第10話 私…お兄ちゃんに騎乗中だけど、何をしてほしい…かな?

「その、あなたのことを、お兄ちゃんって、呼んでもいいですか?」

 突然の白衣の女の子からの問いに、来栖尚央は動揺をかくしきれずにいた。

 尚央は今、診療室にいて、しかも、女の子から押し倒され、仰向けになっているのだ。

 女の子とは、小学生の子である。

 真面目でもありつつ、そんなか弱そうな子から積極的に攻め込められていた。

 白衣に身を包み込む愛須夏菜は何かのスイッチが入ったようで、周りを気にすることなく、大人びた表情を見せていたのだ。

 妖艶さが相まって、一瞬、彼女が小学生だということを忘れてしまいそうになる。

 パッと見、女子中学生くらいだと言われても信じてしまうかもしれない。

 ベッドに押し倒されている尚央は、その子から騎乗されている故に、身動きが取れなかった。

 意外にも、彼女の押さえつける力が強い。

 いや、強いというか、人が体を動かせなくなるところを熟知しているようにも思えた。

「ねえ、お兄ちゃん? 今から何をしたい? 何もないなら、私が」

 小学生ではないような顔を見せる彼女の姿に、一瞬、ドキッとしてしまう。

 色々な意味で心が動揺し、尚央は、自分の腹の部分に座っている彼女と視線を合わせることなんてできなかった。

「ねえ、ここら辺がいいの? そうなの、かな?」

「うッ」

 夏菜はいきなり、胸元を触ってきたのだ。

「思っていた通り、結構しっかりとしてるのね」

 彼女は迷うことなく、徹底的に尚央の体を触りまくっている。

 擽ったい。

 けど、体を動かせないのだ。

 こ、これはどうしたら……。

「ねえ、私のお兄ちゃんになってよ」

「な、なんで? き、君にも兄がいるんじゃないのか?」

「うん、いるよ」

 悪びれることもなく、素直に曝け出すように頷く。

 この世界では妹の許可があれば、妹を増やせると聞いたことがある。

 けど、妹が自ら兄を増やすということも可能なのだろうか?

「私ね、多くのお兄ちゃんに守ってほしいの」

「な、なんで?」

「私が好きだから」

 白衣姿の夏菜は、尚央の口元を閉じるように、指先で触ってきたのだ。

「なんか、可愛い♡」

 年下の子に、可愛いとか言われるのは、なんか嫌だった。

「そもそも、俺は診療しに来たんだけど。それと、この行為に何か関係あるのか?」

「うん、あるよ」

「本当に?」

 尚央は聞き返した。

「だって、細かいところまで診断しないと後々困るでしょ? 適当な診断書を渡したら、国から怒られるのは私だし」

「そうだけどさ。流石に、これはやりすぎなような」

 尚央はベッドから起き上がりたかった。

 こんな感じの方法ではなく、普通に診断してほしいのだ。

 そもそも、小学生なんかに興味などないからこそ、一刻も早くこの状況から解放されたいと心の底から願っていた。

「お兄ちゃん、私に何かあった時、助けてくれる?」

「助けるって?」

「どうなの? ねえ、お兄ちゃん」

 夏菜の瞳が黒くなる。

 彼女の表情が緩やかに変わっていくのだ。

 というか、勝手にお兄ちゃんって呼ばれているんだが。

 俺の質問もさりげなくスルーされている気もするし。

 それはひとまず置いておいて、この状態を改善することが先だな。

「ねえ、お兄ちゃん? どこに行こうと思っていなかった?」

「い、いや、そんなことはないさ」

 微妙に体を動かしたことに気づいた模様。

「嘘。わかるもん。私、色々なお兄ちゃんと関わったりして、見てきたからわかるけど、今、逃げようと思ってたでしょ?」

「……は、はい」

 尚央は素直に頷く。

 夏菜の注意深い洞察力などから逃れられないと思ったからだ。

「もう、なんで? 私の質問に答えてよ。何かあった時、私のこと、助けてくれる?」

「えっと」

「ねえ、どうなの、ねえ」

 なんで、ここまで執着してくるんだ?

 俺は女子小学生の子に靡くことなんてないし、本格的に付き合いたいとも思わない。

 けど、何か返答しないとヤバい空気感だと感じた。

 尚央は、勇気を振り絞って、夏菜の瞳を見やる。

 彼女の顔は小学生とは思えないほどに、大人びた顔立ち、潤んだ口元。

 間近で見ると、多少、化粧をしているように思えた。

 子供なのに、ませている。

 それと同時に、悲しさも伝わってくるような気がしたのだ。

 ハッキリとはわからないが、そんな気がした。

「ねえ、どうなの? お兄ちゃんッ、早く答えてよ」

 どうすればいいんだ……。

 けど、ここは兄になるしかないのだろう。

「わ、わかったからさ、俺、夏菜ちゃんの兄になるよ」

「本当に? 嬉しい、やったー♡」

「――んッ⁉」

 夏菜は顔同士の距離を一気に縮める。気が付けば、尚央は彼女の唇を味わっていた。

 突拍子のないキスに困惑してしまう。

 こ、これは……ど、どういう状況⁉

 この子の兄になっても良かったのか?

 そもそも、一人の妹が、複数の兄を独占しても規律に違反しないのだろうか?

 この世界の規律をすべて知っているわけではなく、後々何かあっても怖い。

 誰かに聞きたいけど……今、この診療所に知り合いの子は……妹しかいないのだ。

 というか、この状況を、妹なんかに見られてしまったら、どう考えても終了だ。

 そんなシチュエーション。尚央からしたら、絶対に経験したくなかった。

 いや、その前に、妹の許可なく妹を増やしてしまったら、それって違法だったはず。

 キスをしている最中、ふと思い出したのだ。

 厄介な事件へと巻き込まれるのだけは避けたい。

 尚央は夏菜の肩を軽く押し、何とか唇を離したのだ。

 夏菜は騎乗し、尚央はベッドから動けず、仰向けになったまま。

「え? 嫌だった? 私のキス……下手だったかな?」

「ち、違うから。そもそも、俺には妹が居るんだ。だからさ、その妹の許可なしに、君を妹にはできない」

「なんで、なんで……さっき、私のお兄ちゃんになってくれるって」

「けど、逆に考えれば、君は俺の妹になるってことだよね?」

「……そ、そうだね」

 夏菜は不満げな表情を見せ、つまらなそうに口元を強く閉じた。

「そういうことだから、俺は君の兄にはなれないんだ」

「……私をその気にさせておいて、どうして、そういう勝手なことをするの?」

「勝手って、俺はお互いのためになると思ってさ。そもそも、俺の妹からの許可もないし、そのまま付き合ったら君も問題になるよ?」

「……そういうのは、こっそりと付き合えばいいじゃない」

「違法すぎるだろ」

「違うから。バレなければ、違法じゃないし」

 夏菜は自分勝手な発言ばかりしているのだ。

 彼女は尚央の腹のところに座ったまま、一向に動こうとはしない。

「私、お兄ちゃんのことが好きなの」

「どこを好きになったんだよ」

「ただ、体つきとか」

 夏菜は自身の手で、尚央の頬を軽く撫でるように触っていた。

「こういう感触がいいの。それに、一緒に会話していて楽しいし」

「それだけ?」

「それだけじゃないけど。それだけの理由じゃダメなの?」

「ダメってことではないけど……俺と君は大分歳離れているよね? 男女のような関係にはなってはいけないような気がするんだけど」

「男女の関係? 私、あなたをお兄ちゃんにしたいだけよ」

「でも、キスとかしてきたよね?」

「それは男女の関係じゃなくてもするよ?」

「いや、普通はしないだろ」

 今どきの小学生は、そういう行為に抵抗が無いのだろうか?

「それより、見る?」

「何を?」

「私の――」

 夏菜はいきなり、白衣を脱ぎ始める。

 まさかとは思っていた。

が、その想像が現実味を帯びてきたのだ。

彼女が白衣を脱ぎ終えると、さらに自身の衣服へと手をかけ始めたことで、これはマズいと、尚央は本能的に察した。

「やめてくれ、それは診療とまったく違うというか」

「違う? 違わないわ。お兄ちゃんとして、男性としての感覚がハッキリしているかも診断するの」

「だ、だからって、それ以上は……」

 年下の……ましてや、女子小学生の裸体は見たくない。

 そんなに興味がないし、ロリコンでもないからだ。

 実際に見てしまったら、そういった性癖に目覚めてしまいそうで、咄嗟に瞼を閉じ、拒絶する。

「もう、どうして、そんなに拒否するの? 私は本気なのに。すぐに考えを変えちゃって」

「変えるって。いや、違法なことをだって気づいたからさ。だから、やめよ。な?」

 尚央は少しだけ見開いた瞼から、彼女の状態を伺うように見る。

 彼女の反応次第で、どうなるかが大幅に変わってくることだろう。

「意気地なしな、お兄ちゃんだね」

「ようやく、わかってくれたか」

「……」

 腹の上に座っている尚央を無言で見下ろす夏菜。

 彼女は軽蔑するような瞳で、尚央をジーっと見ているのだ。

「だったら、また、ここに来て」

「え?」

「だから来てって言ってるの」

「どうして? 今日中に診断書を貰えるんじゃないの?」

「まあ、一応は渡すけど。お兄ちゃんの症状はね、一日くらいじゃわからないかも」

「そうなの?」

「うん。だから定期的に来て? いい?」

「ああ、わかったよ。本当に、ここの診療所に通いつめれば、俺の症状が分かるんだよね?」

 尚央は確認のために、強めの口調で言う。

「うん。絶対にね♡」

 夏菜は指先で尚央の口元を拭った後、その指の先端をしゃぶっていたのだ。

「き、汚いぞ」

「汚くないもん。これでいいの。それにキスした後の涎とかを拭いただけだし」

 彼女はエッチっぽく言い、女子小学生ではないオーラを放っていた。

 ようやく今日の診断が終わるのかと思い、尚央が心を落ち着かせていると、いきなり扉が開かれる。

 なんの前置きもなくだ。

「ねえ、お兄ちゃん? 診断が遅いんだけど。どうし――え……?」

 診療室に入ってきた妹の体の動きが止まった。

 なんせ、ベッド上で尚央が仰向けになり、それに騎乗するかのように、診断医の夏菜が腹の上に座っているのだ。

 如何わしい行為をしていると思われてもしょうがないだろう。

「お、お兄ちゃん? この状況はどういう事かな? なんで、診断してもらうだけなのに、ベッドにいるの?」

 妹の表情からは、殺気が満ち溢れていた。

 症状を改善するために診療所を訪れているのに、今、妹から殺されそうだ。

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