EPISODE34 賛否両論の戦法

 薄暗い静寂の漂っていた教会の内部は、激しく燃える炎の輝きと熱気で満たされていた。

 持ち手の部分に装飾の施された鞭を、メリッサは勢いよく振り上げる。

「もうあなたにペースは握らせませんわよ」

 鞭に捉えられたスカーレットの体が宙に浮き、燃える祭壇へと叩きつけられる。現実なら火達磨となり髪も衣服も全て焼けただれるだろうが、人形決闘ならヒットポイントを1つ削られるだけで済む。

 もっとも、人形決闘においてはその1つのヒットポイントが、非常に重要なものなのだが。

「くっ……」

 拘束から逃れるためにも、スカーレットは力を込めて暴れ抵抗を試みるが、しっかりと巻き付いた鞭が緩む気配はない。それどころかより一層強く、スカーレットの体を縛り付けてくる。

「無駄ですわ。この必殺技は攻撃力こそないですが、拘束力は一級品ですのよ」

 勝ち誇った様子で、再びメリッサは鞭を振り上げる。先程と同じように、燃える祭壇に叩きつけて、ヒットポイントを削るつもりだ。

 このままじゃ一方的に終わってしまう、何とかして拘束から抜け出さなければ。

『スカーレット』

 なんて。焦るスカーレットを落ち着かせるように、頭の中で冷静極まりない蹄人の声が聞こえた。パートナーのクールな態度は、スカーレットにも落ち着きを取り戻してくれる。

『鞭を、燃やせ』

「……なるほど、そういうことか」

 蹄人から送られてきた、「火炎弾地面」の指示に従い。燃える祭壇に叩きつけられる直前、スカーレットは地面に左の銃口を向けて引き金を引いた。

「悪あがきなんて、無駄ですわよッ」

 一度舞い上がる様に上昇し、一気に叩きつけられて。再び祭壇の炎がスカーレットを包み込み、ヒットポイントを削っていったが。

「形勢逆転ですわね―――きゃあっ」

 ヒットポイントの有利不利が逆転したことによって、メリッサが勝利を確信したように、鞭を握る腕を動かした直後。

 地面から火柱が燃え上がって、スカーレットごと巻き付いた鞭を包み込む。

 人形は自分の攻撃で傷つくことはないが、相手の武器は破壊できる。それはメリッサの鞭も例外ではない。

 もっとも、ヒットポイントが減らないとはいえ、人形を自傷させる作戦であるため。よほどの信頼がなければ、不和の火種となりかねないこともあり、この手の戦法を好んで使う人形師は滅多にいないのだが。

 生憎信頼関係なら、他のどんなバディにも負けないぐらいにあるつもりだ。その癖蹄人は自分のことを、「道具」として扱ってくれるのだから、何ともおあつらえ向きな戦い方じゃないか。

「切り札を複数用意してあるのは、こちらも同じことだッ」

 今度はスカーレットの方が、強気な笑みを浮かべて。鞭を失ったメリッサへと、弾丸の残った左の銃口を向ける。

「なんということですの……これはッ」

 鞭を失って、スカーレットと対照的な、絶望的な表情を浮かべながら。メリッサはそれでも何とか逃げようと、緩やかな衣装を揺らして背を向ける。

 それは。ミルキーウェイと戦った時と同じ、過ちだった。

『こちらも同じ手を二度も通用させる気はない。そして、同じ過ちを見逃すことはない』

「チェックメイトだ、メリッサ!」

 全弾放つまでもなく。銃口から発射され三発の弾丸がメリッサの背中に突き刺さり。勝利確定の証として、視界が純白に染まってゆく。

『よくやった、スカーレット』

 勝利の時に聞ける、蹄人からの素直な褒め言葉に、スカーレットは微笑む。捻くれまくった蹄人からの、この一言を聞くたびに、今回も勝てて良かったと思えるものだ。


 スカーレットがドームの外に帰還すると、ヘッドセットを装着した極が、カメラに向かってまくし立てていた。

「いやあ、白熱の一戦でしたね。激闘を終えた二組のバディに、ぜひとも拍手を!」

 コメント欄に「888」の文字が溢れているかは知らないが、蹄人は目の前に立って悔しそうな顔をしている、瑛とメリッサに静かに頭を下げた。

「対戦、ありがとうございました」

「……こちらこそ」

 カメラが回っているからか、不満そうではあるものの、瑛は素直にお辞儀を返して来た。

「それでは戦いを終えた彼らに、じっくりとインタビューと行きたいところですが。ちょっとコメント欄が盛り上がりすぎてしまったようなので、詳しくは後日動画で上げておきますね。それでは、グッバイ!」

 99が手早くパソコンを操作して、配信を切ると。極は息を吐き出して、ヘットセットを外した。

「みんなお疲れ。いやあ、配信めちゃくちゃ盛がってたよ。投げ銭もうっはうはで、部屋代その他諸々を指しい引いても、十分すぎるぐらいの黒字だよ」

「それは良かった」

「ただ、賛否両論というか……ちょっとコメントが、荒れ気味だったんだけど……」

 蹄人と瑛を交互に見やってから、極はやや申し訳なさそうに目を伏せた。

「なるほど」

 確かに盛り上がる戦いではあったが、自傷戦法は賛否が分かれるものだ。それを使ったのが、人形を「道具」として扱う人形師なら、なおさらのことだろう。

 元より批判を覚悟のうえで、人形決闘の配信を提案したのだ。傷つくことはあれど、叩かれることには慣れている。

 重要なのは改めて、藍葉蹄人という人形師と、スカーレットという伴侶人形のバディを、世間に知らしめること。向けられる感情プラスでもマイナスでも関係はいない、いやむしろマイナスであるほうが、都合がいいかもしれない。

 だが「賛否両論」ということは、ある程度「賛」の意見があったということでもある。そのことは素直に、嬉しかった。極の誇張表現かもしれないが、ここは都合よく信じるが吉である。

 だから。蹄人はやや申し訳なさそうな極に対して、笑いかけて見せた。

「気にすることじゃない。例えなんと言われようと、勝ったのは僕たちなんだから」

「……言ってくれますね」

 さっきからずっと、憎悪の籠った視線で蹄人を睨みつけてきた瑛が、吐き捨てるように言うと俯いて、背を向けてメリッサと共に部屋の出口へと歩き出す。

「あら、もう帰るんだ。これからインタビューしようと思ってたのに」

 明らかに煽る極に、配信の後始末をしていた99がため息を吐きだすと同時に、瑛が勢い良く振り向く。

 彼のまだ幼さの残る顔は、悔しさと恥ずかしさで真っ赤になり、目にはじんわりと涙が浮かんでいた。

「……うるさい。これ以上笑いものにされるのはごめんだッ」

「あれぇ、もしかして泣いちゃってるの?蹄人くんに2回も負けたのが、そんなに悔しかったのかねえ」

「マスター、あまりいじめすぎるのは良くないと思いますよ」

 極の容赦ない挑発を99が諫めると、極はおどけた調子で「ごめんごめん」と言って見せた。まったく、容赦のない男である。

「く、くそうっ、藍葉蹄人もスカーレットも、萌木極も99も、皆全員お、覚えてろ!行くぞ、メリッサ!」

 涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにして、猫を被る余裕もない負け惜しみの台詞を吐き出して、瑛はメリッサと共に部屋から飛び出していった。

「……ちょっと、やりすぎちゃったかな?」

「ちょっとじゃなくて、明らかにやりすぎですよ、マスター」

 呆れたため息を吐く99に、極はにやりと笑って頭を掻いてから、様子を静観していた蹄人とスカーレットに向き直った。

 その顔には、露骨で吐き気のするような気色の悪い笑顔が張り付いていた。こういう顔をするときの彼が、ろくなことを言わないということは、まだ付き合いの浅い蹄人もさすがに分かって来た。

「……改めて、お疲れ様でした。蹄人くん」

「そっちこそ、準備に実況に、色々と任せちゃって申し訳なかったな」

「いやいや、そんなことないよ―――蹄人くんが、結翔くんを倒してくれるなら、僕は何だってするさ。賭けに負けたこと、まさか忘れたわけじゃないよね?」

 挑発するような視線に、蹄人はスカーレットと顔を見合わせてから、極に向かって笑い返す。やはりろくでもないことを言ってきたが、想定の範囲内だ。

 そもそも今回の配信は、蒼井結翔との戦いを見据えてのこともあったのだ。衆人環視での人形決闘にもっと耐性をつけつつ、自分の存在を世間にアピールすることで、必ず訪れる一戦をより盛り上げてやろうという魂胆である。

「もちろん、しっかりと覚えてるさ」

「よかったあ……実は今、結翔のマネージャーと色々と相談しててね。大晦日辺りに、結翔くんと蹄人くんが、公式に戦うことの出来る場を設けられそうなんだよ」

「大晦日の公式戦ってもしかして、『エデンズ・カップ』のことか?」

 エデンズ・カップとは、一年の間に目覚ましい活躍を遂げた人形師と人形が、人形管理委員会の選考によって選ばれて、トーナメント形式で戦う夢の大会である。

 去年はもちろん、蒼井結翔が勝利して。今年も世界大会である「ラストホープ・グランプリ」と同じく、彼が制するのだと専ら噂されているのだが。

「そう。蹄人くんには、そのエキシビジョンマッチで、結翔くんと戦ってもらおうかと思って。公式大会への参加権がなくても、エキシビジョンマッチぐらいなら許されるんじゃないかってね」

「エデンズ・カップか。随分と楽しそうな戦いだな」

 早くも闘志を見せるスカーレットに、正式に参加できないことをやや申し訳なく思ってしまいながらも、蹄人は極に話の続きを促す。

「詳しくは、後日発表されて、そっちにもまた連絡が行くと思うから。楽しみにしててね、蹄人くん」

「もちろんだ。今からでも楽しみで仕方ないさ」

 本音と皮肉を混ぜた返事を返してから。話は終わったと油断した極に、蹄人は先ほどの彼と似たような笑顔を浮かべて言った。

「それはそうと、萌木極くん」

「……う、うん?どうしたの、蹄人くん。そんな気持ちの悪い笑顔を浮かべて」

 お前にだけは言われたくない。蹄人がそう思ったのと同時に、同じことを感じたであろう99がため息を吐く音が聞こえた。

「僕とちょっと、賭けをしないか」

「か、賭け?」

「そう、あの時と同じ賭けだよ。お前が勝ったらまた僕に、好きなことを一つ強制することが出来る」

 ぴんと、蹄人は人差し指を立てて見せる。口元に浮かぶ歪んだ笑みを隠すかのように。

「な、なるほど。じゃあもし、蹄人くんが勝ったら……」

「それもあの時と同じだ。お前の目的を教えてもらうぞ、萌木極」

「……いいだろう、乗った」

 さっきまでの動揺した態度が嘘のように、極は不敵に笑い返すと指を鳴らした。彼の合図に応え、99が新しいセットアップボトルをテーブルの上に置く。

「二度目の人形決闘だからと言って、負けるつもりはないからね。僕が勝ったらそうだな……また配信で戦ってもらおうかな」

「ああ。何度だって、戦ってやるさ」

「グッド。それじゃあ早速……」

 極の傍らに立っていた99が、セットアップボトルの前に移動したが。蹄人の傍に立つスカーレットは、動く気配がない。

「……どうしたんだい、早く来なよ」

 不審に思った極が、苛立ちの混じった挑発を投げかけてくるのに対し、蹄人はスカーレットとアイコンタクトを取ってから、強気な顔で言った。

「勘違いするな、お前と戦う人形は、スカーレットじゃない」

 蹄人が手を叩くと、部屋の扉が開く。今日ここに来る前に、蹄人とスカーレットと共に、話し合って決めておいたことなのだ。

 入ってきた人形を見た瞬間、極の顔から笑みが消え、トラウマと驚きによって引きつるのが分かった。

 何故なら彼は以前、その人形と蹄人のバディに、こっぴどく負けたことがあるのだから。

「改めて、僕とスカーレットの関係をずたずたに引き裂いてくれたお礼として、去年のラストホープ・グランプリの悪夢を思い出させてあげるよ、萌木極」

 スカーレットとハイタッチを交わして、入れ替わったミルキーウェイがセットアップボトルの前に立つと。極は頭を抱えながらも、どこか満足した様子で言った。

「やっぱり、蹄人くんは僕を飽きさせないな。ほんとに」

 賭けに乗った以上、降りることは負けを意味する。

 スカーレットが静かに見守る中、ミルキーウェイと99が、セットアップボトルに手をかけた。

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