第14話 この記憶…デジャヴなのか? いや、わからない。けど…

 高嶺涼音。

 確かにそうだ。

 来栖尚央は思った。

 涼音は、つい最近できた彼女の名前だということに。

 しかし、なぜ、人生で初めてできた彼女なのに、さっきまで忘れかけていたのだろうか?

 記憶がぼやけているのか?

 大切な存在なのに、どうして覚えていなかったのか、不明である。

 けど、ようやく記憶が鮮明になり始めた証拠だろう。

 これは良い兆しかもしれない。

 尚央は意識を集中させた。

 次第に記憶が湧き上がってくる。

 そして、光の中に包み込まれたような気がした。

 眩しい……。

 なんなんだ、一体……。

 尚央の体を覆っていた空気のような光が消え、辺りの情報が明らかになってくるのだ。

「ここは……」

 さっきとは明らかに違う。

「ねえ、次はあっちに行ってみない?」

「ああ、そうだな。でも、あっちの方でイベントとかやってみる見たいだけど」

「え、本当だ。私、そっちにも行きたいッ」

「じゃあ、行こうか」

 辺りからは色々な人の話し声が聞こえてくる。

 この場所は街中?

 尚央は直感的に感じた。

 今、地元近くの街中に佇んでいるのだ。

 交差点などを歩く人らは兄妹同士ではない。

 普通に、歳が近い人同士で恋愛をしている人ばかりだ。

 だとしたら、兄妹同士が付き合い、意味不明な規律がある世界ではないということになる。

 やはり、俺が異常ではなかったんだ。

 あの世界が狂っていただけなんだと、尚央は感じた。

 や、やったのか?

 え、でも、なんで、特に何もしていないのに、元の世界に戻れたんだろ。

 疑問でしかないが、元の世界に帰還できたことに、多少なりともテンションを上がる。

 と、同時に、あの妹と関わらなければいけないという不安に襲われるのだ。

「はあ……憂鬱だな……というか、なんで俺は街中にいるんだろ」

 尚央は自分が置かれている状況が不明だった。

 しかも、辺りからは、乗用車の音が響いてくる。

 見渡してみると、信号機は赤に変わっていることに気づく。

 今、横断歩道の交差点にいるのだ。

「おい、邪魔だ、どけッ」

「あ、はい。すいません」

 乗用車から聞こえてくる運転手の怒鳴り声を聞いて、咄嗟に走り、その場から離れた。

 少しでも反応が遅れていたら轢き殺されていてもおかしくない。

 ホッとため息を吐く。

 俺はどうしてこんな場所にいるんだ?

 自分が置かれている状況をイマイチ理解できない。

「まあ、いいや。ひとまず、どこかに行くか」

 尚央は目的もなく、ただ道なりに歩き始めた。

 通り過ぎていく人らは皆、カップルであり、楽しそうに会話している。

 尚央は、そんな光景を見ながら、自分も女の子とそういう関係になって、デートをしてみたいと考えていた。

 そんな時、ふと思う。

 何か忘れていると――

 そういえば、あの子は?

 高嶺涼音という子である。

 そうか。

 あれ?

 そうだったな。

 何とか思い出せた。

 なぜ、自分が街中にいるのかを。

 尚央は初めてできた彼女――高嶺涼音と一緒にデートをする約束をしていたのだ。

 ポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。

 やばい、もう十二時になるじゃんか。

 焦る。

 早く目的地に行かないと、彼女から怒られてしまうと。

 尚央はスマホをポケットにしまい、振り返ることなく、待ち合わせしている場所へと走り出したのだ。





「ねえ、尚央。遅いじゃないッ、どこに行ってたの?」

 ボブショートヘアの女の子――高嶺涼音。同学年であり、つい最近できたばかりの彼女である。学校内では比較的地味な格好なのだが、プライベートでは少しあか抜けた服装を見ていた。

「ご、ごめん。ちょっと、色々なことがあってさ」

「色々なことって……はああ、まあいいわ。予定よりもかなり過ぎちゃってるし。さっさと行きましょ」

「う、うん。本当にごめんな」

 尚央は何度も頭を下げた。

「遅れても待ち合わせ場所に来てくれただけでも、まあ、良しとしよっかな。あともう少しで、私も帰っていたかも」

 涼音は不機嫌そうだ。

 それは当たり前であり、尚央が遅刻してしまったことがすべての原因であり、怒りをあらわにされてもしょうがないだろう。

「はああ……予定とまったく違うじゃない。私ね、映画のチケットを購入して待ってたのに。これじゃあ、また買い直さないといけないでしょ」

「う、うん」

「……」

 デパート前の入口前に佇む涼音は、尚央をジーっと見ている。

 これはどういう……まさか、俺が買い直すってことか?

 まあ、しょうがない。

 そもそも、責任は自分になるのだ。

 それくらいの出費は受け入れるしかないだろう。

「俺が買いますから……」

「じゃあ、お願いね」

「は、はい」

 尚央はホッとした。

「じゃあ、ついてきて」

「はい」

 尚央は彼女の後を追うように近づいていく。

 そして、隣に一緒に並びながら、デパートの中を歩いた。

 学校にいる時の彼女はそんなに怒りっぽくもない。

 むしろ、おとなしい感じであり、微笑んだ顔が魅力的。

 陽キャのように派手でもなく、バカにしてくることもなく、落ち着いた印象の彼女。

 真面目な感じであり、他人に迷惑をかけるような子ではない。

 今は笑顔を見せはくれなかった。

 すべて自分に責任があると思い、何とか、喜ばせようと何か話題を考える。

 というか、涼音は何が趣味なのだろうか?

 彼女とは付き合って、数日程度。

 今回が初めてのデートであり、殆ど彼女のことを知らないのだ。

 どんなことに興味を持ってくれるのだろうか?

 考えれば考えるほど、悩んでしまう。

 いや、深く考えてもしょうがないよな。

 ここはひとまず。

 尚央は隣に居る彼女を見やった。

「ねえ、その……」

「なに?」

 強気な口調。

 な、なんで、俺にだけ、そんな厳しい目を向けてくるんだよ。

 確かに、遅刻したのは悪かった。

 けど、そこまで攻められるのは心苦しい。

 初めてのデートで完璧にしくじってしまった感が否めないのだ。

「涼音さんは、何が好きなんですかね?」

「何って、趣味ってこと?」

「まあ、そういうのでもいいですけど」

 尚央はおどおどとした話し方になっていた。

 睨みつけられている感じであり、内心、怯えていたのだ。

「私は、料理とかが好きだけど」

「そ、そうなんだ。料理か……」

 え?

 料理?

 どこかで、そんな趣味があるって聞いたような。

 いや、何かの記憶違いか。

 そもそも、涼音の趣味が料理なんて聞くのは初めてだったはずだ。

 多分、何かの記憶とごちゃまぜになっているのだろう。

「ねえ、どうしたの?」

「え、何が?」

「尚央、少し具合悪そうな顔していたし」

「そ、そうかな?」

「そうだって。ねえ、その……映画館とかじゃなくて、別のところに行く?」

「どこ?」

「カラオケとか?」

「なんで、その場所に?」

「そこだったら、色々できるし」

 涼音は頬を赤らめ、視線をサッと逸らす。

 色々とはどういう意味なのだろうか?

 尚央は心臓の鼓動が高まってくる感覚を覚えた。

「ねえ、ちょっと目的地、変えてみない?」

「う、うん……涼音さんがいうなら」

 尚央は同意するように頷いた。

 二人はデパートのエスカレーターに乗る前に、出入り口のところに向かう。

「カラオケってこの近くにあるの?」

「あるよ。私知ってるし」

「そうなんだ。詳しいんだね」

「詳しいって、普通でしょ? 尚央だって、この街に何年も住んでるでしょ?」

「え、まあ、そうだな」

 尚央はただ、そんなに詳しくないだけである。

 そもそも、一人でカラオケとか行かないからだ。

「それと私のことは涼音でいいから」

「でも、そんなに付き合ってから、そんなに期間が長くないし」

「別にいいの。私だって、君のことを尚央って呼び捨てでしょ」

「そう、だね」

「だからいいの」

 涼音は頑なに自分の考えは変えないようだ。

 本当に学校にいる時の彼女とは性格が別人である。

 学校では素の自分を見せないタイプなのだろうか?

「ここよ」

 会話して歩いていると、すでにカラオケ店に到着していたようだ。

 二人は入店し、辺りを見渡す。

 休日ということもあり、昼頃であっても結構込んでいるようだった。

「お客様、今からご利用ですか?」

 個室がある方から、荷物籠を持ったカラオケスタッフがやってくる。

「はい、そうです」

 いきなり声をかけられたものの、涼音は頷くように返答していた。

「今ですね。空きが出ましたので、あともう少しで利用できますが、どうなさいますか?」

「では、利用します。いいよね、尚央も」

 涼音が視線を向けてきたのだ。

「う、うん」

 尚央は簡単にしか反応を示せなかった。

「でしたら、カウンターの方で手続きをお願いしますね」

 二人は受付カウンターの方へと向かい、必要最低限の書類に記入し、手続きを終える。飲み物とかはドリンクバーということにした。

 カラオケスタッフから部屋の番号が記された、折り畳み式の小型のノートのようなものを涼音は受け取る。

「では行きましょうか、尚央」

「あと、コップは俺が持つからさ」

 尚央はスタッフから貰ったドリングバー用のコップを手にし、指定の個室へと向かうのだった。





「ねえ、尚央」

 部屋に入るなり、涼音は扉を閉めたのだ。

「少し休んだら?」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 尚央はなぜか、ふらっと体が傾きそうになった。

 特に体に異常なんてないはずなのにだ。

 尚央はソファに座る。

 その隣に、涼音が腰を下ろしたのだ。

「ねえ、大丈夫かな?」

「う、うん……少し休めばね」

「だったら、私が膝枕してあげよっか」

「え、い、いいよ。迷惑だろ」

 いきなり、なんてこと言うんだ、

 と、尚央は思った。

 付き合っているとは言え、今日が初めてのデートなのだ。

 どう考えても、そこまで親しい間柄ではないのは事実。

 恥かしさに襲われてしまう。

「いいの。さ、早く」

 本当にいいのか?

 そう思いながら、隣の涼音を見る。

 彼女の表情は優しかった。

 天使のようなオーラを放つ彼女に心が靡いてしまう。

 その姿はどこかで見たことがある。

 けど、わからない。

 ただ、受け入れようと思った。

 多分、誰も見ていないだろう。

 尚央はそのまま涼音の方へ体を傾かせた。

 そして、彼女の温もりが膝から伝わってくる。

 温かい……。





「お兄ちゃん。もう少し休んでいてもいいんですよ」

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