第15話 俺の本当の居場所って、一体…どこなんだろうか?

「目が覚めましたか?」

 誰かの声が聞こえてくる。

 そんな気がした。

 多分、聞き間違いとかではなく、本当に聞こえているのだろう。

 来栖尚央は、なんとなく後頭部に温かさを感じ、ゆっくりと瞼を見開く。

「んん……」

 尚央は次第に意識を取り戻すように、辺りの光を感じながら、視線を、その先へと目を向けた。

 そこには顔を覗き込んでくる、天貴鈴がいたのだ。

 あれ……さっきは、涼音だったはず……。

 あれは何だったんだろうか?

 尚央は疑問を抱きつつ、現状を把握できずにいた。

 というか、今どういう状況⁉

 咄嗟に上体を起こし、ソファから離れるように距離をとって、ソファに座り、膝枕をしていた彼女を見やった。

 瞳に映る彼女は、天貴鈴である。

 高嶺涼音ではない。

 どこか、付き合い始めの涼音と似たような雰囲気があるものの、まったく違うのだ。

 そもそも、年齢も性格も異なっている。

 鈴と涼音は同一人物ではない。

「どうしたんですか、そんなに慌てて」

「なんか、色々あってさ」

 さっきのは夢だったのか?

 元の世界に戻れたんじゃなかったのか?

 色々な思いが内面で交差し、うまく、今の気持ちを整理して言葉で表現できずにいた。

「私の膝枕じゃ嫌でしたか?」

「ち、違うよ」

 尚央は慌てて、口ごもってしまう。

 相手は年下なのだ。

 そんなにかしこまっていては、どちらが年上なのかわからなくなる。

「お兄ちゃん。さっきは気持ちよく寝てたじゃん。鈴ちゃんの太もも、気持ちよかったんじゃないの?」

「ち、違うから。そうじゃないさ」

 妹にからかわれ、尚央は全力で否定する。

 絶対に、自分は幼女好きではないと、思いたかった。

「ねえ、それより、お兄ちゃん? どんな夢を見てたの?」

「それは……」

 一度改めて考え直してみる。

 人生で初めてできた彼女と一緒に街中を歩き、カラオケに入店し、疲れていたこともあり、涼音から膝枕をしてもらっていた。

 嬉しさを感じられたが、今冷静になって考えてみると、気恥ずかしい。

「ねえ、どうなの、お兄ちゃん?」

 妹がすり寄ってくる。

 愛らしい瞳に誘惑され、心がどきまぎしてしまう。

 サッと視線をそらした。

「ねえ、どうして目をそらすの? もっと、私の目を見てよ」

「うッ」

 妹の誘惑してくる瞳から視線を逸らす。

 受け入れられないというか、好きになってしまいそうで怖い。

「お、俺は……そのデートしてた」

「誰と?」

 妹の表情が変わった。

 暗く淀んだ瞳に見られ、後ずさってしまう。

 これ以上話してもいいものなのだろうか?

 尚央はすべてを曝け出すことに抵抗があった。

 言ってはいけないことだって多数あるのだ。

「妹とさ」

「妹?」

「ああ、梨華とな」

「わ、私ってこと?」

 妹の表情が次第に明るくなっていく。

「そ、そう。梨華とだから」

「よかったあ。別の女の人だったら、どうしようかと思ったけどね」

 梨華は心の底から喜んでいるような印象。

 本当の事ではないが、それで本当に良かったのだろうか?

 尚央は後味が悪い感じだった。

 気まずい感情のまま、妹を見やった。

「ねえ、お兄ちゃん。変な気を起こしたら、どうなるかわかってる?」

「あ、ああ、わかってる……」

 尚央はおどおどした感じに返答した。

 余計なことを口にしてしまうと、気まずくなりそうで、後々厄介になってしまう場合がある。

「お兄ちゃん、私の事、好き?」

「な、なんだよ、いきなり」

「ねえ、好き?」

「……」

 なんでこんなことを口にしないといけないんだよと、尚央は思った。

 好きというのは、好意を抱いている好きという意味になるのだろうか?

 いや、妹のことは好きとか、嫌いとか、そういう感じではない。

 わからないのだ。

 好きと問われても、答えられなかった。

「……多分、好きかもしれない」

「かもしれないって?」

「あのさ、妹。最初に聞くけど、好きって、好意を抱いている好きなのか? それとも、妹として好きってことを伝えればいいのか?」

 尚央は彼女と向き合ってみる。

「もう、そういうのは、聞かないでよー」

 妹は頬を膨らませ、ちょっとばかし、怒りをあらわにする感じ。

「それと、私のことは。さっきのように梨華って呼んでよ」

「その方がいいのか?」

「うん。妹って、それ私の名前じゃないし。なんか、嫌なの。距離感を感じて」

 妹は頬を赤らめ、視線をそらしつつ、思いを伝えてくる。

 そんな妹を見ていると気まずくなった。

 尚央は妹である、梨華の方を向く。

「梨華っていいのか?」

「うん♡」

 妹は喜んでくれる。

 そんな満面の笑顔に、尚央は心が優しくなれたような気がした。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、なんでもないよ」

 尚央は優しく返答した。

 瞳に映っている妹は、本当の妹ではないのかもしれない。

 けど、そんな妹でもいいような気がしてきた。

 血が繋がってはいないとはいえ、妹のことを意識してしまうのは複雑だ。

 けど、ゆっくりとだが、妹との距離が縮まったような気がした。

「ねえ、お兄ちゃん。話を戻すけど、好きなの? 私のこと?」

「多分……妹してだけどな」

 尚央は正面にいる、背の低い妹の頭を軽く撫でてあげる。

「んんッ、もう、なんで。好きになってくれないの?」

 妹は納得できていない感じだった。

 本当の意味で妹を好きになることは、まだないだろう。

「だったら、私のことをもっと意識させるようにしたいの」

 妹は目標を掲げるように、口にした。

「私ね、お兄ちゃんに好きになってもらえないと、妹ランクが上がらないの」

「ランク?」

「そうだよ。私まだ、妹ランクが低いし。もっと上げたいの。じゃないと、私、お兄ちゃんに相応しい妹になれないの」

「妹ランクって、あげないといけないものなのか?」

「うん。そうだよ。兄ランクが上がっても、妹ランクが低かったら意味ないからね。妹ランクが低いとね、エネルギーとかをうまく作れないの」

「ああ、あの話か。覚醒とかの」

「うん」

 妹は頷く。

「妹ランクは、兄を楽しませたり、兄からの愛情を貰わないと上昇しないの。だからね、お兄ちゃん。私のことをもっと好きになってね♡」

「う、うん……」

 妹の愛くるしい瞳に押されてしまい、正直、好きになってしまいそうだった。

 な、なんなんだよ、俺は……。

 俺は……そんな、妹とか、好きになるとか……。

 尚央は心苦しかった。

 このままだと本当に好きになってしまいそうだと、一瞬思ってしまう。

 尚央には一応、好きな人がいる。

 高嶺涼音という同い年の女の子だ。

 今は会うことなんてできない。

 できないというか、別の世界にいる可能性があるからだ。

 別の世界なのだろうか?

 いや、涼音と一緒にいたこと自体が、単なる夢の話かもしれない。

 そもそも、涼音と付き合うことになったこと自体、幻想だってある。

 実感がわかず、ハッキリと思い出せなかった。

 また、記憶が曖昧になってくる。

 尚央の脳内が安定しない。

 どこかの診療所で、もう少し深く追求してもらった方がいいだろう。

 そう感じていた。

 尚央は頭を抱える。

 そして、一度深呼吸をした。





「お兄ちゃん?」

「ん、何かな?」

 お兄ちゃんと呼びかけてきたのは、ソファに座っている鈴の方である。

「あのね。今後のことについて話そうよ。元々、そういう話することになってたよね?」

「あ、ああ。そうだったな」

 先ほど、来栖尚央はふらっと傾き、鈴の膝元で、少しの間、眠っていたのだ。

 寝ていたのか、どうかは不明であり、高嶺涼音と一緒にいた世界がなんだったのか、それすらもわからない。

 何気にリアルな感じであり、夢という感じもしなかった。

「そうだよ。今後の話しないと。お兄ちゃん、ソファに座って」

「あ、ああ」

 妹の梨華に言われ、そこに腰を下ろす。

 鈴を中心に右側に妹、左側に尚央がいる。

「お兄ちゃんは、妹イベントに参加したくないですか?」

 鈴の突然の問いかけ。

 妹イベントとは、以前、梨華から聞いたことがあった。

 けど、具体的にどういうものかわからない。

「お兄ちゃんはわかりますか? 妹イベント」

「いや、あまりわからないけど」

「だよね、わからないよね。じゃあ、説明するね」

 鈴が一度深呼吸をした後、再び尚央の顔を見る。

 そして、彼女はソファに触れている尚央の手に重ねるように、手を置いてきたのだ。

 その位置からは梨華の視界には入らない。

 な、なんでいきなり触ってきたんだ?

「ちょっと話は変わりますけど、さっきはどうでしたか?」

「え? さっき?」

 尚央はそんな鈴の仕草や意味深な問いかけに、ドキッとした。

 どういった意味なのだろうか?

 彼女の真意がわからず、戸惑い気味になる。

「さっきとは?」

「わからない、かな?」

 隣に居る鈴が可愛らしく上目遣いで心配そうに見てくるのだ。

「何が?」

「んん、わからなかったら、いいよ。忘れてください、お兄ちゃん……では、説明に戻りますね」

 尚央の脳内には疑問符のようなものが浮かんでいた。

 さっきとはやはり、膝枕の事だろうか?

 太ももが良かったかどうかの問いかけなのか?

 尚央は鈴の足を見てしまう。

 彼女の足は、幼さを感じさせるほどに細く、まだ、大人になっていない感じだ。

 そもそも、彼女は小学生であり、妹と同級生だと考えると、五年生ということになる。

 幼くとも魅力的な鈴の足に惹きつけられてしまう。

 な、なんだよ、俺は……。

 相手は、小学生なんだ。

 そんなの無いだろ。

 尚央は何度も気の迷いを断ち切ろうとする。

「ねえ、お兄ちゃんッ」

「な、何?」

 声を出していたのは、妹の梨華だった。

「鈴ちゃんが話しているのに、ちゃんと聞いてる?」

「あ、ああ。ごめん」

「もう、しっかりと聞かないとだめだよ、お兄ちゃんー」

 妹から指摘され、心臓の鼓動を感じながら、鈴を見やるのだった。

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