EPISODE7 才能の限界

 ドームの内部から戻ってきたスカーレットに、蹄人は軽く微笑んで見せる。

「良くやった、スカーレット。さすが僕の自慢の道具だ」

「いや、君の指示のおかげだ。ありがとう、蹄人」

 逆にお礼を言われて、若干照れ臭い思いをしながらも。蹄人は人形決闘で敗北した、鎮世とタクヤに視線を向ける。

 鎮世は床の上にしゃがみ込んで、悔しそうな表情で俯いていた。そんな鎮世の横で、タクヤが戸惑ったように彼女を見つめている。

「……人形を、道具として扱っているお前なんかに、負けるなんて」

「対戦ありがとうございました」

 蹄人が軽く頭を下げて見せると、鎮世は悔しそうに床を拳で叩いた。

「さて。あったまってきたことだし、次は誰が僕の相手をしてくれるんだ」

 息をのんで戦いを見つめていた部員たちに、蹄人が声をかけると。俯いていた鎮世が、勢いよく顔を上げた。

 しかし彼女が睨みつけたのは、蹄人でもスカーレットでもなく、パートナーのタクヤだった。

「あの時あなたが、余計なことをしなければ。反転せずにそのまま攻撃していれば、私たちは勝てたのにっ」

「鎮世さん……」

 あの反転は、タクヤの独断によるものだったのだろうか。それとも鎮世が指示したにもかかわらず、敗北の要因は命令に従ったタクヤにあったのだと、当たっているだけなのだろうか。

 どちらにしても。蹄人は軽く息を吸い込むと、冷たい眼差しを鎮世に対して向ける。

「上手く使いこなせなかったからって、人形に当たるなよ」

 自分の実力の無さを、道具のせいにするのはみっともないことだ。それにたとえタクヤの独断行動が原因で負けたとしても、人形を対等な存在として信じているのなら、パートナーの判断を受け入れてやるべきじゃないのだろうか。

 もっとも。勝った自分が何を言っても、上から目線の説教にしかならないため。蹄人はこれ以上、何も言わないことにした。

 パートナーとの付き合い方は、人それぞれである。いくら対戦相手の人形に対する態度が、気に食わないからといって。他人が必要以上に口を出すのは、人形師としてのマナー違反である。

「うるさい……人形を道具として、扱ってる奴なんかに……うるさい、うるさい……」

 膝を抱えて俯きながら、鎮世はひたすら「うるさい」と繰り返していた。負けて悔しい気持ちは分かるが、いつまでも構ってやるほど、蹄人は優しい人間ではない。

 改めて、他の部員たちに視線を戻し。蹄人は人差し指を伸ばして、それを何度か曲げて見せる。

「さあ早く、僕に人形を道具として扱うことが、間違いだと思い知らせてくれよ。それともこの部には、意気地なししかいないのか」

 返事はなかった。代わりに部員たちが色めき立ち、近くに立つパートナーの人形に合図を送ったのが分かった。

「スカーレット」

 挑発の効果を確かめて満足し、蹄人は隣に立つスカーレットに声をかける。

「まだまだ、行けるよな」

「もちろん。君が言った通り、やっと準備運動が終わったという感じだ。本番はこれから、そうだろう?」

「ああ。思う存分戦って、たっぷりと経験値を稼がせてもらおう」

 部員の中から一人の少年が、長い髪の女性型人形と共に進み出てくる。人形の手の中では、新たなセットアップボトルが銀色の光を放っている。

 さすが、強豪人形決闘部。ボトルのストックも、潤沢で有難いものだ。

 対戦相手の人形が、新たなボトルをテーブルの上に置くのを眺めながら。蹄人はわざとらしく、お辞儀をしてみせた。

「それじゃ、対戦よろしくお願いします」


 三時間後。

 部室の中にいた、部員全員が膝をつく中で。蹄人はドームの中から戻ってきたスカーレットと共に、周囲をぐるりと見回した。

「ま、こんなものかな」

 戦闘方法に関して、試行錯誤をしていたこともあり、思ったよりも時間がかかってしまったが。当初の予定通り様々なタイプの人形との、人形決闘をたっぷりと堪能できた。

「お疲れ様、スカーレット」

 スマートフォンを取り出して、戦闘結果をてきぱきと記録しながら、蹄人は隣のスカーレットに声をかける。

「どうだったか。カット以外の人形と戦ってみた感想は」

「短剣タイプ以外の人形がどんな動きをするのか、学ぶことが出来てとても有意義だった」

「そうだろう。こっちも銃タイプの動かし方が、だいぶ分かってきた。野良試合だからアカウントに記録が残らないのが面倒だけど、帰ったらさっそく分析して、今後の戦い方について話していこう」

 記録を終えて蹄人がスマートフォンを仕舞うと。敗北し座り込んでいる部員たちから、悔しそうな囁きが聞こえてきた。

「ぶ、部員をたった三時間で、全滅させただと……」

「人形を道具としか思っていないくせに……」

「私たちのことを、ただの踏み台にしか思っていないなんて……」

 確かに今までさんざん陰口を叩かれてきたとはいえ、人形決闘部には少々悪いことをしたかもしれない。だがランキングへの参加資格を剝奪されている身としては、こうするしか人形決闘をする方法が思いつかなかったのだ。

「恨むなら、人形管理協会を恨んでくれよ。それじゃあスカーレット、帰るぞ」

 最後にもう一度、部室の全体を見回して。蹄人が悔しそうな部員たちに背を向けて、スカーレットと共に出入り口から出ていこうとすると。

「ま、待てっ」

 背後から呼び止める声がして、蹄人は立ち止まり振り向く。

 声を上げたのは、今までずっとしゃがみ込んだまま動こうとしなかった、副部長の田舞鎮世だった。

 立ち上がった鎮世は蹄人に対して、物凄い形相を浮かべながら、真っ直ぐに伸ばした人差し指を向ける。

「このままで済むと、思わないでくださいよ。部長が帰ってきたら、必ず。必ずあなたのことを、倒しますからっ」

 そうだ。実戦経験を積むという当初の目標は達成したものの、全国大会準優勝の部長とは、戦えなかったのだ。

 悔しそうに顔を歪める鎮世に対し、蹄人は楽し気な笑みを浮かべて見せる。

「……それはまた、楽しみだ。部長によろしく、伝えておいてくれないか」

「くそっ」

 あまりの屈辱に、地団駄を踏む鎮世に手を振って。蹄人は今度こそ、人形決闘部を後にした。

 外がすっかり暗くなったせいで、天井に埋め込まれた照明に照らされる、校内の廊下を歩きながら。蹄人は隣のスカーレットを、一瞬だけちらりと見る。

 正直言って、今日はとても楽しかった。スカーレットと何度も戦う中で、蹄人は己が人形決闘に飢えていたことを、はっきりと痛感したのだ。

 ミルキーウェイに見放されてから、もう二度と人形決闘をやることはないと思っていたが。やはりなんだかんだいって、心の何処かではもう一度、人形決闘の舞台に立ちたいと望んでいたのだろう。

 これもすべて、契約を交わし己の道具として戦ってくれた、スカーレットのおかげだ。

 もっとも心の中では思うものの。多大な意地とほんの少しの照れによって、蹄人がその想いを口に出すことはないのだったが。


 あと一週間で引き払うことになっている、家具付きのアパートの自室で。

 留学先の高校で行われた、人形学の講義から帰宅した「彼」は、隣に立つ女性型人形に羽織っていたコートを手渡す。

「何か温かいものを作ってくれ」

「了解しました、ご主人様」

 メイド服をイメージした、衣服を身に纏った人形は頭を下げると、コートを壁に掛けてキッチンへと向かう。

 微かな空腹を感じながら、「彼」は部屋の中に置かれたソファーに身を投げて、目を閉じてため息を吐き出す。

 予想はしていたのだが、世界でも五本の指に入る人形学の名門校だけあり。講義のレベルが想像以上に高かった。

「果たして僕は半分も、内容を理解できていただろうか……」

 軽く自己嫌悪に陥りながら、「彼」は天井を見上げる。いくら母国の全国大会で、準優勝の成績を収めたものの。所詮は井の中の蛙、だったということだろうか。

 一体自分は、どこまでいけるのだろうか。才能の「限界」について考えるたび、いつも堪らなく怖くなるのだ。

「ご主人様、夕食の支度が出来ました」

  再びため息を吐き出した「彼」の背後で、パートナーである人形の声が聞こえるとともに、部屋の中に明かりが灯った。

「アリス……」

 体を起こして、名前を呼ぶと。パートナーである人形、アリスは優しく微笑んで、手に持った鍋を上げて見せる。

「ご主人様、ソーセージの入ったポトフを作りました。温かい料理でお腹がいっぱいになれば、きっと気分も晴れると思いますよ」

「……うん、そうだね。ありがとう、アリス」

 頷いて、「彼」がソファーに座りなおすと。アリスは鍋をテーブルの上に置いて、食器を持ちにキッチンへと引き返す。

 人形に励まされるなんて、人形師失格だ。自分自身に向けた、呆れた笑みを浮かべながら。鍋の蓋を開けようと、彼は片手を伸ばす。

 その時だった。ポケットの中のスマートフォンが、振動で着信を知らせてきたのは。

「……誰だろう」

 スマートフォンを取り出して、画面を確認すると。人形決闘部の副部長である、田舞鎮世からメッセージが届いていた。

 海外にいる自分に、一体何の用なのだろう。要領のいい彼女のことだから、任せてきた人形決闘部の運営は上手くやっていると思っていたのだが。何かトラブルでも起こったのだろうか。

 首を傾げながら、メッセージを確認すると。アリスの気遣いによって温まった心が再び、急速に冷え切っていくのが分かった。

 人形決闘部が、一人の生徒と一体の人形によって壊滅させられた。書かれていた生徒の名前を目にした時、「彼」は無意識にスマートフォンを強く握りしめていた。

 よりによって。よりによって自分が、才能の限界を感じているときに。まるで嘲笑うかのように、あの少年が再び舞台に戻ってきたというのか。

「……ご主人様?」

 いつの間にか戻ってきた、アリスの声によって。「彼」は我に返ると、スマートフォンの電源を切る。

 だが頭の中に焼き付いた、鎮世からのメッセージの残影は、容易く消えてくれそうになかった。

「アリス」

 再びパートナーの名を、今度は強い意志をこめて呼ぶ。

「帰ったら、倒さなくちゃならない相手が出来た。筒道高校人形決闘部部長、詩霜双矢しじもそうやの名にかけて」

 いくら世界大会ベスト4とはいえ、パートナーである人形に見放され、一年も人形決闘から遠ざかってきた人間なんかに。恐れてきた才能の限界を、思い知らされてたまるか。

 人形を道具として扱いながら、圧倒的な強さを誇ったあの少年を。逆に倒して、前に進んでやるのだ。

 強い闘志を胸の中で燃え上がらせる双矢に。アリスは食器をテーブルに置くと、力強く頷いて見せた。

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