EPISODE21 出会うまでの日々
巻と蹄人が十歳になったその日、人形管理協会から伴侶人形が届いた。
基本的に伴侶人形は簡単な事前調査をもとに選ばれるが、二人の両親は家計が許す限り、それぞれの好みに合わせてカスタマイズしてくれた。
特に蹄人はデザインに強くこだわっていたようで、カタログを穴が開くほど読み込んでいた。さすが幼い頃から、人形に憧れ続けていた少年と言ったところである。
やっとデザインが決まって、注文が済んだ後も。蹄人は人形が届く日までずっと、名付ける名前で頭を悩ませていた。
自分の人形に付ける「カット」という名前を、ほぼ三秒で決めた巻に対して。蹄人は確か、三か月ほど悩んでいたと思う。
いくつか候補はあったようだが、その中から絞り込むことが出来ないと、ぼやいていたのを覚えている。両親や巻に早く決めた方が良いと言われても、「大切なことだから」と頭を悩ませ続けた。
そして。十歳になった年の年末、二人の元に伴侶人形が届いた。巻のものは、短い黒髪の男性型。蹄人のものは、虹色の長い髪をした女性型。
両親の選んだ模造繊維の衣服を着た人形を、蹄人は目を輝かせて見つめていた。あの時ほど嬉しそうな蹄人は、後にも先にも見たことが無い。
触っていいものかと、目の前の人形を見つめる蹄人の横で。巻は容赦なく、自分の人形に触れて起動する。
「……起動完了しました。初めまして、常夜巻様」
「巻でいい。それからお前の名前は、カットだ」
「はい、カットですね。了解しました」
「言葉ももうちょっと砕けた感じでいいから。じゃ、よろしくな、カット」
巻が手を差し出すと、起動したばかりのカットは、硬くてひんやりとする手で握り返してくれた。
「ほらティト、お前も早く起動しろよ」
「う、うん……」
恐る恐る、壊れ物に触るような手つきで、蹄人は己のパートナーとなる人形に触れる。
起動した証しとして、人形の瞼がゆっくりと開き。髪と同じ虹色をした瞳が、蹄人の顔を真っ直ぐ見つめる。
「初めまして、藍葉蹄人様」
「……ミルキーウェイ」
俯いてぽつりと呟くと同時に、蹄人は人形の手を優しく握りしめる。
「ミルキーウェイ、君の名前は、ミルキーウェイだ」
あれだけ悩んでいたのに、いざ人形と対面したら、すんなりと名前が出てきたのだろう。
「はい、私はこれから、ミルキーウェイです」
頷く人形に、優しく微笑みかけながら、蹄人は言った。
「ミルキーウェイ、君はこれから、僕の『道具』になってくれるか」
蹄人のことをまだ知らないミルキーウェイは、少し戸惑った表情を浮かべながらも、素直に頷いて見せた。
「はい、私は蹄人様の道具です」
「蹄人でいいよ、ミルキーウェイ」
握っていた手を放して、蹄人はミルキーウェイの体を優しく抱きしめる。彼の瞳に、じんわりと涙が滲んでいたことを、巻は見逃さなかった。
ミルキーウェイを手に入れてから、蹄人の人形好きはさらに加速していった。
学校など、人形の同伴が禁止されている場所以外、どこに行くにもミルキーウェイを連れ立っていて。
自慢こそしないものの、まだ出会って半年も経っていないというのに、まるで何年も一緒にいたような仲の良さだった。
蹄人はミルキーウェイのことを、溺愛していると他人から指摘されると、そんなことないと否定していたのだが。傍から見れば完全に、ミルキーウェイのことを愛してやまない状態だった。
ただあくまでも、蹄人はミルキーウェイを「人形」として愛しており。恋愛の対象は、誰か他にいたようだった。もっとも、誰が好きかなんていうことは、保育所からの仲である巻にもさすがに教えてくれなかったのだが。
やがて小学五年生に上がると、蹄人はクラスメイト達と人形決闘に興じるようになった。
蹄人の両親は、彼が人形決闘に夢中になることを見越して、関係したオプションをいくつか入れておいてくれた。といっても基本的なものばかりだったが、蹄人にとっては十分すぎるものだった。
クラスで一番の腕前を自称していた、いけ好かない少年とパートナーの人形を、初めてとは思えない鮮やかな戦いぶりで下したのを皮切りに。
小学校の人形決闘部に入ると、様々な大会のジュニア部門で優勝を飾り。息子の才能に目を付けた両親に、ランキングへの参加を許可されてからは、同じ小学生だけでなく中学生や高校生、挙句の果てに大人の人形師まで、次々と撃破していった。
たださすがに無敗とはいかず、手も足も出ずにあっさりと敗北することも多々あったが。
負けると死ぬほど悔しがりながらも、悔しさを糧に練習を重ね、より強い相手に挑んでいくのが、藍葉蹄人という少年だった。
人形決闘に関する、努力は一切惜しまない。必要だと思うのなら、どんなに辛いことでも頑張ってやる。今も昔も、彼の本質は一切変わっていない。
調律師になりたいという夢を自覚し、カットと共に勉強を始めた巻の隣で。蹄人はめきめきとランキングを上げ、六年生の時にはランキングで三百位以内に食い込むほどまでにもなったのだ。
しかし彼は調律師となるための知識が載った、分厚い本を読み込む巻に言ったのだ。
「まだまだだ、僕たちはもっと、先に行く」
きっと、あの時点で蹄人は、ミルキーウェイと共にラストホープ・グランプリの舞台に立つ、己の姿が見えていたのだと思う。
「ミルキーウェイは良い人形だ。こんなところで、終わるはずがない」
絶対に自分の才能に驕ることなく。ただひたすらにミルキーウェイを信じて、蹄人は人形決闘を重ねて行った。
中学に入って諸々の環境の変化があったことにより、一時蹄人と疎遠になったことがあったが。その間にも巻は、戦い続ける蹄人のことをずっと追いかけていた。
何度かメールでやり取りした際に、中学の人形決闘部で、頼りになる先輩から色々なことを教えてもらっているのだと、蹄人は言っていた。ほぼ独学で人形決闘を極めてきた彼にとって、他人から何かを教わるということは、新鮮な刺激となったのだろう。
中学二年の秋ごろになると、巻の周辺もだいぶ落ち着いてきて。ちょうどそのころ蹄人が、人形決闘の全国大会に出るという話を聞き。調律師の資格を取るための試験勉強の息抜きに、カットを連れてライブで観戦しに行くことにした。
先に席を取ってあったとはいえ、会場は酷く込み合っていて。巻が一年半ぶりに蹄人の姿を見たのは、ドームが展開された舞台の上だった。
一年半の間に視力が落ちたのか、蹄人は赤いフレームのラウンド型眼鏡を掛けていて、そのせいなのか少し大人びて見えた。隣に立つミルキーウェイは、晴れ舞台の為に着飾っていて、いつにもまして美しく見えた。
試合の結果は蹄人の圧勝であり。ドームの外に戻って来たミルキーウェイと共に、大勢の観客から拍手を浴びる蹄人を、巻は真っ直ぐ見つめていた。
すべての試合が終了し、大会が蹄人の所属する中学校の優勝で終わると。巻は真っ先に会場を出て、楽屋へと向かった。
久しぶりに再会した蹄人は、驚いていたものの。元々の付き合いが長かったこともあって、一年半の空白を埋めるのに時間はかからなかった。
交流が再会してから、蹄人はさらに調子を上げて行った。藍葉蹄人という天才の存在によって、個人での全国大会優勝こそ逃したものの。ランキングの最終順位で百位以内を叩き出し、学校内で噂になったという話を聞いた。
「名声が知られるのは、正直悪くないかもしれない。もっと強い人形師と、戦えるきっかけになるから」
そう言って、蹄人は巻に笑って見せた。隣ではミルキーウェイが、強気な笑みを浮かべていた。
二人の間に、いつから不和が生まれたのかは分からない。疎遠になっていた間のことかもしれないし、巻と再会した後のことかもしれない。どちらにしろ、契約した人間と人形の関係は、当事者同士にしか分からないことだ。
ただ蹄人は相変わらず人形を大切に思いながらも、「人形は道具である」と己に言い聞かせるように繰り返していた。たとえ人形を愛していても、口から発せられる言葉の積み重ねが、両者の関係を歪めてしまったのかもしれない。
三年生に上がった蹄人は絶好調だった。前の部長が卒業したことにより、新たに部長になった彼は、団体戦以外の大会に出ることを控え、ランキング戦に専念した。
狂気ともいえる集中力で、何十戦、何百戦の人形決闘を重ね。かといって裏での努力を一切妥協することもなく。
自身の最高記録である、ランキング第三位の順位を叩き出した蹄人は、ついに夢であったラストホープ・グランプリへの切符を手にしたのだ。
ほぼ同時期に、巻も調律師の資格を取得し。初めての顧客として、ラストホープ・グランプリに挑むミルキーウェイの調律を行った。もちろん料金は、その時からただの一度も払ってもらっていないのだが。
「自分の実力は分かっているけれど。夢の舞台だ、可能な限り高みを目指してやる」
我ながら最高の出来に仕上がったミルキーウェイと共に、蹄人はラストホープ・グランプリに舞台に上がって行った。
そして。準決勝で藍葉蹄人に敗北し、ミルキーウェイに見放されたのだった。
元々素直になれないところがある人間だったが。
ミルキーウェイに見放されて以降、蹄人はさらに捻くれてしまった。
ラストホープ・グランプリからしばらくの間は、見ているのも辛くなるほど荒れていた。部屋中の物を投げつけて暴れたと思ったら、子供のように泣きだして。狂ったように勉強に打ち込み始めたと思ったら、何もせずに散らかった部屋の片隅で、ただぼんやりと宙を見つめていて。
人形決闘部は退部し、学校中のみならず街中の人間から噂され、後ろ指を指され続けて。
それでも受験を心配する両親からの、上辺だけの励ましと本音の混じった催促により、立ち直らざるを得なかったのだろうが。
すべてを忘れるかのように、受験勉強に打ち込んだ蹄人は。元々進学するつもりだった私立ガラティア学園高校ではなく、遠方にある筒道高校へと進学した。
偶然にも、巻が筒道の近隣に自身の工房を構えたこともあって。高校に入ってからも度々、蹄人は巻のところにやって来た。
カットの作った料理を食べながら、蹄人は落ち着いた様子で、巻に言った。
「きっと、もう僕が新しい人形と契約することは、ないんじゃないかと思う」
ミルキーウェイは唯一無二のパートナーだった。それを失った今、代わりになる存在なんて到底見つからない。
万が一今後、ミルキーウェイと同じような人形が見つかったとしても。きっとまた裏切られたことを思い出し、拒絶してしまうだろう。
何かが欠落したような声と顔をして語り、焼うどんを頬張って「美味しい」と言う蹄人の姿が、とても痛々しかった。
もっとも。高校に入って約半年が過ぎた雨の日。
藍葉蹄人は新たなるパートナー、スカーレットに出会って。もう一度契約を交わすことになるのだが。
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