第35話

信繁は主に父親、大会社を支える創業家直系の社長であり、又、有名アマチュア登山家でもあった彼から”様々な訓練”を叩き込まれていた。


父の友人の有名なベースキャンプに集うクライマー達からは、生存の為の変わりやすい高山高所の天候の見切り方、危険な場所〜


今年の冬山でのクレパス、雪庇はどうか?

 

彼等との意見交換に必須・絶対的重要なツール、『語学』


それ以外にも様々に、サバイバル術を幼児の頃から直に体験を通して学んでいる。



今は彼の立派な『特技の1つ』、通称”藪漕ぎ”

信繁はこれに卓越した技術を持っていた。


深い薮は下手に切り開こうとすると反動でバチッと〜刃物でのけた樹木が鞭が如く顔面を襲ってくる。

足下は蔓で絡まり全く見えない中、足の感覚のみが頼りな荒行だ。


基本後ろ向きに薮を体で押しつぶすように潜り、顔や体を守るものだ。


多くの里の場合は放置されビッシリ生えた竹だらけでかなりキツイのだが、今回そういう事は無く、信繁はポイントを押さえ攻略してゆく。


信繁は『山屋』の父と一緒にパーティーを組んだベテラン勢レース仲間と共に、山間部〜

ササやら低木やらが生い茂る平衡感覚を狂わせる山脈の道なき道をタイム計測し激走する、特殊系レースに何度も参加させられて来た。


こういったタイプの競技で、平地での通常のリレーやマラソンとは『内容』、性質やルールが最も大きく異なるのが”傾斜”である。


岩場の最悪の足場〜ガラ場でも余裕で走破する点。


もう1つはコース上に生い茂る薮や茨、蔦びっしりの低灌木のあしらい、うわんうわんに生い茂る厄介な竹を如何にやり過ごすかだ。


全身に纏わり付くリアル『いばら姫』の王子様状態を如何に早く突破し、好タイムで駆け抜けられるか?


怯えず、昔話登場の山姥ヤマンバの様に、ばっさばさ……

ナタオノを片手に薮に突き進む


正に海に似る先の見えない深い薮を『漕ぐ』、猪突猛進そのクソ度胸にかかっていた


「そこか!」

手首のブレスレット型端末で、走りながら城主の現在地を特定する


「さてーーーっと、やっぱ今回は『斧』だろ?」


信繁はウエストベルトの腰鉈コシナタではなく背中の専用ベルトからスラッと愛用のトマホーク、小型斧を抜く


とてもこの頑丈な『壁』を鉈では重量的にパワーが足りず刃こぼれ、薮が深すぎて太刀打ち出来ないと踏んだのだ


取りあえず”潜る通路”が出来ればいい

 

ザンッツ!

最早手慣れたもの、馴れた手さばき


目の前の茨や蔦でグルグル巻きの、荒廃し荒れた前方を斧でビシバシ切り開く


ガサッツ……

何度目かのアタックで何とか、漸くうっそうとした空間に光源、日差しが入る


ーーーこうした事

森や林、山に入った『手入れ』で木々の間に光りが入るとどうなるか?


樹木や下草の植物群が貴重な日光を浴びる。


結果、植物にとっての生命線である『光合成』を行い易くなり、単一品種では無く多様性の種がよりよい発育を果たす事が出来るようになる。


自然界としてまんざら悪い事では無い。


信繁は躊躇う事なくどんどん斧で”進路”を確保し、目指す方角にグイグイ突き進む。


植物で隠れた岩がないか?浮き石がないか?足場を気をつける。


蔦で生い茂る薮を抜け、ビシビシ顔や手足を打つ樹木を素早く軽々かいくぐり疾風の如く走り抜ける。


すると案外予想よりも彼の想像よりも近場で、信繁は目的地になんなく息も切らさず到達した。


『まだ襲撃は無いと』


良かったーーーー


その事にまずホゥッと安堵する


見慣れた上官の彼と同じ様に体を包み込む装備、フード付きロングブラックコートの前に、腰が抜けたように座り込む華奢な背格好の人物がいた


「城主!!」


ガサガサする音にパッと、恐怖を浮かべた表情で振り返った人物を見て、信繁は驚愕の余り言葉を失った。



『碧?……』


殆どプラチナブロンド〜というよりもシルバーの、銀に近いふんわり美しい長い髪。


真っ白な肌、特徴的な皮膚の色


濡れたように輝くーーーー菫色の瞳


それをグルッと縁取る、透き通る銀の羽根のような睫毛


僅かに差し込む樹海の木漏れ日に儚く、夢幻の如くキラリと輝いた。


 

信繁の心に一瞬たった1人の、自分の命以上に大切『だった』妹の面影がよぎった。







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城〜とある特殊監獄の物語 夏生めのう @natukimenou

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