第7話 お、俺をそんな目で見るなッ、お前らは一体何なんだよ!

 なんで、いつになっても夢から覚めないんだよ。

 来栖尚央は、何度も心の中で、不満感情を蓄積させていた。

 ここは夢なんだよな?

 寝ている時に見ている夢――

 尚央は最初そう思っていたのだが、やけに街並みも自分が住んでいた場所と似ている。

 であれば、本当に夢ではなく現実なのだろうか?

 けど、妹は本当の妹ではないようだし。

 国の法律もおかしい。

 やはり、ここは違う。

 似ているところがあるのだが、そうではないところが圧倒的に多い。

 何とかしてでも、ここから抜け出さないと。

 そんなことを考えながら、隣にいる妹と一緒に街中を歩いていたのだ。

「なんで俺、ここにいるんだろうな」

「な、何急に? 変なことを言って」

「変じゃないよ。いや、変なのは妹の方じゃないか。やっぱりさ」

 尚央は隣にいる妹の方を振り向いた。

 何かがおかしいというよりも、この世界が変なのだ。

 改めて、妹に確認したかった。

 この世界について。

「おかしいって。それ、お兄ちゃんの方だよ」

「いや、違う。だってさ。妹が中心の世界だなんて、何もかも普通に考えておかしいだろ? 妹もそう感じてるんだろ?」

 尚央は何度も問いかける。

「やっぱり、おかしいのはお兄ちゃんの方だよ」

 俺の方がおかしいのか?

 いや、まさか。

 そんなはずは……。

 そんなことを考えていると、誰かの視線を感じた。

 一人、二人程度じゃない。

 それ以上の視線だ。

 な、なんだ⁉

 街中にいる尚央は咄嗟に辺りを見渡す。

 周りには街中を歩いていただろう方々が立ち止まり、二人をジーっと見つめているのだ。

 表情を変えることなく、何かに洗脳されているかのように。

 こ、怖いって。なんだよ。

 なんで、俺はこんな目に合わないといけないんだ。

 尚央は内面から込みあがってくる恐怖心に押され気味になる。

 どうすればいいのかさえも分からない。

 夢なんだ。

 絶対、そうとしか思えない。

 リアルな夢の中で、自分の感覚を維持しながら生活しているのだと、尚央は何度も思い続けた。

 そう考えるしか、現状を受け入れる手段がなかったからだ。

「おい、あいつ、妹に対して、怒ってるぞ」

「変な奴だな。国を敵に回すなんて、愚かな奴だな」

「規律ですべてが管理されているのに、好き勝手というとか、あいつの寿命も短いのかもな」

 寿命が短い?

 いや、俺はまだ、高校生だ。

 二年生で、これからの人生だってある。

 周りの奴に寿命なんて決められたくない。

 尚央は必死に声を出そうとするが、なぜか声を出せなくなっていた。

 心が何かによって掴まれているような感覚。

 な、なんだ⁉

 俺の体の中で何が起きてるんだ……?

「ねえ。お兄ちゃん?」

 尚央は声する方へ視線を向けた。

 そこには暗く怖い瞳を見せる妹の姿があったのだ。

「ねえ、どうして、私のことを疑ってるの? 私は本当にお兄ちゃんの妹だよ。今までも、これからもね」

「……」

 尚央は返事ができなかった。

 妹から放たれているオーラが淀んでいるからとか、そういった理由だけじゃない。

 なぜか、体を動かせないのだ。

「ねえ、お兄ちゃん。早く私のことを妹として思ってよ」

「え……」

「いいからッ」

 妹は普段のように明るい表情ではない。

 悪魔が宿ったかのような、威圧的な口調。

「お、俺は、妹として扱うから」

「本当に?」

「……あ、ああ」

 心が苦しい。

 なんか、体が変だ。

「本当だよね? これからも私のことを妹だって、思ってくれるよね?」

「う、うん」

 ここは何が何でも頷かなければ、死ぬ。

 本能的にそう感じていた。

「じゃあ、許すよ」

「……」

 尚央の心が先ほど緩やかになった。

 普段通りの落ち着きを取り戻した感じだ。

 な、なんだったんだ、さっきの感覚は……。

 尚央は態勢を整え、妹を見やる。

 すると、視界に映る妹は、普段通りの笑顔を見せてくれた。

「ねえ、どっかのお店に行こうよ、お兄ちゃん」

 満面の笑み。

 辺りにいた人らは、何事もなかったかのように歩き出していた。

 目的地となる場所を目指すように。

 なんだったんだ、さっきのは?

 よくわからない。

 けど、この世界が異常だということが分かった気がする。

 多分、ここは夢の中だ。

 悪夢を見せられているんだよ。

 妹がさっき言っていたエネルギーとか、覚醒とか、あれは確実に電波とか、そういう類でない。

 この世界そのものが非現実であり、現実世界と根本的に違うのだろう。

 尚央はそう思った。

「ねえ、お兄ちゃん。そろそろ、いかない? 手を繋いで、さ」

 対面している妹は、右手を差し伸べてくる。

「……う、うん」

 尚央はなんとなく返答し、妹の幼い手を握った。

 今はこのままでいいが、どうにかして、この世界から抜け出す方法を探らないといけない。

 手を繋いで街中を歩き始めた尚央は、そんなことばかり考えていた。

 どうしたら、夢の中から脱出することができるのだろうか?





「お兄ちゃんッ、あのお店に入ろうよ」

 強引に腕を引っ張る妹は容赦なかった。

 なぜ、ここまで俺に拘るのかは不明だ。

 しかし、何かしらの意味があるのだろう。

「えっと、ここのお店はね、兄ランク、E以上ね。じゃ、大丈夫そう」

 兄ランク?

 そういや、さっきもそんなこと、言ってたな。

 来栖尚央は喫茶店での出来事を振り返る。

「お兄ちゃんはDランクだし、問題ないもんねー、お兄ちゃんッ」

「え? 俺ってDなのか?」

「うん。そうだよ。忘れちゃったの?」

「忘れるとか、わかんないし。ランク付けされてんのか?」

「うん。この世界にいるすべてのお兄さんにはランクがついてるの。ただね、妹と一緒にいる時だけ、適用されるランクなんだけどね」

「妹と一緒にいる時だけ?」

「うん」

「例外もあるのか?」

「そうだよ。規律違反したお兄さんは妹と離れてね、とある場所で監禁されるの」

「か、監禁⁉」

 尚央は予期せぬ事態に、たじろぐ。

 まさか、そんな処罰のされ方もあるのかと驚いた。

 いくら規律を守らなかったとは言え、監禁はやりすぎだと思う。

「でもさ、なんのためにランクがあるんだ?」

「それはね、妹と関係性がよいかどうかの指標になってるの。それでね、他人からの評価のされ方も変わってくるんだよ」

「そ、そうなんだ」

 まったく意味わからん。

 尚央は首を傾げつつ、悩み込む。

「でも、お兄ちゃんはDランクだから普通なんだよ」

「普通? いや、俺はそこまで妹に何かをしたことなんてないような」

「いっぱいあるのに。だからDなの。あとね、一応言っておくけど、ランクは下から、GからAまであるの」

「七種類ってこと?」

「うん。そうだね。けど、Aの上にもあるみたい。でも、一番トップはAなの。私、お兄ちゃんをAまでランク上げしたいの」

 店前にいる妹は握った手を離すことなく、視線を合わせてくる。

 本気らしい瞳。

 そんな熱い眼差しを向けられてしまったら、余計に断りづらい。

「でも、なんで、そんなことを?」

「だって、私。お兄ちゃんのことを自慢したいし。それに、Aランクになれば国の方から招待されてね。一つだけ願いを聞いてくれるんだって」

「願いを?」

「うん。私も色々あるの。だからね、一緒に協力して、お兄ちゃんッ」

 妹は両手で尚央の手を強く優しく包み込んでくる。

 妹の幼く可愛らしい、その顔に、不覚にもドキッとしてしまう。

「そ、それが俺にどんなメリットが?」

 視線を合わせられなくなった。

「それはね」

「それは?」

「私が、お兄ちゃんを独り占めできるってこと」

「いや、それ、妹が得をすることしかないじゃんか」

 尚央は呆れ気味に口から思いをこぼす。

「えへへ」

「いや、笑い事じゃないし」

 はああ……なんで、そんな意味不明なことばかりに付き合わなければならないんだ。

 尚央は嫌になった。

 ん……?

 あれ?

 刹那、脳裏を何かがよぎる。

 ランクをAにすれば、一つだけ願いを叶えられるって、そんなことを妹が言っていなかったか?

 もし、本当に願いを叶えられるなら、この世界からの脱出ができるかもしれない。

 尚央はそう思った。

 いや、そう願いたいのだ。

「というか、兄ランクってさ。どうやってあげればいいんだ?」

「それは、私を楽しませることだよ♡」

「妹を?」

「うん。それとさっきのように妹割引を使うか。んっとね、基本的に妹関係のイベントもあるし、そういうのに参加するとか。大体、そんな感じかな。あと、色々ね♡」

 妹は説明してくれた。

 最後のセリフは如何わしい感じがして、あまり追求はしたくない。

 尚央はスルーしたのだ。

「ねえ、お兄ちゃん、私のために何かをしてくれる?」

「え、ま、まあな」

「それでこそ、私のお兄ちゃんだよ」

 妹から愛くるしい笑顔を向けられる。

 が、この世界からの脱出とかの為だとは、口が裂けても言えなかった。

 でも、ようやく、逃げ道が見つかったような気がする。

 少しだけ、心に余裕ができ、ホッと胸を撫でおろす。

「それより、一旦、このお店に入ろ」

「ああ、そうだな」

 尚央は入店してみる。

 店内は至って普通なのだが、人の数が少ないような気がした。

 街中には多くの人がいたはずなのに、おかしい。

「お兄ちゃんは何を食べる?」

「食べる? さっき、ケーキを食べたばかりだろ」

「そうだけどー、お菓子は別だよ」

「そんなものなのか」

「うん」

 妹は問題なく食べる気満々だった。

「お兄ちゃん、このメニュー表の中から選んで」

 妹から渡されたのは、ハンバーガーの紙のメニュー表であり、十種類以上のハンバーガーの他に、フライドポテトなどが、写真として掲載されていた。

 そんなにお腹が減ってないんだけどな。

 尚央は腹の調子を確認していた。

「私は、ダブルチーズ系かな」

「大きいサイズだな」

「うん」

「食べられるのか?」

「多分ね」

「多分って……」

「でも、余ったら、私の分を食べさせてあげるから、安心して♡」

「い、いいよ」

 妹が口をつけたものなんて。

 彼氏彼女の関係でもないのに、どうして、そんなものを食べないといけないんだよ。

「それで、お兄ちゃんは何を頼むの?」

「俺は……ポテトと、メロンソーダでいいや」

 尚央は適当にメニュー表に載っていた商品の写真を指さすのだった。

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