EPISODE20 無意識の呪言

 藍葉蹄人はごく普通の家庭に生まれた少年だった。

 両親はどちらも会社勤めであったものの、家のことは伴侶人形がほとんどやってくれるため、育児と仕事の両立はさほど問題なかったようだ。

 何より幼い蹄人は大人しく、あまり手のかからない子供だったようで。どうしても空けられない仕事の際、祖父母の家に預けられることになっても、決して泣くことはなかったという。

 素直ないい子。それが両親から見た藍葉蹄人という少年だった。だが、それはあくまでも両親から見た評価に過ぎず。

「ぼくは、とうさんとかあさんがきらいだ」

 一緒に預けられた保育所で、人形と人間の感動物語の書かれた絵本を読みながら、蹄人は巻にそう言った。

「とうさんとかあさんは、カナとシルヴァをきずつけるから」

 カナとシルヴァとは、蹄人の両親の伴侶人形だった。カナが女性型で、シルヴァが男性型。それぞれ結婚前から、両親と契約を交わしていた。

「なんで、そんなことをするの」

 巻が問い返すと、蹄人は絵本から顔を上げる。

「なまえが、きにくわないんだって」

 後から知った話だが、カナは父親の元カノの名前、シルヴァは母親の好きな男性アイドルの名前から、それぞれ取られてつけられたのだという。

 人形に恋人や好きなアイドルの名前を付ける者は多いのだが、そのことを後悔する者もまた多い。

 蹄人の両親は仲が良かったというが、お互いの過去を象徴する人形たちのことを、どちらも快く思っていなかったのだろう。

 人形に対する暴力は禁止されているものの、ばれずに傷つける方法なんて幾らでも存在するのだ。陰で行われている目に見えない暴力を、蹄人はしっかり見逃さなかったのだろう。

「カナもシルヴァも、とっても優しいのに」

 法律によって特殊な場合を除き、人形に育児を完全委任することはできない。人間に嘘はつけないという人形の性質上、幼い子供の相手をすることは不可能に近い。一応子守りオプションは存在するものの、貴重なうえに容量が莫大すぎて、実用化には程遠いのが現状なのだ。

 だからどんなに面倒くさくても、育児は人間がしっかりやらなければならないのだが。これもまた、陰でこっそり人形に任せている親もいる。

 その結果子供が両親よりも人形に懐いてしまい、気に食わないからと親が子供に対し暴力を振るうこともあるという。もっとも蹄人の両親はしっかりと蹄人を愛しており、そこまではしなかったが。

 忙しい両親の代わりに、保育所の送り迎えをしてくれて。家では一緒に遊んでくれるカナとシルヴァのことを、蹄人は両親と同じくらい愛していたのだと思う。

 だからこそ、陰で両親が人形たちを傷つけることが。悲しくて、許せなくて仕方がなかったのだ。

「はやくぼくも、じぶんのにんぎょうがほしいな」

 それが蹄人の口癖だった。

「ぼくはとうさんとかあさんとちがって、ぜったいににんぎょうをだいじにする」

 これも蹄人の口癖だった。

 保育所にいたころから、蹄人はずっと人形に憧れていた。人形の出てくる絵本を擦り切れるまで読み返して、画用紙に自分だけの人形の姿を想像して描いていた。

 一応保育所にも、保育士の伴侶人形がいたのだが。基本的に預かっている子供たちとは、必要以上の接触と交流を禁じられていた。

 それでも蹄人は遠くから、人形たちのことを眺めていた。保育士に声を掛けられるまでずっと、何十分、何時間と。

「てぃとはほんとうに、にんぎょうがすきなんだね」

 幼い巻が呆れた顔で声をかけると、蹄人も同じ顔をして言い返して来た。

「まっきーのほうこそ、にんぎょうだいすきじゃん」

 実を言うと、あの頃の巻も蹄人と似たようなことをしていた。といっても巻は人形の仕組みが気になって、人形を模した玩具をばらばらにして、こっぴどく怒られたこともあったのだが。

 方向性は違うものの、お互い同じ人形好きというところで、ウマがあったのだろう。住んでいる所こそ少し離れてはいるものの、同じ保育所にいた頃から、巻と蹄人は仲が良い二人として知られていた。

 子供の仲が良いと、親も自然に親しくなるものなのか。二人が小学校に上がる頃には、常夜家と藍葉家で一緒に遊びに行くことも多くなった。

 学区が違ったため、小学校は別だったものの。そんな家族ぐるみの付き合いにより、巻と蹄人の交流が途絶えることがなかったのだ。

 その日も蹄人と巻の家族は、共にキャンプに出掛けて。二組の両親は星空の下で、酒を飲んで話しながら、伴侶人形に串に刺さった肉と野菜を焼かせていた。

「最近うちの蹄人ったら、人形のことばっかりで。ねだるものと言ったら、決まって人形関係のものばかりなんですよ」

「あら偶然、うちの巻もそうなんです」

「しかし学校で孤立気味だと、先生から聞きましてね。人形に入れ込むのもいいが、もっと人との交流も大切にして欲しいものです」

「そうそう、あくまで人形は『人形』なのですから」

 人形の焼いた肉を食べ、缶のビールやチューハイをあおりながら、談笑する大人の傍らで。

 蹄人と巻はキャンプをしている広場の片隅にある、丸太を割ったような形のベンチに並んで座って、まばらに輝く星々を見上げていた。

「ねえ、マッキー」

 空に視線を向けたまま、蹄人が口を開いた。彼の声がどこかおかしいことに、だが何がおかしいか分からないことに、巻は即座に気が付いた。

「今日ここに来る前にね、父さんと母さんに言ったんだ。人形をいじめるのを、やめて欲しいって」

「ティト……」

 巻が蹄人に視線を向けると、闇の中にある蹄人の顔が、いやにはっきりと見て取れた。彼の表情には、笑顔がなかった。違う、笑顔だけじゃない、感情が一切感じられなかった。

「そうしたらね、父さんも母さんも戸惑ったような表情を浮かべてから、僕にこう言ったんだ―――」

 一呼吸おいて、蹄人は巻の方に、感情の欠けた顔を向ける。口元だけが動いて、笑っているように見えたが、瞳は一切笑っていなかった。


「人形は、『道具』なんだってさ……」


 調律師を目指す者が、まず開く入門書の一ページ目に。世界最初の調律師の言葉が載っている。

『人形は道具である。そう思うことが、人と人形を区別するのだ』

 人間の医者が病巣を外科手術で取り除くように、人形に不具合が起きた場合、調律師は人形の中枢に触れて「調律」を行う。

 医者が手術をするとき、どう思っているかは知らないが。調律師は人形を調律するとき、必ず人形のことを「道具」として思うように教え込まれるのだ。

 何故なら人形の中枢を弄るということは、人形の「心」に触れるのと同じことであるから。

 もし失敗した場合、良くて破損による機能停止、悪い場合は人形の人格に悪影響が出る。

 ただ言語がおかしくなる程度ならましな方で、酷い場合は手が付けられないほど荒れ狂ったり、体の動きを制御できずに自壊したり、中途半端に戦闘形態へと変化したまま、戻れなくなったりしてしまう。

 だから人形の中枢を弄るときは、人形を「道具」だと思う。目の前にあるのは道具であり、自分たちはあくまで職人に過ぎない。職人として腕を振るい、目の前の道具を修理する。

 決して、今触れて弄っているものは、「何者か」の「心」ではない。

 ただ、入門書の最初に載っている言葉には、別の意味もあると言われているのだが。

 古の時代では、人形が奴隷や兵器として扱われていたというのは、歴史の授業で教えられる常識だ。その時代の人形の扱いが、今の時代とは比べ物にならないぐらい悲惨で残酷なものだったということも。

 最初の調律師が生きた時代は、まさにそんな時代だった。だからこの言葉には調律師としての心構えの他に、人形と人間を区別、もとい差別する意味合いもあると言われている。

 あまりにも悲惨な扱いをするうえで、人形の悲鳴に目を背け、人間の心だけを護るために。人形はただの道具であり、酷使されることを望んでいるというのが、当時の一般常識であった。また歪んだ常識を裏付けるように、当時の人形もその常識に合わせた心を持つように造られたのだという。

 もっとも。残された資料が少ないがために、どちらが本当なのか、あるいは両方の意味があるのかは、発言者がとっくの昔に死んだ今、誰も知る者はいないのだが。

 だが。分からないことがあれば、偽りでも意味を求めるのが、人間という生き物のどうしようもない性である。

 調律師としての解釈は前者に他ならないが。一般に広まったこの言葉を受け取った人間の多くは、後者の理由を想像し、選択する。

 かつて多くの人形を私利私欲のために使い捨ててきた男が、捕まった際にこの言葉を引用したからだとか。無免許で人形の中枢を弄り、多くの人形に死ぬよりも悲惨な末路をたどらせた女が、口癖のように呟いていただとか。

 噂はごまんと存在するが、結論はいつだって一つだった。人形は道具である、道具として扱われることを望んでいるから、どう扱ったって構わない。

 蹄人の両親はきっと、こんなことを考えてもいなかっただろう。何も考えずに言ったのだろう。

 無意識に刻まれた言葉によって、無意識に抱いていた思いによって。何の悪気もなく、気まずい思いから逃れるために、言い訳めいた調子で。

 一言、たった一言放たれたその言葉が。人形を何よりも愛する息子の心を、どれほど傷つけ壊すかなんて、これっぽっちも知る由もなく。

「人形は、『道具』なのかな。人形は、『道具』なんだよね」

 乾いた声で繰り返し呟く蹄人に、巻が言葉を失っていると。肉を焼いていた人形のうちの一体が、二本の串を持って近づいてくる。クリーム色のボブカットが特徴的な、蹄人の父の伴侶人形、カナだった。

「蹄人くん、巻ちゃん、お腹空いたでしょ。はいこれ、どうぞ」

 串を差し出したカナは、明るく微笑んで見せた。その頬には、うっすらと引っ搔いたような傷があった。

「……あ」

 蹄人の口から、短い息が漏れると同時に。やっと彼の顔に、感情が戻って来た。

 まだ眼鏡をかけていなかった、蹄人の両目から涙が溢れ出して。俯く度同時に、膝の上に零れ落ちた。

「違う、人形は、人形は……」

 そこから先はもう言葉にはならなかった。戸惑うカナと巻の前で、蹄人はただひたすら泣き続けた。

 以来、藍葉蹄人は「人形は道具である」という思想を持つようになった。ただし彼の心は、幼いころと何も変わらず、人形に対する愛で溢れたまま。

 自分の心を護るためなのか、両親に対する復讐なのかは分からない。強がって言う内に染みついてしまったのかもしれないし、愛の裏返しなのかもしれない。

 ただ一つだけ、確実に言えることは。「人形は道具だ」と言いながらも。藍葉蹄人は他の誰よりも、人形のことが大好きであるということだ。

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