エピローグブリッヂ

EPISODE EX エピローグ

 その人形は、ドールマスターの掛け替えのない相棒、であるはずだった。

 人形管理協会から届き、彼の手で起動されて名付けられ、契約を交わし共にいくつもの戦場を戦い抜き、お互いの間には確かな信頼があるはずだった。

 一体どこで狂ってしまったのかは分からない。彼が行き場をなくした人形と、新たに契約した時かもしれないし、世界大会で優勝した時かもしれない。きっかけと思える出来事はいくつもあるが、いつしか人形と彼の間にあったはずの「信頼」や「絆」というものが薄れて行ったという真実は、一つだけ変わらずそこにあった。

 彼と契約した人形たちの中では、比較的使用率が高い方だったかもしれないが。それでも半年以上、全く使われないなんていうこともあった。

 あの薄暗い206号室の部屋の中で。スリープ状態で見る果てしない悪夢の中で。その人形はひたすら自問自答を繰り返した。

 何がいけないのだろう、どうして自分を使ってくれないのだろう。

 仲間なのに、相棒なのに。自分はこれほどまでにも、彼のことを想っている、愛しているというのに。

 闇の中で、地獄の中で、その想いは日に日に強くなっていくばかりだった。自身の心が蝕まれ、歪んでいくのを感じながらも。その人形はひたすらに主のことを想い、再び使用されるのを待ち続けた。

 他のどんな人形にも負けない、自分が彼の絶対的な一番だから。だからだからだから、早く私を使って欲しい。

 願いは欲望に、欲望は呪いとなって行った。最初の頃は身勝手な思いだという客観的な実感もあったが、いつの間にかそれは消え去ってしまっていた。

 やがてある日、人形は起動された。目の前には、恋焦がれた彼がいて。彼は人形と一緒に、再び戦おうと告げてくれた。

 嬉しかった。もし自分に落涙機能があったのなら、間違いなく号泣していただろう。

 人形の伸ばした手を、彼はしっかりと握りしめて。人形は久しぶりに、206号室の後に出た。

 スリープ中の人形たちが感じているであろう、嫉妬や憎悪もまるで気にならない。だって元々、彼の一番は自分であり、それが変わることはないのだから。

「ハルカ、絶対に勝とうぜ」

 彼の言葉に、人形は力強く頷いた。言われなくても、分かっていることだ。

 たとえ起動されたのが人形決闘の前日でも、長いことシミュレーションすらしていなくても、オプションの調整がろくにできていなくても。

 自分が彼にもたらすのは、「勝利」の二文字である。それ以外あり得ないし、それ以外許されない。

 だってもし、自分が彼に「勝利」をもたらすことが出来なくなれば。他に強い人形と山ほど契約を交わしている彼は、ミルキーウェイにそうしたように、一切見向きもしなくなるかもしれない。

 嫌だ、使われずに仕舞っておかれるだけの、「道具」になり果てるのは絶対に嫌だ。自分は彼の「仲間」なのだ、「相棒」なのだ。

 だからこの戦いには絶対に負けられないのだ。絶対勝って、これからも彼に、蒼井結翔に自分をたくさん使ってもらうのだ。

 そのはずだった。


 年が明けたその日。

 蒼井結翔は日向美衣華と共に、ガラティア学園の近くにある神社を訪れていた。人形をつかさどる神は山ほどいるが、この神社に祀られている神はその中でも特別だった。

 人形と人間の、縁を結ぶ神。かつて読んだ神話を思い出しながら、結翔は隣に立つ美衣華に視線を向ける。

「ハルカたちも、一緒に連れてくればよかったかな」

 そんな結翔に、美衣華はちょっと頬を膨らませて見せる。

「私と一緒にいるときに、ハルカの話をしないでよ。今は私のことだけ見て」

「……ごめん」

 頭を掻きながら結翔が謝ると、美衣華はすぐに機嫌を直してにっこりと笑った。

 そんな美衣華から社へと視線を戻し、結翔はポケットから財布を取り出しながら呟く。

「でも、さ。俺、今回の敗北を機に、もう一度ハルカたちと向き合ってみようと思うんだ……これ、美衣華だからこそ言うんだぜ」

 ちらりと美衣華を見やる、今度は彼女も文句は言わず、静かに結翔の話を利く態勢をとっていた。それを確認した結翔は、財布から硬貨を取り出しつつ言葉を続ける。

「具体的に言うと、人形との契約を見直して。ほとんど使っていない人形たちは、他のパートナーを見つけられるように手配する」

「いいんじゃないの、それ」

「だろ。本当に人形のことを『仲間』だって思うなら。新たな旅立ちを、応援してやらなくちゃな」

 藍葉蹄人が自分との戦いで得たものがあったように、自分も藍葉蹄人との戦いで得たものがあったということである。

 賽銭箱に硬貨を投げ込むと、小気味の良い音が響いた。

「美衣華、よかったら一緒に、俺のパートナーたちを見送ってくれないか」

「もちろん。だって私はあなたの彼女だもの」

 嬉しそうに、自らの腕を絡めてくる美衣華に微笑んで、結翔は神社を後にする。帰ったらまずは、ハルカとゆっくり話すところから始めよう。

 境内にはいくつかの出店が並んでいて、小さな神社にもかかわらず、大勢の人間が詰めかけていた。

「ねえ結翔、せっかくだから、甘酒飲んでいこうよ」

 甘えた声で言う美衣華に、結翔は少し困った表情を浮かべて見せる。

「いいけど……結構列長そうだぞ」

「でも寒いから、あったかいもの飲みたいじゃん」

「いや、この後瑛たちと合流することになってるだろ」

「もう……じゃあ私が買ってくるから、結翔はその辺で時間潰して待ってて」

さっと、美衣華は結翔から体を離すと、屋台の方に歩いて行ってしまった。

 美衣華の行動的なところは魅力だが、たまに行動的過ぎるときがあるのだ。行ってしまったものは仕方がないと、結翔はため息をついて、境内の空いていそうなところをぶらぶらして彼女を待つことにした。

 参道は人で埋め尽くされていたものの、社の裏手に回り込むと、打って変わって人の気配が一切なかった。まるでこことは違う世界に、迷い込んでしまったかのようである。

「美衣華はやく戻ってこないかな」

 ため息をつきながら、結翔はスマートフォンを取り出す。待っている間に、ソーシャルゲームの周回でもしようと思ったのだ。

 スマホを取り出して、電源を入れるため、結翔が黒い画面に視線を落とした時。

「え……」

 画面に映っているはずがない存在の姿を見つけ、結翔は思わず振り向いた。

 見間違いではなかった。そこには正真正銘本物の、ハルカが立っていた。

「ハルカ?」

 しかも本来なら、ボトルの中のドームでしか変身できないはずの、戦闘形態で。両手に獲物である二振りの剣を持って。

「どうしてここに?それにその恰好……もしかして、エラーが起こったから来たのか」

「結翔」

 スマホを仕舞いながら、心配そうに声をかける結翔に対し。ハルカは静かに顔を上げた。

 顔を上げて、そして。


 蒼井結翔の胴体に、片手の剣を突き刺したのだ。


 痛みはなかった。血も出なかった。ただ急速に、体の中の何かが、何かとても大切なものが失われていく感覚だけがあった。

「何で私だけを見てくれないんですか。なんで私だけを使って、想ってくれないんですか?」

「は、ハルカ……」

「酷いです。最低です。でもだからこそ、あなたが好きです、愛しています」

 ハルカは剣を引き抜き、もう一度結翔の体を刺し貫く。その刃に、自身の想いを乗せて。

「だからだからだから、もう二度と私以外の人形を使わないように。私だけの永遠のパートナーでいてもらうために、死んでください」

 愛してる、愛してる、愛してる。

 ハルカは繰り返しそう呟きながら、倒れ込んだ結翔に剣を振り下ろしていく。

 愛してる、愛してる、愛してる。

 結翔から返事が返ってくることは、もう二度となかった。

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マリオネット・プライド~操り人形の矜持~ 錠月栞 @MOONLOCK

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