第9話 診断医がこの子って…この世界どうなってるんだ⁉
「――って、君は?」
「私は診療医ですが?」
診療所内。
とある一室。白衣を着こなし、シュシュで後ろ髪を結ぶ、ポニーテイル風の女の子。彼女は椅子に座って、来栖尚央と対面していた。
それは女性ではなく、女の子なのだ。
「……診療医って、小学生でもなれるんですかね?」
「ええ。なれるわ」
「……」
なんか、心配だ。
女子小学生に診断されるって、どういう状況なんだろうか?
そもそも、診療医が自分よりも年下だなんて聞いてない。
国直属の診療所が、こんなに雑でもいいのか?
椅子に座っている尚央は、パソコンを弄って診断内容を確認している女の子を見ていた。白衣の胸元に付けられた名前プレートには、診断医、愛須夏菜と記されている。
診断医? 診療医ではないのか?
やっぱり、この子は俺をもてあそんでいるだけなのだろうか?
しかしながら、彼女の服装は本物のように見え、真面目な受け答えをしてくることから、嘘をついているようには思えなかった。
「えっとさ、一つ確認なんだけど。君って診療医なの? それとも診断医?」
夏菜はパソコンの操作を止め、尚央と向き合ってくれる。
「私は診断医だけど。まあ、診療医ってのは、自称ね」
「自称なんだ」
本当に不安なんだよな……。
自分の状態を確認するために紹介状までもらって診療所まで来たのに、おままごとでした。的な感じだったら無駄足になる。
まあ、真剣にやってもらえるなら、この際、誰だっていい。
正確に診断してもらえるのなら。
刹那、尚央はふと思う。
「そういえば、他の人っていないの?」
「他の人ですか?」
「はい」
「今は休憩中よ」
一応、彼女以外にも働いている人はいるようだ。
診療所といっても、小さな場所であり、大きな病院ほどの沢山の設備などないように思えた。
「ねえ、もしかして、私だと適当に仕事をやると思った?」
「え、いや、そうじゃないよ」
尚央は本心を隠すように、否定した。
なんで、そういうことがバレてしまったんだ?
というか、女子小学生相手に動揺するとか、ありえないよな。
もう少し、小学生よりも、大人びているところを見せないと。
「そもそも、なんで小学生なのに働いてるんだ? 普通は学校にいくものじゃないのか?」
「学校? ですか?」
「うッ、あ、は、はい……」
聞いてはいけないことを聞いてしまったのか?
尚央は口にした後、後悔してしまう。
「私は行かなくてもいいんです」
取り乱すことなく、落ち着いた返答。
いや、そんなに気にしている様子はないか。
だったら、問題はないってことなのかな?
尚央は白衣の女の子の仕草をまじまじと見ていた。
「私ね、学校に行く義務を破棄してもらったの」
「え? そういうことってできるの?」
「ええ。規律、四十九条。付き合っている兄が優秀であれば一応、学校に通う義務を破棄できるの。まあ、四十九条は色々複雑で、説明するだけでも結構時間かかるから、そうことにしておいて」
俺が知っている常識とは全く異なってるな……。
やはり、この世界の方が異常、ってことだよな。
尚央は白衣の女の子を見やった。
白衣を身に纏った体を、全体的に確認していたのだ。
「な、なんですか、あなたはッ、その視線、へ、変態っぽいです」
落ち着いた女の子がいきなり、声を荒らげるとは思ってもみなかった。
尚央はビックリしてしまう。
「え、いや、俺はそんな意味じゃ」
俺はただの小学生の白衣姿が珍しくて見入っていただけだ。
そんな変態とか、如何わしいとか、そんなの言われたくない。
「で、でも……あなたにだったら、別にいいけど」
「は?」
「んッ、な、なんでもないですから。気にしないでください。まずは診断ですが、普段は何をしてるんですか?」
白衣の女の子――夏菜はサッと視線をパソコンの画面へと向け、話題を強引に変えようとしていた。
いきなりの質問に尚央は戸惑ってしまう。
「え、普段をしてるかって、なんでプライベートの話なんですか? 診断では?」
「ち、違いますから。これは普通の診断ですから。個人情報を聞きたいとか、そういう事じゃないですからねッ」
夏菜は慌てた感じに、頬を赤く染めていた。
そんな表情を見せるなって、逆に緊張してしまうだろ。
「んんッ、それでは気を取り直して」
彼女は軽く咳払いをして、ゆっくりと尚央の方へ、視線を向けてきた。
「これはあなたの状態が良いか悪いかの診断なのです。真剣な診断ですから、あなたも真面目に受け答えしてくださいね」
「はい……」
尚央は軽く頷く。
「一つ目は、普段何をしているかですね。どうですか? 普通ですか?」
「それが、なんか、おかしんだよ」
「おかしいとは?」
「普段していることをあまり思い出せないというか、記憶が混在してる感じ的な」
「へえ、そうですか。記憶の乖離的な?」
「まあ、そうなのかな? 俺が知っている世界と違うというか。だからさ、この世界で普段していることなんてないというか」
「……なんか、ハッキリとしない返答ですね」
「はい、すいません」
小学生相手に、頭を下げるとは思ってもみなかった。
「まあ、記憶が正常ではないということで……」
夏菜はキーボードを叩き、パソコンに情報を記入しているようだった。
手慣れた感じの手つきであり、長年ここで仕事をしているような感じだ。
本当に小学生でも、診断医になれるのだと感じた瞬間だった。
「二つ目の質問ですね。今いる妹さんとは、どんな関係ですか?」
尚央は、今、診療室の前の待合室で待っている妹のことを考えた。
「どんなって……普通とは違う? いや、そもそも、あの妹のことなんて知らないんだ」
「知らないとは?」
夏菜に首を傾げられてしまう。
「俺さ、その……あの妹とは初対面な気がして。そもそも、俺の妹はあそこまで活発的ではないしさ」
事細かく説明してあげた。
「……妹との記憶もわからないと?」
「わからないというか、そうかもしれないし。本当に世界の方がおかしいというか」
「世界がおかしい?」
「はい。なんか、この世界って、兄妹事件とか、兄が妹と付き合ったりとか、規律という外面もあるし。俺が知っている世界には、そんなのはないし。むしろ、この世界の方がおかしい気がするんですよね」
尚央は自分が思っていることをストレートに、夏菜に曝け出す。
診断医の彼女であれば、何かわかるのではないかという希望を抱いての発言だった。
「そう。世界がおかしいと……それに記憶の乖離」
椅子に座って考え込む、診断医の女子小学生。
「んん、これは結構危ないですね」
「え? 危ない? どこがどういう風に?」
対面上に、椅子に座っている尚央は、少しだけ前かがみになりつつ、彼女の言葉に食いついてしまう。
「それについて話す前に。最後の質問いいですか?」
「な、なんでしょうか……?」
尚央はいきなり真面目な顔を見せる女子小学生に対し、心臓の鼓動が止まるかと思った。
何を言われるのかわからないと、内面から怖さが湧き上がってくる。
「この頃、何か大きな事件に巻き込まれたとかありますか?」
「事件?」
「はい、そうです」
「……」
尚央は一度目を閉じ、考え込む姿勢を見せた。
事件、事件……なんかに巻き込まれたっけ?
わからない。
けど、なんか、少しだけなら思い出せるような気がした。
あの衝撃――
何かが体に当たった感触が……いや、そんなのは気のせいか?
やっぱり、わからない。
ハッキリとは思い出せないのだ。
何かを忘れているだけなのか、デジャヴなのか、記憶違いなのか。
それすらも、まったくわからないし、鮮明に思い出せなかった。
尚央は一度、瞼を見開く。
「どうですか? 何かを思い出せましたか?」
「……ちょっと、ごめん。もう少しで何かを。だから、考えさせてほしい」
「はい。そんなに焦らなくてもいいので、しっかりと思い出してくださいね」
小学生にしては、優しい反応。
尚央は自分の体を見た。
袖をまくり上げ、腕を確認するが、どこかに傷があるというわけではない。尚央は服を軽く捲り、他の体の部分も見てみるのだが、痛みが伝わってくるほどの傷を見つけることはできなかった。
何かの手違いかもしれないな。
と、思っていると、尚央は強い視線を感じた。
ん? なんだ?
尚央が服を着なおしていると、正面にいる白衣の女の子――夏菜からまじまじと見られていたのだ。
「な、なに?」
その女の子はおっとりした、小学生のような感じの表情ではなく、如何わしい面影を見せる大人びた顔。
何かを求めているかのような視線を向けられていたのだ。
「あの、私……わかったんです」
「俺の状態がか?」
何とか答えにたどり着けると思い、尚央はホッと胸を撫でおろす。
「私……やっぱり、あなたのこと好きみたいです」
「は?」
尚央は一瞬、何を言われているのか、わからなかった。
診断結果とは程遠い、返答に耳を疑ってしまう。
「ねえ、どういうこと? 俺の診断結果は?」
「それは……そうなんですが、その前に、もう一つ見たい……んん、確認したいことがありまして」
「確認?」
尚央の心が変な感じに熱くなった。
「はい。あなたの体をもう少し見せてくれませんか?」
「な、なんで?」
「そ、それは……その、確認なので。決して、エッチなこととか、変態な行為とか、あなたの体を見たいとか、腕を見たいとか、その手で撫でられたいとか、そういうのじゃないですから。か、勘違しないでくださいッ」
いや、なんか、願望みたいなものまで聞こえてきたような気がするのだが……。
「と、とにかく、見させてくださいッ、的確に診断いたしますので」
白衣の女の子の息が荒くなってきている。
夏菜は後ろ髪につけていたシュシュを外し、ポニーテイルスタイルを崩すのだった。
お、俺は一体、どうなるんだ⁉
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