7−2
「ここです」
痴呆同然に最後まで呆然とする王太子を、目指す区画に夫の腕を取り引っ張り込む
当然の如くで躊躇いは欠片も無い
「王太子様〜わたくしの命の御方
此方の緊急避難用カプセルに早くお乗り下さいませ」
「……」
クリストファー王太子は激しく息が上がるばかりで意味がわからなかった
頬が薔薇色に上気する目の前の美しい貌
我が愛しき人…!
漸くプロポーズを承諾してくれた幼なじみ、最愛の女性キャサリンをボンヤリと見つめるしかなかった
彼にとって新妻は本物の看護の守護聖人だった
年中病気がちの自分にとって…
その翼で守ってくれる聖なる女性そのもの
常日頃〜静かで落ち着き気品ある愛する『キャシー』
……
このように引きつった顔を成人した大人になって今初めて見た気がした
聡明でいつも清楚に微笑み
記憶に無い幼い子どもの頃から共に暮らし
ーーー家族も同然の絶世の美少女
寂しい時、悲しい時、嬉しい時
いつだって側にいてくれた
体の弱いひ弱なくせに悪戯ばかりする彼を、困り顔で溜息をつきながらも愛してくれ
……1度も
誰かを悪く批難する場面を見た事が無かったのだが、今初めて王太子〜新婚の夫を叱り倒した
「しっかりして下さい!!」
しかも…ぼんやりする彼の左頬を、思いっきり平手打ちで叩いたのだ
「しゃんとして!」
〜呆然とする間もなく、続いてガクガクと首が抜けそうなほど揺すぶられた
この細い腕の何処にこれほどの力が潜んでいたのだろう?……という物凄い力
更にズルズルと体ごと引きずられているのが信じられなかった
『ーーー我は来たくは無かった
皆と共に戦うのだ!
こう見えても護身術……!
厳しい銃火器の軍事訓練を受けていたのだから!』
……無意識の僅かな掠れた独り言〜
そんな一瞬の抵抗で夫の胸の内全ての心象風景を察したのだろう
「何を馬鹿な事を!!」
物凄い勢いでピシャリと怖い顔で否定された
ドンッ!!
どこかの何かのーーーー細長い機械の内部に
そのままゴソリと強く突き飛ばす様に押し込まれた
「早くお乗り下さい!」
凄い力で押し込まれるように強引に入れられる
シューッと音を立てて
”1人分”
彼の肉体を内包したしたカプセルが<チューブ>に
そのまま……緊急脱出用<飛行シャトル>に接続される
全て手際よい行動
あれよあれよと言う間、呆然と戸惑う目の前でキャサリン王太子妃は緊急時の装置の操作を開始した
『何故……?どうしてなの?』
クリストファー王太子と同じく『同時に』、艦長から丁寧だったとは言え〜
一度レクチャーされただけだった筈だ
『〜操作方法をその時初めて見聞きしただけなのに
それなのにキャシーはどうしてーー……?』
何故スラスラと滑らかに、現役の巡洋艦クルーそこのけに完璧に機械操作ができるのか全く訳がわからなかった
だが現実は現実だ
それ程手つきに全く迷いが無くすべて手際よく熟知し暗記していた
しかもーーーどうやら何度も
不思議な事に実地訓練も数々積んでいる様に見受けられたのだ
ただーーーそれでも王太子が理解出来ないのは『どうして?』
「……<1人用>の方のチューブに入れたの?」
「大切な愛する君は夫の自分と一緒じゃ無いの?」と言うことだった
ーーーーー記憶に間違いが無かったら……
カプセルは<2人用>が確実にあった筈なのだ
どうして自分は乗らないのか?……
<チューブ>は……
世界最高峰の機密性断熱効果とダイヤモンド以上の硬度がある為、この中に入れば何人とも破壊が出来ない
内側からパスワードの入力をしないと解錠も出来ない
いわばシェルターに似た特殊機能構造を持っていた
ゼウス星域ーーーー
惑星デメテル周回軌道にある〜……
故郷コロニーD-01(ディー・ゼロワン)から地球へのハネムーン出発直前
飛行安全上の規則という事で <設備案内>でーーー…
「このようになっております」
そう 宇宙巡洋艦艦長が目を輝かせ、誇らしげに安全装備について熱く語っていたのを今になって王太子は思い出す
「キャシー!!
お願いだから君もカプセルに入って<チューブ>に乗るんだ!!」
彼は必死で叫びながらドンドンと前面ガラスを叩く
<飛行シャトル>に頑丈に接続された以上……
危険防止上〜『完全に外界に放出される』まで、チューブ内側からも一切開けることは出来ないのだ
もうチャンスも時間も無かった
彼の勇ましい新妻は宇宙巡洋艦の大きく揺れる船体の中、ガラガラと頑丈な防御扉を細い腕で開けた
その途端ヒュウヒュウと強風にしなやかな肢体が激しく押される
転びそうに煽られながらも、それでも壁に設置された非常用コントロールパネルから素早いタッチ動作で『放出モード』〜
夫がこの先、確実に生き延びる事の出来る手段全てを入力し続けるのが見えた
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