第22話 …というか、どっちが変態なんだよッ


 俺はどうしたらいいんだ?

 いや、いちいち考えていてもしょうがないし、早いところ家から出るか。

 来栖尚央は衝動的に、街中へと向かうことにした。

 中心街まで、おおよそ十分程度。

 それくらいで到着したのだ。

 が、スマホの調子が悪い。

「これじゃあ、連絡の取りようがないな」

 尚央はスマホを手にしたものの、そこまで充電の量もなく、機能性がよくないことに気づいてしまった。

 余計に画面をタップしてしまうと、重電の消費が早くなりそうで、いつ使えなくなってもおかしくない。

「だとしたら、涼音とどうやって連絡を取るかだよな……えっと……ん? あれ?」

 尚央はポケットを確認してみる。

 今になってようやく気付いてしまったのだ。

 財布を持ってきていないことに。

 衝撃の事実に、街中の中心部にいる尚央は頭を抱え込んでしまった。

 どうしたらいいんだ。

 また、自宅に戻るのか?

 まあ、数十分程度だしな。

 走って移動すれば、すぐに財布を取ってこれる距離である。

 尚央はチラッとスマホの画面を見た。

 十一時近い。

 涼音と約束していた時刻を大幅に過ぎているのだ。

 しかし、疑問に残ることがある。

「なんで、涼音から電話がかかってこないんだろ」

 尚央は人通りから少し離れた場所に行き、スマホをまじまじと見、呟いていた。

 おかしい。

 付き合っているのであれば、気にかけて電話かメールのどちらかの手段で連絡をくれるはずだ。

 ……もしや、俺が勝手に付き合ってると錯覚していただけなのか?

 それはただの痛い人だ。

 まさかな。

 尚央も正常な思考回路をしていると自負している。

 勝手な憶測だけで、クラスメイトの女の子と付き合っていると思いこむわけがない。

 何かしらの形で今日、彼女とのデートに至ったはずだ。





「まあ、一旦。帰宅するか。それがいいよな」

 来栖尚央は、街中の象徴でもある大きなデパートに背を向け、立ち去ろうとする。

 あ、そういや。

 刹那、ふと思うことがあった。

 尚央は、莉奈の部屋にあったスマホを握っている。

 このまま帰宅し、妹とバッタリと鉢合わせして、部屋に入ったことがバレてしまったら、色々な意味で終わりだ。

 尚央は歩き出せなかった。

 足が重く感じてしまい、一歩踏み出すことができないのだ。

 ああ、勢い任せに行動しすぎだああ……。

 今になって後悔に襲われ、無駄な荷物を背負っているかのような感じだった。

 帰らないといけないけど、帰るのが嫌だ。

 尚央の心が痛む。

 また、気の強い妹の罵声染みた発言を浴びせられると思うと、苦しみしか湧かなかったのだ。

 ……あの子は何だったんだろ。

 あの子とは、梨華という妹の事である。

 愛嬌があって、なんでもしてくれる理想的な妹。

 あの子は、自分の妄想が作り出した偽造の妹だったのだろうか?

 尚央は人通りの多い街中の道で、立ち止まったまま考え込んでしまう。

 一体、自分は何なのだろうか?

 やはり、脳に何かしらの異常があるのか?

 考えれば考えるほど、自分の存在が変に思えてしまうのだ。

 ドン――ッ

 体に衝撃が走った。

 肩の部分が痛んだ。

「おい、邪魔だ、突っ立ってんなよ」

「す、すいません……」

 通りすがった人から強い口調で忠告されてしまった。

 その者は二人ほど友人を連れていて、仲間同士でどこかに遊びに行く途中なのだろう。

 同世代と思われる彼らは、まじまじと尚央のことを見やっている。

「ん、お前。どこかで?」

 え?

 誰?

 知り合いだっけ?

 尚央は心の中で首を傾げてしまう。

 だが、身に覚えがない。

 どこか懐かしい心境になる。

 この感情は何なんだろうか?

 不思議な感覚を覚えつつ、尚央はなぜか、彼らに親近感を抱いていたのだ。

 尚央はチラッと、正面にいる三人を見やった。

 やっぱり、知らない人だ。

 面倒になる前に、さっさと逃げた方がいいな。時間もないし。

 尚央は軽く頭を下げた後、サッと背を向け、人ごみの中に混じるように走り去っていった。

「おい、待てよ」

 背後からは威圧的な声が聞こえるものの、気にはしなかった。

 また、変な言動を見せてしまったという後悔に襲われる。

 この世界の感覚に馴染めていないだけなのか?

 いや、この世界の方が、俺にとって馴染のある環境のはずだ。

 自己暗示をかけるように、何度も自分の心に言い聞かせていた。

「はあ、はああー……はあー、はああ……」

 何分ほど走っただろうか?

 息を切らしながら時間を気にすることなく、走っていたのだ。

 俯きながら移動していた尚央は、横腹に片手を当てながら顔を上げた。

 目と鼻の先には、住宅街が広がっている。

 あと少し歩けば、俺の家だ。

 尚央は人から逃れられたと思い、ホッとし、深呼吸をしながら、ゆっくりと歩く。

「まずは、財布だな」

 お金さえあれば、なんだってできる。

 この世界の中心はお金が牛耳っていると言っても過言ではないと思う。

 連絡を取るにしても、お金。移動するにも、どこかの店に入るのにもお金がいるだから。

「はあ、ようやく到着……」

「え? な、なんで、尚央がここに?」

 その声には聞き覚えがあった。





「尚央、どうしてここにいるのよ。キモ、勝手に外を歩くなって」

 自宅の玄関に入るなり、妹である莉奈から強い目で睨まれ、罵声を浴びせられた。

「ごめん……ちょっと外出したくなってさ」

「……まあ、いいけど」

「それでさ。莉奈はどこに行っていたんだ?」

「なんで、そんなことを聞くのよ」

 莉奈からそっぽを向けられ、冷たい態度を取られてしまった。

 妹は横目で来栖尚央を見る。

 見下した感じの顔。

 だが、少しだけ、瞼に水滴があるように感じた。

 泣いているのか?

 ああ、そうか。

 彼氏にでも振られたのかな?

 尚央はそう思い込んだ。

 妹も中学一年生なのである。

 異性と付き合ってみたいと思える頃合いであり、別に変ではないと思う。

「その……ただ、一年目の記念に、どこかに行ってきただけだし」

 莉奈はサラッと答え、靴を脱いで、リビングの方へと向かっていく。

 一年目か。

 彼氏と付き合って一年目ってことなのか?

 ということは、小学生の頃から付き合っているのか……。

 俺が知らない間に、色々と成長してるんだな。

 尚央は心が痛む。

 妹が見ず知らずの異性と。

 嫌いな妹なのだが、切なさを感じてしまった。

 んん、違う。

 俺は別に莉奈のことなんて。どうだっていいし。

 尚央は強がる姿勢を見せ、靴を脱ぎ、ひとまず二階へと向かった。

 妹が一階で何かをしている前に、こっそりとスマホを元の場所に戻してきた方がいいだろう。

 今はまだバレてはいない。

 尚央はあまり足音を立てずに階段を上り、莉奈の部屋の扉を開けた。

 直後、香水の匂いが漂う。

 けど、今はそういうことを気にしている場合じゃない。

 机のところに向かうなり、スマホの画面が下になるように置いた。

 何事もなく立ち去ろう。

 まだ、階段の方からは足音も聞こえないし、問題はないと思った。

 ゆっくりと扉を開け、辺りを確認したのち、少し離れた自室へとサッと移動する。

「はああ……なんかとかバレずに済んだあ。えっと、あとは、財布だよな」

 尚央は机の上を見、そして、引き出しをすべて確認した。

「ない。ない。ないッ、ここじゃないのか?」

 やっとの思いで色々な試練を乗り越えてこられてきたのに、一番重要な財布がないのだ。

 慌てるほど、焦る感情が内面から増幅していく。

 冷静になれ……冷静になるんだ俺。

 確か、財布は。

 尚央は机を背に、室内を大まかに見渡す。

 左側にはベッドと窓やカーテン。

 右側には扉とタンス。それから押入れがあった。

 尚央はタンスから確認してみる。

 引き出しの中を目にすると驚く。

「え、え⁉ ど、どういうことだ⁉」

 タンスの中には何もなかったのだ。

 誰も住んでいないかのように、生きている感じがしないほどに、衣服がまるでなかった。

「おい、なんで何もないんだ? いつもここにあった服を着ていたはずなんだけど」

 尚央は他の引き出しも見る。

「ここも、ここも、一番下もか? な、なんで何もないんだ? 捨てられた? いや、まさか、そんなわけないよな」

 一瞬、脳裏を、莉奈の顔がよぎる。

 いくら関係性が悪くても、あの妹が嫌がらせ目的で、タンスのモノを全部捨てるわけない。

 妹もそこまで鬼ではないだろう。





「だとしたら……どこに? まさか……妹の部屋なのか」

 来栖尚央は顎に手を当て、思考する。

 先ほども妹の部屋にスマホがあったのだ。

 考えられる理由として、現状自室があっさりとしているのは、莉奈の部屋にすべてがあるということ。

 そういった結論に至ったのだ。

「……」

 尚央は一気に怖くなった。

 自分が持っているモノがすべて、妹の部屋にあるとは考えづらい。

 いつも、関係性が悪いのだ。

 そんな妹が勝手に部屋に入って持っていくなんてありえない。

 でも……確認のために、もう一度部屋を確認しに行った方がいいか?

 尚央は自室の扉へと視線を向ける。

 音を立てずに部屋から出た。

 一階の方から、音が聞こえる。

 多分、莉奈は上の方には、まだ上がっては来ないだろう。

 胸を落ち着かせ、余計に足音を立てずに、妹の部屋へと足を踏み込む。

「どこから探そうか」

 あとは気になるところを確認すれば、色々と出てくるだろう。

 手始めに、室内の押入れを確認してみることにした。

「んんッ、意外と扉がお、重いなッ」

 両手を使い、思いっきり力を入れて横へとスライドさせる。

 ドサ――ッ

 中にしまってあったモノが雪崩となって、床へと広がっていく。

「こ、こんなにもあったのか。ん、これは……」

 尚央はしゃがみ、散らばったモノを一つだけ拾い上げた。

「俺が普段から学校に行くとき使っていたバッグだ。こっちは、教科書? んん? なんだこれ?」

 尚央は衝撃を受けた。

 そこには、普段から身に付けていた衣服などもあったからだ。

 莉奈って、こういう趣味があったのか?

 散々罵声を浴びせてくるのに、どうして……。

 そう考えていると――

 ガチャ……。

 え⁉

 扉が空く音が聞こえ、背筋が凍った。

「な、なんで、尚央がい、いるの⁉」

「え、こ、これには訳が」

 尚央は本能的に立ち上がり、振り向く。

「この、変態ッ!」

 バンッ

 勢いよく近づいてくる莉奈から、思いっきり頬を叩かれたのだ。

 ど、どっちが変態なんだよ……。

 尚央は妹にツッコミを入れつつ、その衝撃によって、尻餅をつき、仰向けのまま倒れてしまった。

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