第8話 実の妹ではないけど、妹とのキスは嫌だ…
「あのさ、兄ランクの上げ方って。妹を楽しませればいいのか?」
「うん、そうだよ」
ハンバーガー店にいる二人は、同じ席に並ぶように座っている。
テーブルを挟んで対面する形ではなく、なぜか隣同士なのだ。
妹はどうしても、尚央の隣に居たいようだった。
「そもそも、楽しませるって。妹は何をしてもらえれば楽しいって思うんだ?」
「それ……私に聞くの? お兄ちゃん?」
「ああ。だって、何も知らないのに何もできないだろ」
「はああ……それ意味ないから」
妹はハンバーガーを食べる手を止め、ため息を吐く。
「なんで?」
「なんでって、私が求めていることをやってもね。兄ランクは上がらないの」
「え? そうなのか?」
尚央は兄ランクの法則をまったく知らないのだ。
けど、手っ取り早くランクを上げるのであれば聞いた方が早いという結論を至り、先ほど、そういった発言をしていた。
「兄ランクっていうのはね、お兄ちゃんが妹の私を楽しませることなの。それ、わかってる?」
「うん。わかって言ってるけど?」
「逆に聞くけど、私が予想できる範囲のことをお兄ちゃんがやって、驚くとかあると思う?」
「驚くんじゃないのか……?」
尚央は断定的には言えなかった。
「あのね。あらかじめわかっていたら、私が驚かないし、楽しいとも思わないよ」
「え? でも、楽しいことをしたら、楽しいんじゃないのか?」
「違うよ。お兄ちゃんが、私のことを想って何かをしてくれるから、楽しいって思うんだよ。わかっていたら、それは作業だよ、お兄ちゃん」
年下の妹から、説教染みた言葉を投げかけられていた。
「そうなのか?」
「もう、私だって、一人の女の子だし。その……好きな人から、何かをされたら嬉しいからね」
「そんなものなのか?」
「そうだよ。こ、こんなことを私の口から言わせないでよ……」
意外にも妹は恥じらう時とかあるみたいだ。
「というか、妹は……お、俺のことが好きなのか?」
「……だったら、なんでデートしたいって、私が言ってると思ったの?」
「いや……そうか、だ、だよな」
尚央はようやく理解した。
妹が好きというのは、兄としてではなく男性として好きなのだと。
けど、兄妹同士で、そういう関係になるのはあまり好きじゃない。
「ねえ、お兄ちゃんは私の事、好きなの?」
「好きっていうか……そんなこと考えたことないし」
尚央は小さく呟く。
「もうー、なんで、そういうことをハッキリと言わないのよー。私は、お兄ちゃんのことだ好きだよ♡」
「な、なんだよ、いきなり、そういう告白やめろよ」
「なんで? ここでは問題ないよ」
「だって、ここ店内だろ? 他の視線とか気にならないのか?」
「んん、まったく。ここは兄ランクE以上の人しかしないし」
「それがどうしたんだ?」
「だからね、もう、なんで何もかも忘れているのよ。あのね、兄ランクって言うのは、妹が喜ぶから、ランクが上がるって言ったよね?」
「ああ」
「だから、ここにいる人たちは、ある程度、兄妹同士で仲がいいの。それに、本気で愛し合っている人もいるし」
妹からの衝撃の一言。
「え? あ、愛し合ってる?」
尚央はハンバーガーを食べる手を止め、店内をあっさりと見まわした。
男女同士のカップルが数人ほどいて、イチャイチャしているのだ。
あの方々たちは、兄と妹という間柄なのか?
今になって思う。
「でも、兄妹同士は結婚できないし」
「できるよ」
「え?」
「だからできるの」
いや、よくわからない。
そもそも、血の繋がった者同士が結婚などできないはずだ。
この世界ではそれができるのか?
尚央は受け入れられなかった。
嫌だとさえ感じた。
妹との結婚だなんて……考えられない。
むしろ、結婚するなら、この前付き合うことになった女の子としたかった。
そんな感情が内面から湧き上がってくる。
「いやだ」
「え?」
「だから、妹との結婚だなんて、考えられないんだ」
「どうして? 私は好きだし、いつでもいいよ♡」
隣にいる妹はさらに距離を縮めてくる。
この世界はおかしい。
妹とあんなこともしないといけないなんて。
「ねえ、私が口移ししてあげよっか、お兄ちゃん♡」
「い、いいよ。俺は一人で食べられるから」
「遠慮しなくてもいいのにー」
妹は色っぽくはにかんだ後、近くにあった尚央のメロンソーダをストロー越しに、口に含んでいた。
「おい、なッ、か、勝手に口付けるなよ」
「いいの。お兄ちゃんは、じっとしてて」
妹は口の中に液体を含めたまま話す。
軽く頬は膨らんでいて、その顔が近づいてくる。
妹は目を閉じたままであり、妹はキスをする気満々である。
いやだ……妹との口づけなんて嫌だ。
尚央は席から立ち上がった。
「な、なに? 逃げないでよお兄ちゃんッ」
兄である尚央の言動に驚き、妹は口に含んでいた液体を吐き出してしまい、ソファを汚してしまった。
妹は涎を口元から垂らしている。
き、汚い……。
でも、そんなことよりも、早く逃げた方がいいよな。
いつまでも、ここに居たら、何かの手違いで妹とキスしてしまいそうだ。
仮に、兄ランクを上げなくとも、この世界から脱出する別の方法を見つければいい。
尚央はそんなことを考えながら、勢いよく店内から逃げようとする。
「ちょっと待ってよ、お兄ちゃんッ」
背後からは呼び止める妹の声が聞こえる。
けど、振り返らなかった。
そして、店の出入り口付近に到達した頃合い。
ドン――ッ
鈍い音が響き、尚央の体に何かが強く接触したのだ。
なんだ?
「お前、妹の好意を拒否したな?」
「え、そ、そうですが……あなたは誰ですか?」
尚央は正面を向く。
そこには見知らぬ男性が佇んでいた。
おおよそ、三十代前半くらいの人物だろうか?
「妹の元に戻らないのであれば、ここで逮捕するが?」
「え? なんで?」
「なんでって、お前は妹の好意から逃げようとしたからだ。規律、三十三条に違反する」
「さ、三十三条?」
「ああ。付き合っている妹の好意および行為をなんの理由もなく、拒否、拒絶した場合に適用されるものだ」
「え? そ、それって、捕まるってことか?」
「そうだが。まあ、捕まるというか、指導程度になるけどな」
「え⁉ そ、それは嫌だ」
「だったら、さっさと、妹の元に戻れ」
男性から強い口調で言われる。
そもそも、この人は誰なのだろうか?
「お前、私が誰なのか疑っている顔だな。私は、規律を管理する者とでも言っておこうか」
「き、規律を守る者⁉」
「本来であれば、私がお前を逮捕することになるのだが、お前はどうやらDランクのようだな。そういうことで、今回だけは見逃してやるから」
「なんで、Dランクって」
「さっき、そんな話をしていただろ? そこにいる妹さんと」
ああ、そうか。
と、思った。
何気に、先ほどの会話を聞かれていたようだ。
なんか、恥ずかしさが込みあがってくる。
「ねえ、お兄ちゃん。なんで逃げたの」
妹が駆け寄ってくる。
「それと、ごめんなさい。お兄ちゃんは、少し恥ずかしがり屋さんで、たまたま変な言動をしてしまっただけなんです。そんなに怒らないでくださいッ」
妹は、兄である尚央の代わりに頭を下げていたのだ。
年下に何もかもやらせていることに、年上としての威厳を失いかけていた。
その光景を見ている他のお客から笑われてしまっている。
兄としての役割をまったく成してない。
尚央は羞恥心に押しつぶされ、俯いてしまう。
「大丈夫だからね。妹さん。今回は見逃すから」
「は、はい……ありがとうございます」
その男性は、妹の頭を軽く撫でている。
妹は嬉しそうに微笑み、尚央の方を見てきた。
「というか、なんで逃げたの?」
妹から指摘された。
「いや、だって、俺は妹とそんな関係には……というか、妹は妹じゃないし」
尚央は素直に話した。
「なに? 本当の妹ではないと?」
その男性から疑問がられてしまう。
「ほう、それはどういう事かね?」
「それが、私のお兄ちゃん。少し記憶がごちゃごちゃになっているようで、今日の朝からおかしいんです」
「そうか。おかしいのか。ああ、だから、さっき妹の好意をよけようとしたのか」
男性は頷きがちに、状況を把握していた。
「であれば、国直属の診療所がある。そこに行ってみたらどうかな? 私の紹介状があれば、無償で診療できるが? どうする?」
「はい。お願いします。お兄ちゃん、少し行ってみよ、ねッ」
妹が振り向き、尚央の手を両手で握ってくる。
「俺はそんな病気とかじゃないし」
「でも、言動がおかしいよ」
「それは……そんなことなんて」
尚央は受け入れたくなかった。
この世界の方がおかしいのだと信じていたからだ。
「まあ、ひとまず、紹介状を上げるから、いつでも行ってみなさい」
「ありがとうございます」
妹は尚央から離れ、それを受け取ったのだ。
紹介状には、診療所の名前、住所や診断内容など、色々記されていた。
「では、私はこれで失礼するよ」
「はい。ありがとうございました」
妹は素直にお辞儀をする。
男性は辺りをあっさりと見渡した後、デバイスのような機械に何かを入力し、店内から立ち去って行ったのだ。
なんだったんだ?
意味が分からなかった。
けど、不自然なことが多いと思う。
「ねえ、お兄ちゃん、ハンバーガーとか食べかけだし。それを食べ終わってから、診療所に行こッ」
「……わかったよ」
尚央は諦めたように頷いた。
もう、そういう世界なのだろう。
やはり、妹を喜ばせるしか、この世界を脱出でいる手段はないのだと尚央は思った。
席に戻るなり、隣に座っている妹が再びメロンソーダを口に含んで、目を瞑ったまま唇を近づけてくる。
尚央はそれをしょうがなく受け入れることにしたのだ。
なんで、妹とキスしないといけないんだろうと、思いつつ、最初の相手が好きな子ではなかったことに、少なからず苦しさを感じていた。
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