EPISODE22 二面性の忠義

  いつの間にか、空になっていた乾パンの缶を置いて。話を終えた巻は立ち上がると、軽く伸びをする。

「これが、ティトの過去だ。スカーレット、お前はあいつの過去を知って、何を思ったか教えてくれねえか」

 スカーレットは大人しく話を聞いていたが、巻の問いかけに静かに目を閉じる。

 蹄人が何故、「人形は道具である」という思想を持つようになったのかも。かつての相棒、ミルキーウェイとの関係も分かった。

 ミルキーウェイは藍葉蹄人にとって、特別な人形だったのだろう。何があっても蹄人の心の中から存在を消すことはできず、スカーレットが代わりになることはできない。

 どんなにミルキーウェイに嫉妬したとしても、それが現実であり。蹄人の胸に刻みついた、傷を癒すことはできない。

 だがその一方で。蹄人の過去を知ることによって、改めて分かったこともあった。

「……蹄人は本当に、人形のことが大好きで。人形を大切に、思っているんだな」

 スカーレットの言葉に、巻は静かに頷く。

「口では『人形は道具だ』なんて嘯きつつも。心の中では誰よりも人形を想ってる。それがティトってやつだからさ、スカーレット」

 腰に手を当てて、巻は真っ直ぐスカーレットを見つめる。

「強気な癖に誰よりも傷つきやすくて、面倒極まりない奴だけど、それでもティトのことよろしく頼むぜ」

「……」

「あいつはまだミルキーウェイのことを、引きずっているのかもしれない。だがスカーレット、今の相棒は間違いなくお前なんだ。ティトとお前がまた歩みだせるかどうかは、お前たち自身にかかってるんだぜ」

「……そうだな」

 スカーレットが笑みを浮かべると、巻も満足げな表情を浮かべて、くるりと背を向ける。

 そのまま写真の乗ったタンスの方に歩いてゆくと、中から適当な衣服を取り出し、てきぱきと着替え始める。

 カーゴパンツに、長袖のTシャツとプルオーバーパーカーを着こみ、上からダウンジャケットを羽織った巻は、タンスの横からナップザックを引っ張り出す。

 外出用の身支度を終えた巻は、大人しく控えていたカットの肩を軽く叩いて、ナップザックを背負った。

「それじゃあ私はスクーリングに行ってくるから、カット、留守番頼んだぞ」

「了解。しっかり勉強して来てくださいね」

 カットに対して頷くと、巻は面倒くさそうにあくびをしながら、部屋から出て行った。

 部屋の中に、残された人形が二体。

 てきぱきとテーブルの上を片付け始めるカットに対し、残されたスカーレットは、しばらくぼんやりしていた。

「……そうか、通信制とはいえ、巻も高校生だったな」

「意外に思いますか、スカーレット」

「いや、ただ巻は年の割に、蹄人よりも随分と大人びている気がするから……」

 首を傾げるスカーレットに対し、カットは少し微笑むと、手に持っていた空の缶を置いて、さっきまで巻が座っていた場所に腰掛けた。

「暇を持て余しているんだったら、スリープモードにでもしていたらいい……が、その前に少し、俺の話を聞いてくれませんか」

 思えば。元々無口なこともあって、カットとこうしてしっかり話したことはなかったかもしれない。

 スカーレットが聴く態勢を取ると、カットは青い瞳を一瞬だけ閉じて、言った。

「このままだと、あなたは蹄人さんと和解できませんよ、スカーレット」

「な―――」

 何故そんなことを言えるのか、言われるのか。戸惑うスカーレットに対して、カットは言葉を続ける。

「主の道具に徹することは、悪いことじゃないと思いますが。『道具』になり切れず結果的に裏切ることになったあなたが、再び蹄人さんと和解するには、道は一つしかない」

「なん、で」

 胸の中で湧き上がる、微かな怒りと苛立ちを感じながら。スカーレットは目の前のカットに、半ば睨みつけるような視線を向ける。

「なんで、そんなことが分かるんだ」

「俺には分かるんです、だって」

 あえて言葉を区切り、しっかりと間を取ってから。カットはスカーレットに言った。

「俺は巻の家族であると同時に、道具なんですから」


 人形管理協会の調べたデータによると。調律師の約二割は、最初に契約した伴侶人形を何らかの形で失っているのだという。

 原因の多くは、調律実験の失敗による破損だ。調律師は自作したオプションの試用や、複雑な調律の練習に、己の伴侶人形を使用する。

 試用や練習に他人の人形を使うわけにもいかないため、当然といえば当然のことであるのだが。いくら資格を持ったプロだとしても、間違いを犯さないということは絶対にないのだ。

 過去に一流と謳われた調律師が、睡眠不足からくる判断力の低下により、オプションを構成する式を一つ間違えて。オプションを組み込んだ伴侶人形が暴走し、調律師を含めた大勢の人間を殺した挙句、バラバラに爆発して破損するという事件があった。

 調律師のパートナーとなる人形は、そうなることを常に覚悟しなければならない。調律師となる人間は、自分のパートナーがそうなることを常に覚悟しなければならない。

 だからこそ取り返しがつかなくなる前に、人形との契約を解除して独り身になる者や、逆に複数の人形と契約して、パートナーに対する愛情を分散させる調律師もいる。

 もっとも十体以上の人形と契約した調律師が、その中の一体を事故で失ったことにより、自殺したという話も聞いたことがあるのだが。

 調律師である常夜巻の、伴侶人形であるカットも、例外なくオプションや調律の実験台となっている。

 といっても巻の腕は調律師の中でも指折りであるし、オプションを使う際も内容の確認や注意を怠ることはない。

 そのため実験体となっても、不具合が発生することはほぼ無かったのだが。

 一度だけ。巻が中学一年生の時、調律師の資格取得のために、カットを使って調律の練習を行ったとき。

 搭載しているオプションのデータを、間違って破損させてしまい。ドームの中に入ったカットが、軽い暴走状態に陥ったことがあった。

 あの時のカットは手に持った短剣で、狂ったようにドームの内部を破壊し続けていて。巻が外からドームを強制的に閉じて、帰還したカットを即座にスリープモードに移行させたことにより、大きな被害を出さずに済んだものの。

 巻の手でエラーを起こしたオプションを取り除いた後、カットが目を覚ますと、そこには目に涙を浮かべて、自分を見下ろす巻の姿があった。

「良かった……お前が無事で本当に良かった……」

 ぼろぼろと涙をこぼしながら、巻はカットにそう言った。カットは片手を伸ばして、巻の頬に触れる。

「大丈夫です、巻……俺は巻が死ぬ時まで、必ず隣にいます……」

「でも、だって……」

 巻は片手で涙を拭って、カットに言った。

「私の家族は、もうお前しかいないんだ……」

 巻が中学に入学して、一か月が過ぎた五月のある日。

 高校の同窓会に行くため、乗用車で地元へと向かった巻の両親は、そのまま帰らぬ人となった。

 その日は生憎の土砂降りで。路面が濡れて滑りやすくなっていたことが、事故の原因となったのだという。よくある原因、よくある事故。ただし巻の両親も、一緒に乗っていた人形たちも。皆一律に動かなくなっていたのだが。

 たった一人、残された巻は。遠い親戚の夫婦に書類だけの後見人となってもらい、自分の力だけで生きていくことを決意した。

 両親の遺産と、国からの補助金で生活をやりくりしながら、かねてから続けてきた調律師になるための勉強に打ち込み。未成年ながら資格試験で全科目満点の成績を叩き出し、特例として調律師の資格を取得したのだ。

 そして中学校を卒業すると同時に、自身の工房を開き。通信制高校に通いながら、切り盛りしているというわけである。

 もっとも。藍葉蹄人が自分で自分の過去を語らないように、常夜巻もまた、己の辛い過去を他人に話すような人間ではない。同情が何の意味もないことを、彼女は良く知っているからだ。

 巻は強い女性であり、調律師として己の腕に自信と誇りを持っている。しかしだからといって間違うことはないとは限らないし、残された「家族」を喪うことを何よりも恐れている。

 だからカットも巻がそうであるように。調律師としての巻に対し「道具」として徹すると同時に。「家族」として巻に寄り添おうと決めたのだ。

 何故なら。何故ならカットは巻のことを、この世の何よりも信頼しているのだから。


「道具だって、持ち主を信頼したっていいじゃないんですか。持ち主が道具を信じて使うように、道具も持ち主を信じて使われたら、いいんじゃないですか」

 己の矜持と、巻の過去を語り終えたカットは、そう言って空き缶を手に取ると立ち上がった。

「それじゃ、話したいことは話しましたから。どうするかはスカーレット、あなた自身が決めてください」

 てきぱきと片づけや掃除を始めたカットに、スカーレットは慌てて立ち上がる。

「あ……カット、私も手伝おう」

 振り向いたカットは、片手で部屋の隅に立て掛けられた、イカしたカラーリングのはたきを指さす。

「だったらそのはたきで、部屋の埃を掃っておいてください」

「分かった」

 スカーレットが頷いて、はたきを手に取ると。カットは彼らしくもない嬉しそうな表情を浮かべ、クックックと笑って見せた。

「巻が俺を残して外出するのは久しぶりのこと。今のうちに、がっつりと掃除が出来る……」

 さっそくてきぱきと、ゴミ箱の中身を分別し始めるカットに。スカーレットは少しきょとんとしながらも、自分もはたきを振るい始めた。

 思えば今まで、巻が人形に対してどう思っているかを、詳しく聞いたことはなかった。だがカットから話を聞いて、はっきり分かったことがある。

 幼馴染ということもあるだろうが、己のパートナーであるカットに対し、「家族」と「道具」という対極的な二つの想いを同時に抱く巻だからこそ、捻くれ者の蹄人と上手くやって行けるのだろう。そんな巻の想いを受け入れ、彼女に絶対的な信頼を寄せる、カットもまたしかり。

 だったら自分は、どうなのだろう。元々自分の方から、道具として扱われることを望んでいたにもかかわらず、裏切ってしまった自分は、これから蹄人とどういう風に関係を築いていけばいいのだろう。

 もう一度、蹄人としっかり話す必要がある。カットの言葉を思い出しながら、スカーレットはタンスに置かれた、幼い蹄人と巻が写った写真立ての埃を落とした。

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