまう。

「いや、俺らの話も聞いてくれ」

「うん、私は奪おうとはしてないし。逆に助けようとしていただけで」

 尚央と梨華は必死に事の経緯を説明していた。

「まだ言い訳するつもりか?」

「そろそろ、白状した方がいいんじゃないか?」

「ああ、こんなだと、イベントの雰囲気がめちゃくちゃだな」

「最悪」

「あいつら見るからに、何かを取りそうだしな」

 辺りにいる人らは信じてはくれそうもない。

 むしろ、さっきよりも自体が悪化している。

 俺らはどうすればいいんだよ。

 苦境に追い込まれ、うまく判断することができなかった。

「二人のせいだからな、こうなったのは」

 中学生の男子に言われ、さらに、心に負担がかかってしまう。

 年下からここまで圧力をかけられたことはない。

「まあ、そうね。今のところ解決しそうな感じじゃないし。二人は少し来てくれない?」

「どこにですか?」

「まあ、イベント会場の事務所にね」

 事務所か……。

 そこで色々とわかってくれればいいんだけど。

「お兄ちゃん?」

 隣にいる梨華が、尚央の手を掴んでくる。

 少しだけ震えており、怖がっているのだと思った。

 余計に現状を刺激するのはよくないと感じ、尚央は運営の子に従う。

「梨華、事務所に行こうか」

「う、うん……」

 梨華は尚央の手をさらに強くに握り、軽く頷いた。

「では、行きましょうか。こっちに来て」

 運営の子は背を向け、二人は付き添う感じに後ろに続くのだった。

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