第20話 今回の事件、あなたたちに協力してほしいんだけど?
「ここが事務所だから。ここに入って」
ツインテールの幼女。と言っても、彼女は多分、小学生ぐらいだと思われる。
今、一緒にいる梨華と同世代かもしれない。
しかし、そんな二人は親し気に会話するわけでもなく、雰囲気的に初対面なのだと思う。
「失礼します……」
「へえ、事務所ってこういう風になってるんだね」
来栖尚央は室内に踏み込み、あとから梨華が入ってくる。
妹は辺りを見渡すなり、あまり見かけない光景に関心を持っている様子だ。
事務所内には、イベントの予定カレンダーや、パソコンのようなもの。それから、よくわからない文字で記された書類などがあった。
「ねえ、何、じろじろ見てるの?」
「ご、ごめん。つい珍しくてさ」
「そう。でも、あなたたちは、余計なことをしてくれたわね」
ツインテールの幼女は、尚央に注意するなり、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろす。
「すいません……」
「ごめんなさい……」
尚央と梨華は互いに頭を下げた。
「まあ、いいんだけどさ。あの子らはね。多分、問題児かもねえ」
ツインテールの子は、机の上にあった資料を手に、淡々と話し始めるのだ。
「えっと、どういう事ですか?」
梨華が疑問気に問いかける。
「あのね。あの二人の子は、近頃、イベントとかでね。色々と問題を起こしてるってことで運営の間で噂になっていたの」
「そうなんですか?」
尚央はそういった問題児と遭遇したことはなかった。であれば、余計に行動しなければよかったと、今でも少なからず後悔に押しつぶされそうになる。
「ええ。だからね、あなたたちの行動は余計だったの」
ツインテールの子は、ため息交じりに呟く。
「でもまあ、あなたたちのお陰で、その噂になっていた子を見つけることができたんだけどね」
これは結果としてよかったのだろうか?
いや、どちらかといえば、悪い方かもしれない。
なんせ、尚央と梨華は、見ず知らずの人から誤解されたままなのだから。
「まあ、話は少し長くなるかもしれないし。あなたたちも、そこの席に座って」
来栖尚央と梨華は近くにあったパイプ椅子に座る。
そして、彼女へと視線を向けた。
「確認のために聞いておくけど、あなたたちは恐喝とかしてないんでしょ?」
「はい、してません。あの子らが勝手に言ったことですからッ」
梨華はハッキリとした口調で言い切る。
「まあ、そうだよね」
ツインテールの子は、聞いたことをパソコンのようなものに入力していた。
「もう少し詳しく聞きたいんだけど。あの子らとは初対面? 同じ学校ではない?」
「はい。違います」
「違うのね……あなたたちは、あの子らとなんのために接触したの?」
「それは、お金に困っているとか、そんな感じだったからですッ、お兄ちゃんも助けたいって。ね? お兄ちゃん」
「ああ、そうだな」
普通は困っている人を見てしまったら、どうしても助けたいと思ってしまう。
ましてや、相手は中学生と小学生だったからだ。
「でもね。あまり助けない方がいいわ。規律、二十四条の引っかかるからね。でも、結果として、あなたたちが助けたことにはなってないし、私は誰にも言わないけどね」
「ありがとー」
梨華はホッと胸を撫でおろしていた。
「今回だけね。私も、あの二人の子には手を焼いていたし。一応、手伝ってもらった感じだし、見逃すだけだから。その、勘違いしないでね」
ツインテールの子は腕を組んで偉そうな態度を見せている。
傍から見たら、強がっている小学生にしか見えなかった。
「それで、俺らは何をすればいいんですかね?」
「そうね。来週もイベントを開く予定なの。協力してくれないかしら?」
「協力ですか?」
来栖尚央は注意深く聞く。
「ええ。嫌なの? 捕まえないと、あなたたちも納得がいかないじゃない?」
ツインテールの子は、二人を交互に視線を向けてくるのだ。
「まあ、そうですけど。どうやって捕まえるんですかね? 証拠も不十分ですし」
尚央にはまだ、対抗手段が見つからなかった。
「そうね、ハッキリとした実害はないしね。でも、あの子たちに余計なことをされるのは面倒なの。今後のイベントのことも考えるとね」
ツインテールの子は、イベントを企画することで、生計を立てているのだ。
どこの誰なのかわからない子たちにかき乱されるのは嫌なのだろう。
「私はいいですけど。報酬的なものはあるんですか?」
梨華は協力する姿勢を見せるが、ただといえるほど、簡単に頷こうとはしなかった。
「そうね。大型イベントのチケットを貰えるとしたら、引き受けたい?」
「大型イベント? チケットあるんですか?」
梨華は椅子から立ち上がった。
まじまじと、ツインテールの子を見やっている。
興奮気な言動を見せるほど、嬉しいのだろう。
「私は、そこの運営とも知り合いだし、頼み込めば何とでもなるわ。それで引き受ける? どうなの?」
「私はやりますッ、お兄ちゃんも引き受けるよね? ねッ? ねッ?」
梨華は積極的に発言し、尚央との距離を急激に縮めてくるのだ。
顔の距離が近いのだが……。
「ああ、いいよ。やるよ」
大型チケットいえども、どういったイベントなのか知らないまま、頷いてもいいものなのだろうか?
「少し確認ですけど、大型イベントって、どんな感じなんですかね?」
もう少し、そのイベントについての詳細を知りたい。
「わからないわ」
「え? わからない?」
「ええ。そのイベントは当日まで秘密っていう仕様なのよ。でもね、兄妹同士、一緒に楽しめると思うし、大幅にランクも上がりやすいと思うけどね」
「ランクが上がりやすい……」
「お兄ちゃんもランク上げたいでしょ?」
「まあ、そうだな。そのために、今日もイベントに参加したわけだしな」
尚央は思考する。
今後のことを思えば、その大型イベントのチケットは持っていて損はしないものだ。
そのチケット自体に価値がある故、仮にいけなくなったとしても、別の兄妹にあげることだってできる。
それなりの代物なのだ。何かしらの形で利用できることだろう。
「引き受けます」
「ありがと。私も助かるわ」
ツインテールの子は軽く笑顔を見せてくれる。
真面目そうで、少々気の強そうな一面を持つ幼女だが、表情を崩した彼女の顔は愛らしかった。
「な、なに。じろじろ見て」
「な、なんでもないよ」
尚央は否定的な口調になる。
そんなに彼女の顔を見ていたのだろうか。
自分からしたら、そんな気はしなかったのだが。
「んんッ、手始めに、あの子らの追跡をお願いするわ」
ツインテールの子は咳払いをした。
「追跡?」
「私たちがですか?」
「ええ」
ツインテールの子は、机にあった資料を手に淡々と指示を出してくる。
「噂によればね。あの子ら、ここ周辺に住んでいるらしいの。だからね。もしかしたら、この街のどこかにある学校に通っている可能性が高いの。放課後とかでもいいから、尾行でもしてみて」
「尾行ですか……ストーカーみたいだな」
他人の情報をこっそりと仕入れることに抵抗があった。
「そうでもしないと手掛かりは見つからないよ」
「そうですけど」
尚央は疚しい気分になる。
「でも、お兄ちゃんッ、これも大型イベントのチケットを貰うためだからッ、ね、ストーカーでもなんでもいいからやろッ」
「おい、それいいのかよ……まあ、規律には引っかからないよな?」
「……まあ、多分ね」
ツインテールの子は、自信無下げだった。
「そういうところはハッキリとしてほしいんだけど」
「規律に違反するかもしれないけど。その時は私に相談して、何とかしてあげるから」
ツインテールの子は、髪の毛を弄りながら言う。
まあ、彼女は真面目で小学生でありながらも、イベントの運営や企画を行っているのだ。
社会経験もそれなりにあると思われ、何とか助けてはもらえそうな気がする。
「まあ、一応、これを渡しておくから」
「なに?」
「私の連絡先。問題があったら、私に言って」
「ああ」
尚央はなんとなく、メモ用紙のようなものを受け取った。
その紙には、電話番号、アドレスなどが記されている。
「それで、最後に確認なんだけど。あなたのランクは?」
「わ、私のランク? そ、そんなの言わなくてもわかるでしょ」
「ええー、でも、一応見せてよ」
梨華はツインテールの子へ近寄る。
「ねえ、早くー」
「ちょっと待って。なんで?」
ツインテールの子は戸惑う。
まさか、こんなところでランクを見せつけるなんて、想定外だったようだ。
「私はEなんだよ」
梨華は上に着ている服を少しだけ上げ、お腹を露出する。
へその下近くに、Eの記号が浮かび上がっているのだ。
「な、なに。そんなの見せて」
ツインテールの子は驚き、慌てていた。
意外にも如何わしいことには抵抗が無いらしい。
「私は低い方なんだけど、この前ね。ようやくランクが上がったの」
「そ、そうなの。へえ、良かったじゃない。もしかして、それを自慢するため?」
「うん。だからね、私も見せたんだし、見せてよ」
「そ、そんなのはお断りだから。というか、そういう変なことをするなら、さっさと今日は帰ってくれない? 私も忙しいの」
ツインテールの子は、羞恥心を滲ませた表情を見せ、二人の背中を押し、強引に事務所の外へと押し出したのだ。
そして、事務所の扉が強引に締め切られた。
「おい、なんで、あんなことを言ったんだよ」
「だって、自慢したかったし」
「それだけ?」
「まあ、そうだけど……後は、あの子のランクが本当に高いかどうかが気になっただけ」
「そんなことを気にしてどうなるんだよ」
「だって、なんか、ちょっとね」
梨華の声のトーンが下がる。
なんだ?
尚央は首を傾げてしまった。
「んん、見たかったのになあ」
梨華は不満げに言う。
二人は事務所近くにあった階段を降り、一階へと向かった。
建物の入り口近くに向かうと、そこには天貴鈴の姿があったのだ。
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