第12話 あの妹が、そんな顔を見せるなんて…

 二人は一緒に並び、街中から少し離れた、住宅街近くの道を歩いていた。

 来栖尚央はふと先ほどの出来事を振り返る。

 あの診療所はよくなかったと――

 なんで、あんな場所が国から了承を得て、経営できているのか不明だ。

「お兄ちゃん。さっきはごめんね……嫌、だったでしょ?」

 あまり見ることのない、妹の弱弱しい話し方に、尚央は心配になってくる。

「いいよ、妹が悪いってわけじゃないしさ」

「……」

 無言になる。

 やはり、妹はあの子のことが好きではないのだろう。

 学校にいる時も、色々なことがあったのだと思った。

「妹は、さっきの子と同い年ってことだよな?」

「うん。私が小学五年だし、あの子も一応、十一歳くらいかな」

 小学五年生――、十一歳⁉

 ああ、だよな……。

 妹と同世代ってことは、必然的にそうなるよな。

 小学高学年くらいから、あの診療所で働いていることになるのか。

 この世界は、成人を迎えていない子にも労働させるのか?

 どうなってんだ、この世界は。

「お兄ちゃんは、もう行かないよね?」

「え?」

「さったきの診療所」

「い、行かないよ。だって、さっき、あんなことにまで発展したんだ。流石に、行けるわけないだろ。まあ、行かないけどな。あんな場所」

 尚央は言い切ったのだ、行かないと。

「でもさ。なんで、あんな場所が国から認められてるんだ? あんな態度だと、人来ないだろ?」

「んん、普通に通っている人も多いらしいよ」

「なんで?」

「だって、あの子のお兄さんは優秀だし。現時点で、兄ランクがAだったはずだよ」

「ああ、そういや、あの子もそんなことを言っていたな」

 ふと、夏菜との会話を思い出す。

「ここではね、ランクが高い方が優遇されやすいの」

「ランクが? どうして?」

「それはね……エネルギーとかをため易くなるからなの」

「そのエネルギーっていうのは、結果的にどうなるんだ? 何かを発動するのか?」

 いや、いくらこの世界であっても、能力の発動まではないはずだ。

「発動って、魔法みたいな感じじゃないからね?」

「そうだよな」

 尚央は少しだけホッとする。

 魔法とか、異能力とか、そんな感じだったらどうしようかと思った。

 それにしても、そういったエネルギーを使っている人を見たことなんてない。

 まして、兄ランクA以上の人と、直接会ったこともないのだ。

 どういう風に妹のエネルギーと、兄の力が作用するかなんて予測がつかなかった。

「私はまだ、そんなにエネルギーなんてないの」

 妹は自身のおっぱいに手を当てていた。

 服越しでもわかるのだが、そんなに大きくはない。

 小学五年生なら、小さくてもおかしくないのだが。

 一瞬、性的な目で見てしまう自分がいた。

 いや、そんなことを考えるなって俺。

 むしろ、幼女で爆乳とかだったら、色々な意味で大変なことになりそうだと思う。

「私ね、Fなの」

「え?」

 尚央は妹の発言に驚き、隣を歩いている妹のおっぱいを二度見してしまった。

「んんッ、そういう事じゃないから」

「イテッ」

 妹から足を蹴られてしまった。

「さっきの発言は、胸の大きさとかじゃないし……妹ランクのこと」

「ご、ごめん……」

「でも、お兄ちゃんになら、別にいいけど。胸を見せても」

 妹から誘惑されてしまうと、逆に変な気分になってしまいそうでたじろいでしまう。

 そういうのは、兄妹の間ではやってはいけないことだ。

 絶対に。

「やっぱり、兄妹でそういうのはさ。よくないと思うんだ」

 尚央は一度立ち止まり、妹の方を振り向いた。

「んん、兄妹同士でやらない方がおかしいの」

「な、なんで?」

「だって、お兄ちゃんが、私のエネルギーを操る時、そういうこともしないといけないし」

 え⁉

 そういう風なことなのか?

 なんか、妹のことを、そういう目では見れない。

 この世界。やはり、どこかおかしいよ。

 尚央はそう思うが、まだ、本格的な診療を受けたわけじゃない。

 先ほどは中途半端な診断程度。

 もしかしたら、この世界ではなく、俺の方がおかしいのかもしれないのだ。

 元々、俺がこの世界の住人だとして、何かしらの影響で記憶が乖離してだけということもある。

 あの小学生の診断もいかにも適当臭かったし。

 そもそも、途中までの診断結果も聞ける状況ではなかった。

 何はともあれ、別の診療所を見つけて、結果が分かるまでは、自分の存在も怪しいと思った方がいいだろう。

 けど、だとしたら、正面にいる妹は何なんだ?

 本当に誰なのかわからない。

 実の妹と似ているところもあるのだが、何かが違う。

 過去を振り返ろうとするが、途中で脳内が痛んだ。

 何かの強い意志によって、阻まれているような気がする。

「どうしたの、お兄ちゃん? 大丈夫?」

 尚央が頭を抱えていると、妹が下から覗いてくるのだ。

「ああ、少し頭が痛くなっただけ」

「そうなの? 無理しないでね」

「ああ」

 尚央は軽く頷いた。

「そうだッ、お兄ちゃん、手を貸して」

「なんで?」

「いいから、少しおまじないをしてあげるから」

「おまじないって何?」

 よくわからなかった。

 けど、妹が自ら気にかけてきているのだ。

 無理に断るのも嫌だった。

 妹が悲しむ顔を見たくないと、本能的に思ったからだ。

 尚央は妹に手の平を見せた。

「これでいいのか?」

「うん」

 妹は小さなその手で、尚央の手の平を触るのだ。

「ねえ、お兄ちゃんは、どこら辺が気持ちいかな?」

「どこって、そういう言い方は、なんか変に聞こえるんだが」

「いいじゃんッ、ここかな?」

 妹は尚央の手の平のツボのようなところを的確に押していた。 

 なんで、俺が反応する場所を熟知してるんだろうか?

 不思議に感じる。

 けど、妹が本当の妹だとしたら、手の平のツボを理解していてもおかしくはない。

「ねえ、お兄ちゃん。ここも気持ちいでしょ?」

「う、うん」

 なんで、住宅街近くの道でこんなことをしてるんだ?

 こういう風なのは、家の中でやるのが普通なような気がする。

 今は人がいないので、誰かに見られるとかはない。

「私、お兄ちゃんの事だったら、なんでもわかるよ」

「え?」

 尚央はドキッとしてしまった。

 突然見せた妹の笑顔に、心が動揺していたのだ。

 いや、妹に……年下の子に反応するんて……俺は正常なんだ。ろ、ロリコンだなんて。ありえない。

 尚央は何度も心に言い聞かせていた。

「ねえ、お兄ちゃん」

「な、なん?」

 動揺して、声が変になった。

「んッ」

「お、おい、ちょっと待てよ」

 妹は尚央の手を軽く持ち上げるなり、薬指を舌で舐め始めたのだ。

「な、何してんだよ」

「だって、お兄ちゃんの指をしゃぶりたくなかったの」

「だからって、こんな場所で」

 尚央は必死に抵抗するが、妹は変わらず、口の中に入れ、舌を器用に使い、薬指をなめ続けていた。

 妹は瞼を閉じ、余韻に浸っているようだ。

 そんな妹の表情を見ていると、強引に離すことに抵抗があった。

 なんか、わからないけど、妹の悲しむ顔を見たくない。

 そのまま好きなようにやらせようと思った。

「ねえ、お兄ちゃんは、私の指にも興味ある?」

「急に、どういう質問だよ」

「だって、私だって……」

 妹は尚央の指先から口を離す。

「だって……私だって、お兄ちゃんから愛されたいし」

「そ、そういうのは、こんなところで言うなって」

「いいじゃん♡ 皆だってやってるよ」

「だとしてもさ」

 尚央は直接言われて恥ずかしくなった。

 妹からここまで愛されるとか、そんな関係に今までなかったような気がする。

 実の妹とは、つい最近まで関係がよくなかった。

 小学生の頃までは普通だったのに、些細なことで拒絶されたり、無視されたりと、妹と一緒にいることに苦痛を感じていたのだ。

 けど、今、正面にいる妹は愛らしい顔を見せてくる。

 妹というか、彼女のような存在になっていると思う。

 俺にだって、好きな人くらい居る。

 だからこそ、妹のことを好きになることなんてできない。

 こういう関係を辞めたかった。

 けど、本能なのかわからないが、拒絶した態度を見せることができない。

 なんでだよ、俺……。

 妹のことは、妹としてしか見たことがなかった。

 恋愛的な感情になることなんてありえない。

 俺、こんなだとヤバいって。

「お兄ちゃん。どうしたの?」

「な、なに」

 尚央は妹の愛らしい顔を見るだけで、心が熱くなった。

 意識しているわけじゃないのに。

 俺はなんでここまで妹のことを意識してしまうんだよ。

 以前だったら、まったく妹や、年下の子をまじまじと見ることもなかったし。

 好意を抱こうとも思えなかった。

 今までの自分だったら拒絶していたと思う。

 けど、妹の何かを求めようとする、その口元を見ていると、受け入れたくなってくる。

 んんッ、お、俺は……そんなんじゃないし。

 ろ、ロリコンじゃない。

 尚央は必死に、自分の感情に打ち勝とうとした。

「ねえ、お兄ちゃん。キスしよ♡」

 妹は嫌らしく舌を出してくる。

「いや、そういう風なのは」

「なんで?」

 妹の優しい表情。どこか、涙顔になっていた。

 診療室での出来事もあり、悲しくなっているのだろう。

 尚央は少しだけ距離をとった。

「え、お兄ちゃん?」 

 尚央はただ、妹の頭を撫でてあげたのだ。

「んんッ、な、何? お兄ちゃん」

「今はさ、こういうのでいいんじゃない」

「んん、もうケチ。そういうのじゃないし」

 妹は不機嫌そうになる。

 けど、今は程よい距離感の方がいい。

 これ以上近づいてしまったら、確実にどうにかなってしまいそうだ。

「妹。そろそろ、家に向かおうか」

「……」

 妹はただ頷く。

 二人は手を繋いで、そのまま背後を振り向くことなく、歩き出したのだった。

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