EPISODE35 友人の真意

 ボトルの中に広がるのは、夜の草原だった。背の短い草が生い茂る、やや盛り上がった草原の上には、黒い空を照らすように星々と明るい三日月が輝いている。

 草原フィールドは数あるフィールドの中でもっともメジャーといわれるものであり、実際選ばれる頻度も高いのだが、故にいくつかのバリエーションがあったりする。

 朝・昼・夕方、そしてこの夜の時間帯バリエーションに加え、雨や曇りなどの天候、動物や昆虫などのエネミー出現など、いくつかの要素からランダムに組み合わされて、フィールドが構成される。

 一部の人形師には、「水増し」だのなんだの言われているものの。静寂かつ清らかな雰囲気を湛えた夜の草原は、美しいとミルキーウェイは思うのだ。

『……お前とまた、こうして戦うことになるなんて、思ってもみなかったよ』

 夜空を見上げるミルキーウェイの脳内で、蹄人がしみじみと呟くのが聞こえた。それはミルキーウェイも、同じ気持ちだった。

『ミルキーウェイ』

 操作糸から蹄人が、己の動かし方を確認しているのが分かる。懐かしい感覚に、ミルキーウェイは微かに微笑んだ。

『お前は嫌がるかもしれないけど。この戦い、「いつものやつ」でいいよな』

「大丈夫。あれだけのことをやって、あれだけのことを言って。もう吹っ切れましたから、何も問題はありません」

『そうか。なら、躊躇う必要はないな』

「ええ。久しぶりにやりましょう。数多の敵を屠って来た、あの技を」

 周囲一帯は開けているにもかかわらず、敵である99の姿はどこにも見えない。どこかに隠れているのか、あるいは身を隠すオプションでも使っているのか。

 だがどちらにしろ、ミルキーウェイには関係のないことだった。たとえどんな手段を使って隠れていようと、圧倒的な力の前には無力というものである。

 一瞬目を閉じて、短く息を吐き出すと。ミルキーウェイは囁くように、その技の名を口にした。

白光雨ミルキー・レイン

 次の瞬間、ミルキーウェイの周囲に、無数の白い光弾が現れる。純白の光る球体に、夜の草原は瞬く間に埋め尽くされてゆき、美しい星々の輝きも霞むほどだった。

 魔法タイプの人形は、通常の攻撃にもマジックポイントを消費することが、最大の欠点だと言われているが。

 だったら逆に割り切って、マジックポイントを軽減するオプションをガン積みし、一番威力の低い魔法で攻める。

 一番弱い攻撃でも、当たればヒットポイントは削られるのだ。極端な話、最も弱い攻撃を5発当てるだけでも、人形決闘に勝利出来てしまう。

ただし追尾や炸裂などの補助効果の付いた、より消費の高い強力な攻撃の方が使いやすいのも事実である。

 しかし。その最も弱い攻撃魔法が、「単体」ではなく「無数」だったら、どうなるだろうか。

単体では貧弱な魔法でも、ドームの内部をびっしりと埋め尽くすほどの「数」があれば、それは脅威に他ならない。

 もっとも、ここまでするのは容易いことではなく、社会人の給料一か月分程度するマジックポイント軽減オプションを搭載したうえで、魔法の消費を極限まで減らす特訓をし、大量の光球を一度に飛ばせる技術を身に着けなくてはならない。

 要するにこの技を使うのに、蹄人もミルキーウェイも血の滲むような努力をしてきたわけだが。努力の甲斐あって編み出した「白光雨」は圧倒的な強さを誇り、ランキング三位、ラストホープ・グランプリベスト4の戦績を叩き出したのだ。

 ただ、強いが故に単調であるこの「白光雨」が、蹄人とミルキーウェイが決別するきっかけとなったのは皮肉なことなのだが。

 今となっては、全て過去のことであり。今やるべきことは、このドームの何処かに隠れ潜む敵を打ち倒すのみである。

『……撃て』

 蹄人から送られてきた命令に従って、滞空している光球をミルキーウェイは一斉に放つ。

 周囲一帯に広がる、閃光と爆音。その狭間に、短い悲鳴が聞こえた気がした。

 やがて辺り一面に広がった、純白の光が消え去った後。ミルキーウェイの目の前には、片腕を掴んで余裕のない表情を浮かべた、99が立っていた。

「……これだから嫌なんですよ。圧倒的なパワーで、攻めてくるタイプは。どんなに考えて罠を仕込んだって、隠密オプションで隠れたって。全て無意味なんですから」

「でも、その様子だとまだヒットポイントは残っているみたいですが」

「良く言いますよ、一歩も動かずに一方的に、こっちのヒットポイントを4も削っておいて」

 舌打ちをする99に対して、ミルキーウェイはにっこりと笑った。相手が罠タイプである99の時点で、スタート地点から一歩も動かずに攻めることは決めていた。あの時も、今回も。

 スタート地点から一歩も動かなくたって、相手を瀕死の状況まで追い詰めることが出来る。それが、ミルキーウェイという人形なのだから。

 そして。目の前に立つ99に対して、ミルキーウェイは片手を振り上げる。振り上げた手の先には、先程無数に放ったのと同じ、光球が現れた。

「あれだけぶちかましておいて、追撃する分のマジックポイントが残ってるなんて、化け物ですかあなたは」

 呆れながらも、メリッサのように背を向けず、身構える99に対し。ミルキーウェイは静かに頷いた。

「ええ。当時、伊達に魔法タイプ最高峰、なんて言われてませんから」

『僕たちの戦いを見て、真似をするバディも多かったようだけど。元祖だけあって、他の奴らとは鍛え方は他とはまるで違う』

 送られてきた、「発射」の命令に従って、ミルキーウェイは99に対して光球を放つ。

「さすがですね……だが、このままやられるつもりはないですよッ」

 真っ直ぐ飛んできた光弾に対して、99は軽くバックステップをするとともに、後方に勢いよく飛んだ。真っ直ぐ飛んでくる光球なら、回避するのは容易いということなのだろう。

 だが。それはあくまで、「真っ直ぐ」飛ぶ光球の場合だった場合である。

『生憎、追尾弾一発分ぐらいのマジックポイントなら、ギリギリ残ってるんだよ』

「なッ―――」

 回避した99の動きに合わせて、光球の軌道は屈折し、99の体に直撃した。

「あの時と違って、最初の『白光雨』で落ちなかったのは褒めてあげます」

 勝利の証として、ホワイトアウトしてゆく視界の中で、ミルキーウェイは99に言った。

『もっとも、これで完全にマジックポイントが切れたわけだから、回復するまで攻撃は出来ない……出来ないが、罠タイプならそこまで不利にならないよな』

 本当に、去年のラストホープ・グランプリの予選で、相性最悪のミルキーウェイとぶち当たってしまったことは、極と99にとって不運としか言いようがなかっただろう。

「本当に一年ぶりとは思えない、息の合いよう……スカーレットが、嫉妬するんじゃないですか?」

 負け惜しみで聞こえてきた、99の捨て台詞に。ミルキーウェイの頭の中で、蹄人が呆れたように呟いた。

『するかもしれないな。だってスカーレットは、僕のパートナーなんだから』

 どうしようもないことなのだけれども、蹄人の言葉に、ミルキーウェイが一瞬の寂しさを感じていると。

『それはともかく。よくやった、ミルキーウェイ』

 しっかりと、労いの言葉が飛んできて。懐かしさについ顔をほころばせながら、ミルキーウェイはドームの外へと戻ってゆく。


 人形たちが帰還すると、極は消えゆくボトルの前で、がっくりと膝をついた。

「完敗だよ、蹄人くん……まさか瑛に見捨てられたミルキーウェイが、なんやかんやあって元の鞘に戻っているとはね」

「一時的に、だ。今巻に管理協会のマッチングシステムに申請してもらってるところだから、新しいパートナーが見つかり次第、僕との契約は解除するさ」

「とかなんとか言っちゃって、一年ぶりの人形決闘な癖に息ぴったりだったじゃないか」

 敗北した腹いせなのか、蹄人とミルキーウェイに茶化すようにそう言った極に対し、蹄人はちょっと笑って見せてから、背後で人形決闘を静観していた、スカーレットの方に歩いてゆく。

「確かにそうかもしれないけど、スカーレットとは比べ物にならないよ。もう、ね」

「……この人形たらしめが」

 呆れたように呟き、てきぱきと片づけを始めた極に、蹄人は振り向くと、顔に目いっぱい意地の悪い表情を浮かべて見せた。

「で、僕が勝ったんだ。約束通り教えてもらおうか。なんで僕を、蒼井結翔と戦わせようとしているのか、その理由を」

「……ぎく」

 わざとらしく擬音を口に出してから、極は諦めたように片付けの手を止めて顔を上げる。

「分かった、話すよ。どうせ外堀は埋まってるんだ、今更話したってどうということもないしね」

「だったら早く話さないか」

「そう急かすなって。物事には順序があるんだよ。そう、あれは僕が小学生だった頃―――分かった分かった、茶番はやめるから」

 蹄人とスカーレットとミルキーウェイに加え、パートナーである99からも冷ややかな視線を向けられた極は、仕切り直すように咳払いをすると、さっと真剣な表情を顔に浮かべた。

「そこにいる、ミルキーウェイならわかるけど。結翔くん……蒼井結翔は徐々に歪み始めている」

 蹄人とスカーレットがミルキーウェイに顔を向けると、ミルキーウェイの表情が、目に見えて強張るのが分かった。

「どういうことなんだ、ミルキーウェイ」

「後で……話します。私が結翔さんの元にいた頃、どんな目に遭ってきたか」

「後でしっかり聞くといいよ。結翔くんが『仲間』として、人形をどういう風に扱っているのかを、ね」

「……」

「別に良くあることだよ。『仲間』だと囁きながら、人形を虐げる人形師なんてごまんといる」

 明星院瑛や田舞鎮世なんかは、まだマシなほうで。この世には「仲間」だということを口実に、人形にとても言葉にできないようなことを強いる、人形師が確かに存在する。その代表的な例の一つが、スカーレットの元の主である。

 故に、険しい表情を浮かべる蹄人とスカーレットに対し、極は落ち着かせるように、静か目を閉じた。

「もっとも、さすがに法に触れるようなことは、やってないんだけどさ……問題は結翔くんが、自分が人形を虐げているということに、一切自覚がないってことなんだ」

「……そういうことか」

 話が読めてきた。蒼井結翔は「人形は仲間である」という思想を広めた張本人だが、逆に言うとそんな己の思想を、他の誰よりも妄信しているということである。そしてその実力とカリスマ性ゆえに、周囲は彼の思想を支持する信者で溢れかえって、誰も歪みや矛盾を指摘しようとしないのだろう。

 唯一、目の前にいる、萌木極を除いては。

「結翔くんの輝かしい栄光の陰で、苦しんでいる人形たちがいる。だが結翔くんは『人形は仲間だ』と言っておきながら、そのことにこれっぽっちも気づいてないんだ。そんな歪んだ状態が、誰からも指摘されずに放置されたままじゃあ。絶対に良くないことが、起こると思わないかい」

「……」

 著名人が、人形に物理的・精神的暴行を振るったとして、失脚するという話はこの世に溢れかえっている。それこそ不倫と脱税に並んで、しょっちゅう報道されているぐらいの定番ゴシップだ。

 だが蒼井結翔はその辺の著名人とは、格が違う。ラストホープ・グランプリ二連覇の天才にして、人形決闘界隈における絶対的なカリスマであるドールマスター。そんな彼がたとえ無意識といえども、人形を虐げていることが知れ渡ったら、未曽有の大騒動となることは間違いないだろう。

「だから。そうならないためにも、結翔くんは一度痛い目をみなきゃいけない。自分の思想を、徹底的に否定されなきゃいけないんだ。だから」

「人形を『道具』として扱う僕が、蒼井結翔を倒さなければならない。ということか」

 蹄人の回答に、極は静かに、だが力強く頷いて、閉じていた目を開け真っ直ぐ蹄人を見据える。

「これは蹄人くんにしか出来ないことなんだ。僕には出来ない。実力が足りないし、僕はあくまでも結翔くんの『仲間』だからね」

「言っておきますが、これは謙遜でも何でもないですからね。マスターは本当に心から、蹄人さんとスカーレットの実力を評価したうえで選んだんです」

「そう、なのか……」

 99の言葉に、いまいち信じられないというように、首を傾げる蹄人とスカーレットだったが。

「……改めてお願いするよ。蒼井結翔を倒して、彼に思い出させてやってくれないか。人形を大切にするということが、どういうことだったかを」

 ゆっくりと、極と99は蹄人たちに頭を下げた。いつものおちゃらけた態度は一切なく、以前の賭けに負けたことをネタに脅すのではなく、一人の友人として頼み込むように。

 極が真剣だということが、はっきりと伝わって来た。彼は一人の友人として、蒼井結翔のことを思うが故に、こうして陰で手を回して来たのだろう。

「……まったく」

 頭を下げる極と99の前で、蹄人は軽く頭を掻くと、いつも99がやっているようにため息を吐きだした。

「外堀を埋めておいて、いまさら何言ってるんだか……僕とスカーレットが、エデンズ・カップで蒼井結翔と戦うのは、もう決まったことなんだろ」

「……そういえば、そうだったね。てへぺろ」

 顔を上げて、いつもの茶化した調子で舌を出した極を、スカーレットと99と共に睨みつけてから、蹄人はミルキーウェイに視線を向ける。

「そうだな、結翔との人形決闘の報酬として、僕が勝ったら封印されていたアカウントの権限を、全て復元してもらえないかな」

「と、いうと」

「公式大会とランキングへの参加権の復活と、その他諸々。アカウントが昔みたいに使えるようになれば、ミルキーウェイのマッチングもスムーズになるだろうし」

「なるほど。それぐらいなら、取り計らっておくよ……でも、それだけじゃないんだろう」

 投げかけられた、分かり切った質問に。蹄人はスカーレットと顔を見合わせると、にやりと笑って見せた。

「私たちは、いつだって強い相手との戦いに飢えているんだ」

「リベンジだとか、思想否定だとか、そんなものは関係ない。あのドールマスター・蒼井結翔と戦えるなんてチャンス、無駄にするなんてとんでもない」

 ミルキーウェイと和解した今、あの戦いに対するトラウマ的感情は、もうほとんどないと言っていい。

 ならば、最強の人形師との戦いを、純粋に楽しむのみである。

 あの時は、負けることも仕方ないと思った上で、戦いに挑んでいたところもあったが。今は違う。

 スカーレットと共に勝ちたい。リベンジだのなんだの関係なく、蒼井結翔に実力を示し、勝利をつかみ取りたい。そう、心から思うのだ。

 そしてそれはスカーレットも同じであるということが、今の蹄人には手に取るようにわかるのだった。

 なんてったってスカーレットは、藍葉蹄人の最高の「道具」にして、「相棒パートナー」なのだから。

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