EPISODE25 一瞬で十分

 スカーレットと和解した、次の週の月曜日。

 蜂山梅太郎が交換編入した高校は、私立仁英高等学校といった。

 筒道から電車を三度ほど乗り換えて、着いた駅からバスに乗って、やっとたどり着いた仁英高校は。都心から離れた落ち着いた街の中に建つ、昔懐かしさを残す校舎の学校だった。

「入って、良いのかな……」

 校門の前に立ち尽くす蹄人に対して、道行く生徒たちが物珍し気な視線を向けてくる。いくら時間がなかったとはいえ、筒道駅でスカーレットと合流して、制服のままここに来たのはまずかったか。

「しっかりしろ、蹄人。挑戦状を叩きつけたのは、こっちなんだからな」

「う、うん……」

 腫れは引いたものの、まだ微かに赤みが残る頬を叩いて。赤いフレームのランド型眼鏡を押し上げると、蹄人は大股で仁英高校の校門を通り抜ける。

 通り抜けた瞬間、ちょうど前方の校舎から今回の対戦相手が姿を現すのが見えた。

「あ、おーいこっちだ、蹄人」

 ハクライを伴った梅太郎は、蹄人に気づくと大きな手を振って見せる。隣ではハクライが静かにお辞儀をした。

 蹄人が駆け寄ると、梅太郎は申し訳なさそうに頭を掻く。

「悪いな、お前の方からやろうって言ったのに、呼び出して」

「いえ、僕の挑戦を受けてくれただけで十分です」

「そうか」

 頷いた梅太郎は、蹄人の横に立つスカーレットへ視線を向ける。その眼差しは、真剣そのものだった。

「そいつが、お前の新しい伴侶人形か」

「はい、名前はスカーレットといいます」

 スカーレットが名乗って、軽く頭を下げると。梅太郎はやや考え込んでから、蹄人を真っ直ぐ見据えて言った。

「これがお前の、選択なんだな」

「ええ。自信を持って選んだ答えです、迷いなんて、これっぽっちもありません」

 蹄人が自分の胸を軽く叩いて見せると、梅太郎は背を向けて片手を上げる。

「そうか。じゃ、見せてもらおうか。お前とスカーレットの絆が本物かどうか」

「こちらですわ、蹄人さん、スカーレットさん」

 歩き出す梅太郎に、ハクライがついて行くよう促す。蹄人はスカーレットに目配せをすると、梅太郎の後に続いた。

 校内だとより一層、他校の制服が目立つものの。もう気にしないことにして、蹄人は今時珍しい木目の廊下を歩いてゆく。

 階段を上がった二階の、一番奥。そこにあった教室の前に立つと、梅太郎は扉を勢いよく開けた。

「お前とサシでやりたいから、この空き教室を借りたんだ。ついでに人形決闘部から、セットアップボトルも拝借してな」

 蹄人が中に入ると、やや埃っぽい空気の漂う空き教室の中央には、セットアップボトルの置かれた机が配置されていた。

 蹄人とスカーレットが、ボトルの置かれた机の前に立つと。梅太郎とハクライも、反対側に立つ。

「いつぶりだったか、お前とこうして、人形決闘をするのは」

「部長が卒業した時に、部長交代記念としてやって以来だと思います」

「あの時は、どっちが勝ったんだったか」

「……僕が勝ちましたよ、完勝パーフェクトで」

「そうだったな。だが、今回は負けねえからな」

 挨拶代わりのやりあいを終えて、蹄人が一歩身を引くと同時に。スカーレットが一歩、前に進み出る。正面では梅太郎とハクライも、同じ動きをしていた。

「対戦よろしくお願いします」

「そっちこそ、久しぶりに楽しもうじゃねえか」

 二体の人形が、セットアップボトルに触れる。それが言わずと知れた、人形決闘開始の合図だ。


 ドーム内には、灼熱のマグマが噴き出す火山地帯が広がっていた。

 高低差のある岩石の地面には、火山特有のごつごつとした大岩と、灼熱のマグマだまりが点在している。

 ランダムに選ばれるフィールドの中には、特定のギミックがあるものも存在する。この火山フィールドもその一つで、各所に存在するマグマに転落した人形は、ヒットポイントを全て失い敗北することになるのだ。

『よりによって、面倒くさいフィールドを引いたな……でも、高所スタートは良い感じだ』

 蹄人の言葉通り、スカーレットの初期位置は、高い崖の上だった。即座に銃の撃鉄を下ろし、ハクライの姿を探す。

『スカーレット、ハクライについて、予め話しておくことがある―――おっと』

 頭の中で蹄人がそう言うと同時に、スカーレットは崖下を走る、白い巫女服のような戦闘形態のハクライの姿を見つけた。

 即座に送られてきた、「攻撃」の指示に従って。スカーレットは右手の銃で狙いを定めると、引き金を引いた。

 追尾性能を付加するまでもなく、弾丸はハクライの背中に直撃する。はっきりとした手ごたえを感じるものの、ハクライはすぐさま近くにあった岩の陰に飛び込んだ。

『追撃は難しそうか……スカーレット、見てわかる通り、ハクライは斧タイプの人形だ』

 蹄人の言葉と同時に、アナライズオプションが「斧タイプ」との結果を叩き出す。

 逃げるハクライはその手に、大きな戦斧を持っていた。これで斧タイプでなければ、何だというのだろう。

 斧タイプは重量級武器を扱う人形の中で、盾と槌に並んでメジャーとして扱われているタイプである。一部ではこの三つを合わせて、「重量級御三家」と呼ぶ人形師もいるらしい。

 御三家には同じ重量級でも、それぞれ違った特色があり。圧倒的な防御性能を誇る盾タイプに、柄の伸縮によって重量級の欠点である範囲をカバーできる槌タイプ。

 そしてハクライの、斧タイプの特色は。

『手斧オプションによる、遠距離攻撃。扱うのは難しいものの、ハクライのそれは一級品だ』

 蹄人語った説明を裏付けるかのように、岩陰から美しい曲線を描いて、回転する手斧が飛んでくる。

 さっくりと、スカーレットのヒットポイントを削っていった手斧は、ハクライの潜む岩陰へと戻っていった。

『……ま、こんな感じだ』

 若干申し訳なさそうに呟くと同時に、蹄人から「追尾弾」の指示が送られてくる。

 スカーレットは、多大なる呆れと微かな愛おしさの交じり合った思いを抱きつつ、静かに引き金を引いた。


 狙撃が怖いため確認はできないものの、手斧がスカーレットに直撃したという手ごたえはあった。

『初撃は痛み分けというところだな、ハクライ』

 頭の中で響く梅太郎の声に、ハクライは静かに頷く。

「だけどこのままじゃジリ貧ですわ。なんてったってウチには、弾丸を回避する機動力がないですからのう」

『問題はそこなんだよな……このまま遠距離で一方的に狙撃され続けたら、かなり苦しい状況になる』

「ですな。だからこのまま、手斧でちまちまと削って行ければ、問題ないのですがのう」

 ハクライが呟くと同時に、放った手斧が帰ってくる。オプションの効果で、途中で破壊されたりしない限りは、必ず手元に戻ってくるようになっているのだが。

「―――げっ」

 戻って来た手斧を、キャッチした時にはもう遅かった。

 手斧を追尾するように放たれた一発の弾丸が、斧で防御する間もなく、ハクライの顔面へと突き刺さる。ヒットポイントが削られ、ハクライはため息を吐いた。

「手斧の連打も駄目みたいですねえ。うーん、どうしましょっか、梅ちゃん」

『そうだな……スカーレットにスピードで勝てない上、地理的に優位を取られたこの状況で戦うのは得策じゃない』

 考え込む梅太郎に、ハクライは戦斧を握りしめながら静かに頷く。

『だから最低でも、互角に戦える状況に持ち込む必要がある……多少の犠牲を、払ってもな』

「犠牲、ですか」

『そうだ。ハクライ、向こうの岩壁に、洞窟が見えるのが分かるか』

 梅太郎に言われて、ハクライが細心の注意を払って確認すると。数メートル離れた場所の岩壁に、薄暗い洞窟がぽっかりと口を開けていた。

『あの洞窟に移動しろ。そうすればスカーレットもお前を追わざるを得なくなる』

「でも、移動するまでに、間違いなく一発くらいますわ」

『それが犠牲だ、ハクライ。ずっとここに留まっていたら、どのみち追尾弾で一方的に攻撃されて終わりだしな』

「……なるほど。じゃ、行ってきますわ」

 梅太郎の言葉に頷いて、ハクライは戦斧を握る手に力を込めつつ、隠れていた岩陰から飛び出した。


 意識を研ぎ澄まして、敵の動きを警戒していたのだが。

 突如隠れていた岩の陰から、ハクライが飛び出して走り出したことにより。蹄人から即座に送られてきた、「攻撃」の命令に従って右の引き金を引く。

 今回も追尾性能を付けるまでもなく、弾丸はハクライの体に突き刺さる。先程の追尾弾も命中していたならば、これでハクライのヒットポイントは残り2となるはずだ。

 だが撃ち抜かれたことによって一瞬よろめいたものの。ハクライは足を止めることなく、スカーレットの次弾が届く前に、崖下の死角へと姿を消す。

「また隠れたのか」

 送られてきた「攻撃中止」の命令に従って銃口を下げつつ、スカーレットは崖から落ちないよう身を乗り出して、下の様子を伺い始める。

「姿が見えない……」

『おそらく岩壁に洞窟か何かを見つけて、そこに逃げ込んだんだろう。火山フィールドでは必ず一つは、洞窟が生成されるという話を聞いたことがある』

「追うか、蹄人」

『もちろん。虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。それに洞窟内部では、向こうの手斧オプションも使用しづらくなる』

「了解」

 頷いて、スカーレットは迷わず崖から飛び降りる。

 人形の持つ武器による攻撃と、特定のダメージギミック以外でヒットポイントが削られないのが、人形決闘のいいところだ。

 もっとも、こうして飛び降りるのは簡単だが、その逆は難しいのだが。よほどスペックの高い人形であるか、特定のオプションに頼らなければならない。

 きっちりと受け身を取って、地面に着地すると。スカーレットはハクライの入って行った洞窟へと視線を向ける。

 銃を構えて、スカーレットは真っ直ぐ洞窟の内部を見据えると。慎重な足取りで、内部に踏み込んでゆく。

 薄暗い洞窟の内部は一本道であり、逃げ込めるような横道は無いようだった。音を立てないよう静かに進みながら、スカーレットはハクライの姿を探す。

 やがて前方に、明るい光が見えてくる。警戒を緩めることなく、スカーレットがその光までたどり着くと、赤に近い光の正体が露わになった。

 洞窟の奥は開けた場所になっていて、道は切り立った崖となって途切れていた。

 その高い崖の下に、煮えたぎるマグマの海があった。泡立って吹き上がり、落下したらひとたまりもないことは一目瞭然である。

『通路にハクライがいなかったとすると、この場所の何処かにいるはずだが……』

 視界の中に、ハクライの姿はない。これ以上先に逃げることもできないし、一本道故すれ違うこともない。

 だから間違いなく、ハクライはこの場所の何処かにいる。視界も霞む熱気の中、意識を張り詰めて銃を構え、全体をしっかりと把握しようと振り向いた時だった。

 そこには、振り上げられた戦斧があった。戦斧の向こうには、鬼のような形相を浮かべたハクライが。

 即座に送られてきた「右銃攻撃」の命令に従って、スカーレットは狙いを定める間もなく引き金を引く。

 右手の銃から放たれた、残弾三発のうち。一発はハクライに命中したものの、残りはすべて背後の岩壁へと通り抜けてゆく。

 直後、振り下ろされた斧が体に食い込む強い衝撃と共に、スカーレットは崖の先端へと叩きつけられる。

「ちょっと残虐かもですが、優位取られてる以上逆転するにはこれしかないんですわ。ま、恨まんでくださいなっ」

 いつも通りの砕けた口調で喋りながらも、鬼気を漲らせた表情で、ハクライは振り下ろした斧にぐっと力を込める。人形決闘の法則に従って、ヒットポイントは1しか削られていないはずなのに、込められた力の強さと重さに、上手く身動きすることもできない。

 ハクライの狙いは、このままスカーレットを下の溶岩の海、即ち落下したら即敗北のダメージゾーンへと突き落とすこと。

 裏付けるかのように、スカーレットの耳に崖にひびの入る微かな音が聞こえてくる。もう一刻の猶予もないことは、火を見るよりも明らかだった。

 弾の残った左の銃で反撃するにも、正面から斧が食い込んでいる状況で、まともに狙いを定めるのは不可能だ。あと一発、あとたった一発当てさえすれば、勝てるのに。

 崩壊の近づく崖の先端で、スカーレットはそれでも、左手の銃をハクライへと向ける。食い込む斧によって、震え定まらない銃口でも、全て撃てば一発ぐらいは当たるかもしれない。

 だがスカーレットの狙いに即座に気づいたハクライが、片足で地面をぐっと踏みつける。新たな衝撃が加わったことにより、崖の地面に目に見えてわかる亀裂が走った。

「死にさらせええぇぇッ、スカーレットオオオォォォッ」

「くっ……」

 ありったけの殺意が込められたハクライの絶叫に、スカーレットが気おされながらも、引き金に指をかけたその瞬間。

『先に右の銃を捨てろ、スカーレット』

 低く冷静な、蹄人の声が聞こえた。あの時と違って、今度はちゃんと聞こえた。

 即座に右手の銃を捨てて、言葉と同時に送られてきた命令に従い、スカーレットは空いた右手で自らの体に食い込む斧の柄を掴む。

「なッ、そうはさせんからなッ」

 スカーレットが自分を道連れにしようとしている。そう思ったらしいハクライが、一瞬だけ斧に込めた力を弱めたのが分かった。

 一瞬、だがその一瞬で十分。もぎ取る様に、スカーレットはハクライの手から斧を奪取する。奪った斧は横に投げ捨て、そのまま重みによって崖下へと落ちて行った。

「……これで斧による防御は出来ないな」

「しまった―――」

 直後、限界を向かった崖が崩れ、仰向けに倒れ込んでいたスカーレットは、マグマの海へと落ちてゆく。

 もっとも、マグマの海に落ちるまでの僅かな時間は。最後に送られてきた「攻撃」の命令に従い、ぴったりと狙いを定めて引き金を引くには、あまりにも長すぎるぐらいのひと時だった。

 ハクライの顔面に弾丸が突き刺さると同時に、勝利の証としてホワイトアウトしてゆく視界の中、落ちるスカーレットはそっと目を閉じた。

『よくやった、スカーレット』

 決まって投げかけられる、蹄人からの一言を、じっくりと堪能するために。

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