第5話 わ、私、お兄さんの妹になってもいいですか?

 来栖尚央は今、街中を歩いていた。

 左右には、二人の女の子。

 梨華と鈴。

 二人は同じく小学生らしく、気の合う友人同士のようだ。

「ねえ、お兄ちゃん、どこに行く?」

 左側にいる妹が話しかけてきた。

 妹の手は温かかったりする。

 小学生ゆえの優しさを感じたりもした。

 まあ、こんな誰なのかわからない妹に魅力を感じてしまう時点でロリコンというもの。

 尚央は断じて、そういう風な人種ではないと、心では思っている。

 昨今、ロリコンが幼女に手を出して、警察沙汰になる事案が増えているが、絶対にそういう問題には巻き込まれたくない。

「ねえ、ねえ。お兄ちゃん、何か反応してよ」

 妹は強引に迫ってくる。

 尚央の左腕のところにすり寄ってきて、小さなおっぱいを服越しに当ててくるのだ。

 うん……小さいからあまり感じないな。

 それに、そういう行為をされても好きにはなったりしない。

 その程度では靡かなかった。

 尚央は、自分の感覚が平常なのだと再認識したのだ。

「じゃあ、もう帰ろうか」

「もう、何よ。帰るって。まだ家を出てから、二時間くらいしか経ってないじゃないッ」

 妹は不満げに頬を膨らませる。

 というか、二時間も外に出ていたら、十分だと思うのだが。

「梨華ちゃんのお兄さんって、あまり妹には靡かないタイプなの?」

 右側で一緒に歩いている鈴が問う。

「そうなの。以前はそうじゃなかったんだけど。この頃、色々なことがあって、多分、疲れているのかな?」

 妹は釣れない態度を見せている尚央に対し、ため息を吐いていた。

「そうなんだ。じゃあ、疲れているなら、あの店に行かない。私、いいところ知ってるよ」

「どこどこ?」

 妹が興味津々に、友人の鈴に反応していた。

 どこに行くつもりなのだろうか?

 変な場所ではないだろうな。





「ここなんだけど、どうかな?」

 鈴が紹介してくれたのは、喫茶店のようなところ。だが、少し尚央が知っている感じの場所とは違う。

 いつからこんな店ができたんだ?

 喫茶店の外にある看板には、コーヒーやケーキなどが妹割引と記されていたのだ。

 その時点で何かがおかしい。

 先ほどの店では兄セールだったのに対し、この喫茶店では妹割引。

 どういうことだ?

 何が違うって言うんだろうか?

 来栖尚央は意味不明すぎる現状に頭を抱えてしまう。

「お兄ちゃん、どうしたの? 悩み事?」

「なんかさ、この妹割引って何?」

「それはね、妹と一緒に入店すると、妹の数だけ安くなるってことだよ」

 妹はさもか、それが普通であるかのように、妹割引の説明をしてくれた。

「俺、わかんないんだが」

 さっきから、この世界はおかしい。

「それより、早く入ろッ」

 左側にいる妹は強引かつ、尚央が何かを発言する前に、腕を引っ張って入店させようとする。

 今どきの小学生には困ったものだ。

 と、思う暇もなく、喫茶店内に足を踏み入れることになった。

 店内は、なんか違う。

 喫茶店だと思っていたはずが、入って正面のレジカウンターのところは、ケーキが飾られているショーケースがあるのだ。

 ここはケーキ屋なのか?

 複合喫茶店のような店屋なのだろうか?

「いらっしゃいませ」

 レジカウンターにいるスタッフが挨拶をしてくれる。

 尚央は、なんとなく頷く程度で反応を示した。

「ね、お兄ちゃんは何をする?」

「な、何をするって、普通にケーキを購入して、食べるんだろ?」

 尚央は不思議そうな顔を見せ、戸惑いながらの返答を交わす。

「そうなんだけど。ここはね、ケーキを作れるんですよ」

「ん⁉」

 右にいる妹の友人、鈴はよくわからないことを発言するのだ。

 ケーキを作るとは……⁉

 少しの間が空く。

「えっとさ、ケーキを作って?」

 尚央はたどたどしい態度を見せつつも、優しい口調で鈴に問いかけた。

「ここのお店は、ケーキを作って食べることができるんです。最初から作るか、盛り付けるだけかを選べますが、梨華ちゃんのお兄さんはどうします?」

「どうって……なあ、妹、俺はどうすればいいんだ?」

 先ほどから意味不明なことが多すぎて、簡単な言葉さえも難解に感じてしまう。

「お兄ちゃんはどうするの? 今の時間帯から作るのは難しそうだし、ケーキに盛り付けだけでもいいんじゃない? どうするかはお兄ちゃん次第だけど」

 妹は誘惑するかのような瞳で尚央を見つめてくる。

 いや、妹……そんな目で俺を見ないでくれ。

 変な意味に聞こえてしまうから、本当に。

 尚央は一度瞳を閉じて、考え込む。

「どうしますか、お兄さん?」 

 鈴の問いかけに瞼を見開いた。 

「だったら、盛り付けの方でいいよ」 

 喫茶店なのか、ケーキなのか意味わからないが、ここで長居しなくなかった。

「じゃ、ケーキに何を盛り付ける?」

「何って、ケーキの味は選べるのか?」

「うん。えっと、今日は……チョコか、チーズ、バニラの中から選べるみたい」

 妹はレジカウンターの近くにある小型の掲示板を見て答えてくれた。

「すいません、ちょっといいですか?」

 え?

 尚央は突然の問いかけに驚き、背後を振り向く。

 何かと思えば、他のお客が入店していたのだ。自分らの存在が邪魔になっていたことに気づいた。

 尚央はすいませんと軽く会釈を交わし、二人の小学生と共に、少しだけ壁近くへと移動したのだ。

 あとはゆっくりでもいい。

 今のお客が注文をし終えてから、何を選ぶか考えようと思った。





「お買い上げありがとうございました」

 レジカウンターにいたスタッフが、お辞儀をしていた。

 先ほどのお客がお持ち帰り用のケーキを購入し、店内を後にしたからだ。

 誰のために購入したのだろうか?

 そのお客はパッと見、四十代くらいの男性に見える。

 この世界で自分よりも二倍以上の年齢の男性を見たのは初めてかもしれない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんッ」

「え、ああ、なんだ?」

 視線を隣に向けると、ちょっとばかり怒りっぽい仕草を見せる妹が、そこにはあったのだ。

「ボーッとして、どうしたの、お兄ちゃん。早くケーキを選ぶよ」

「あ、ああ」

「どうしたんですか? 考え事ですか?」

 鈴に問われる。

「ま、まあ、そんな感じさ」

 来栖尚央はたどたどしい発言の仕方だった。

「もう、聞いてよ、鈴ちゃん。この頃、お兄ちゃん、私と真剣に向き合ってくれないんだよ」

 不満を曝け出すような口ぶり。

「そうなの? もしかして、他の妹ができたのかも。でも、真面目そうなお兄さんですし、そんなことはないですよね?」

 鈴からまじまじと見られてしまう。

「え、まあ、そうだな」

 なんか、怖い。

 鈴は笑顔なのだが、内面から見えない威圧が伝わってくるようだった。

 ここでは余計な発言は差し控えた方が身の為だろう。

「いや、他に妹なんて、さすがにないさ」

「そうですよね。それでこそ、私の目に狂いはなかったようです」

「え? なに?」

「な、なんでもないですから。き、気にしないでください」

 鈴は意味不明な台詞を紛らわすように、否定的な話し方になる。

「それより、ケーキ、ケーキだよッ」

 妹から強引な発言に押し切られ、落ち着いて鈴ともまともに会話できなかった。





「うわあ、おいしそう。私、これがいいッ、お兄ちゃんは何味にする?」

「俺は、チョコでいいや」

「なに、その適当な感じ」

 ケーキが飾られたショーケース前でしゃがみこむ妹から、ジーっと見られてしまう。

「俺はそんなにケーキとか食べないからな。強いて言うなら、チョコってこと」

「まあ、いいけど」

 どういうのを期待してたんだ?

 妹がどんな子なのか、未だにわからない。

 そもそも、初対面なのだ。

 来栖尚央には妹が居るのだが、そこにいる子は妹であって、妹ではない何かである。

 昔から妹との関わりはあるのだが、尚央が知っている妹と性格が違いすぎるのだ。

 まあ、小学生の頃の実の妹と似ている故、まったく異なっているというわけでもない。

「すいません、店員さん、チョコ二つで」

 しゃがんでいた妹は立ち上がり、笑顔で発言していた。

「って、妹もチョコかよ」

「いいの。私はお兄ちゃんと一緒の方が」

「な、なんだよ。別にそこまで一緒じゃなくてもさ」

 尚央はボソッと答えた。

「鈴ちゃんはどうする?」

「わ、私もチョコで」

「いや、皆チョコかよ」

 現状に対し、尚央はツッコんでしまった。

「では、三つともチョコでよろしいですか?」

「はいッ、それでお願いしますッ」

 妹はハッキリと愛らしく受け答えをしていた。

 妹の仕草を見ていると、なんか、昔の実の妹を見ているようで懐かしく感じてしまう。

 昔は、そんなに仲なんて悪くなかった。

 中学生になった頃合いから、実の妹との間に距離ができた感じだ。

「では、チョコに何を盛り付けしますか?」

「では、イチゴかな? お兄ちゃんは、イチゴでいい?」

「え、ん、ああ」

「何? また、考え事? もう、お兄ちゃんのエッチ」

「は? いや、そういうことをここで言うなよ」

「じゃあ、本当にエッチなこと?」

「本当に違うから。やめてくれ。こういうところで、そういう発言は」

 尚央は苦し紛れに、強い口調でありながらも弱弱しく口にしていた。

 こんな妹とやっていけるのかよ。





「では、妹割引を利用しますか?」

 レジカンターにいるスタッフが問う。

「え、あ、はい……利用します」

 来栖尚央はたどたどしく口にする。

 妹割引という言葉が真新しすぎて困惑していたのだ。

「それでは……お客様のお兄様は、妹二人ということですか?」

「え、えっと……そういうことでいいのか? 妹」

「んん、どうしよっかな。店員さん、ちょっと待っててくださいね」

「はい。ごゆっくり考えてもいいからね」

 妹の発言に対し、スタッフは優しく返答してくれる。

 三人は店内の壁近くへと向かった。

「ねえ、この場合、どうする? 鈴ちゃんも私のお兄ちゃんの妹になる?」

「え、今だけ?」

「う、うん」

 妹は他の人に聞こえないように、ひっそりと話す。

 何かやましいことなのか?

「でも、それだと、後々危ないんじゃない?」

「そうだけど……今、妹割引が適用されているし、それに、妹割引を利用すると、兄ランクも上がりやすくなるでしょ?」

「そ、そうだけど。それ違法でしょ? 規律二十二条に引っかかるよ。そういうのやっちゃうと」

「んん、けど、私はどうにかして、お兄ちゃんのランクを上げたいの」

「けど……」

 鈴は乗り気ではない。

 そもそも、兄ランクとは一体何?

 意味不明だ。

 兄ランクが上がったとして、どうなるというのだろうか?

「えっとね、だったら、私、梨華ちゃんのお兄ちゃんの……妹になってもいいですか?」

「ん?」

 さらによくわからなくなった。

 妹になる?

 血が繋がっていないのにか?

 一体、妹という定義はどうなってるのだろうか?

「んん、しょうがないね。わかった。今後のことも考えて、私が許可するし、これから私のお兄ちゃんの妹だからね、鈴ちゃん」

「うん」

 鈴は頷く仕草を見せた。

「は? え……ええ⁉ なに、なに、どういうこと⁉ 妹が増える⁉」

 妹というモノは、そう簡単になれるものなのか?

「よ、よろしくお願いします、お兄さん」

「……」

 尚央は新しく妹になった鈴に対し、流されるまま頷くことしかできなかった。

 な、なんなんだ、この世界……。

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