第二期 人形決闘部編

EPISODE6 部活への殴り込み

 スカーレットを連れて、放課後の筒道高校の校門をくぐると。付近にたむろしていた生徒たちが、軽くざわめいたのが分かった。

「あいつ、新しい人形と契約したのか」

「パートナーに見捨てられたのに、まだ懲りてないのか」

 いつも通りの隠れていない陰口が始まるが、何度も繰り返されてきたことにより、もうとっくに慣れてしまっている。

 慣れ切った陰口でも、今までは心にダメージを受けてきたが。今日はむしろ、嫉妬からくる僻みのように感じられて、全く痛くもかゆくもなかった。

「蹄人―――」

「気にするな。他人の意見なんかで、お前の価値も、僕の価値も、何も変わりはしないんだ。だから全部無視して、堂々と歩け」

 眼鏡を押し上げて、蹄人は胸を張ると、大股で校舎に向かって歩き出す。背後から、同じように堂々とした態度で、スカーレットが付いてくるのが分かった。

 筒道高校の人形決闘部は、本校舎の横に併設された別棟の三階にある。全国の頂点にはあと一歩及ばないことも多いが、確かな実力のある強豪部活である。

 特に昨年は、全国大会の個人部門で、準優勝者を輩出している。その人形師は今、部長を務めているはずだ。

 出来ることならそいつと戦いたいところだが、ランキングから追放されている身として、選り好みするつもりはない。

 三階の最も大きな部室の扉をノックし、勢いよく開け放って。蹄人は中にいた部員に対して思い切り叫んだ。

「世界大会ベスト4の僕と、戦ってくれる人は誰かいませんか、人形決闘部のみなさん」

 あからさまな挑発に、部屋の中にいた全員が蹄人に顔を向ける。中には鬼のような形相で、こちらを睨みつけてくる人物もいた。

 しかし怒りに任せて襲い掛かってくる人間は、意外なことに誰一人としておらず。少し間をおいてから、愛想笑いを浮かべた一人の少女が前に進み出てきた。

「戦うって、君人形持ってないでしょ」

「ここにいる私のことが、お前は見えないのか」

 蹄人の横に立つスカーレットが、一歩進み出る。少女は驚いたように目を見張ると、再び元の愛想笑いに顔を戻す。

「なるほど。新しい人形と契約したから、その実力を試したいと。ですがパートナーに見放されて、ランキングから追放された君と、戦いたい人物なんてここに一人もいませんよ」

「そうか。僕がランキングに参加してないことを言い訳にして、逃げるんだな」

 ぴくり。少女の眉が動いたのが分かった。こちらの挑発が、しっかりと効果を発揮しているのだろう。

 あと一押しで、彼女の牙城は崩れ去ることだろう。

「何も僕は、世界大会ベスト4だってことを、威張り散らすために主張したんじゃない。むしろその逆、僕に勝利すれば、世界大会ベスト4の人間を倒したってことになるんだよね」

「……」

「たとえ野良試合でも、その称号は大きいだろうし。何より人形を道具として扱う僕を倒せば、君はヒーローだ」

「……そうですか」

 少女はぱちんと指を鳴らし、乾いた音に応えるように、一体の男性型人形が前に進み出る。

「そこまで言うなら、この筒道高校人形決闘部副部長、田舞鎮世たまいしずよがお相手しますよ」

「副部長。部長ではないんだな」

 蹄人がうっかりこぼすと、鎮世は露骨に顔をしかめて見せる。

「部長は現在人形学について学ぶため、短期留学に行っています―――もっとも、いくら世界大会ベスト4とはいえ、一年のブランクがあるあなたのことなんて、この地区大会優勝者である私で十分ですから」

「残念。でも戦えるなら、それで満足かな」

 さらに表情を強張らせた鎮世は、隣に立つ人形に対して、大きな声で命令を下す。

「タクヤ、セットアップボトルをここに」

 タクヤと呼ばれた人形は、頷いて備品のセットアップボトルを、近くにあったテーブルの上に設置する。

「僕の名前は知ってると思うけど、一応名乗っておこう。藍葉蹄人、パートナーの名前はスカーレット。対戦よろしくお願いします」

「……人形を道具として扱うくせに、対戦前の礼儀だけはしっかりしてるんですね」

 それぞれの合図によって、スカーレットとタクヤが前に進み出る。二体の人形が、ボトルについた取っ手を握りしめ。瞬く間に、展開されたドームの中へと吸い込まれてゆく。


 スパイスや串焼きを販売する、露店の並ぶ夜の市場。それがドームの中に生成された、フィールドの内容だった。

 簡易な屋根から垂れ下がった、丸い提灯の輝く市場の通りで。戦闘形態に姿を変えたスカーレットは、両手に持った銃の撃鉄を素早く起こす。

『図書館よりはましだけど、この市場も厄介なことには変わりないな。スカーレット、暗視オプションを入れてくれ』

 蹄人からの指示に、スカーレットは頷いて、暗視オプションを起動する。たちまち目を覆うように暗視ゴーグルが現れて、暗闇の中でも周囲がはっきりと確認できるようになった。

 だが視界がマシになっても、高低差がなく遮蔽物の多いこのフィールドは、銃タイプにとって戦いづらい。似たような地形で模擬戦を行ったことはあるものの、経験を過信しすぎるのは良くないことだろう。

『まずは敵、タクヤを探すところから―――』

 言葉の途中で、蹄人から「逃走」の命令が下される。回避ではなく、逃走。スカーレットが命令に従い、走り出そうとした瞬間。

 背後から、巨大な輝く盾をもったタクヤが、ものすごい勢いで突っ込んできた。

 スピードはスカーレットの方が早いものの、既に行動に移っていたタクヤの方が、一手先を行っていた。

 盾を持ったタクヤの、パワフルなタックルに。スカーレットの体は跳ね飛ばされて、ヒットポイントが2つ減少するのを感じながら、星のない夜空へと舞い上がる。

『盾タイプか、くそっ。よりによって銃タイプと、トップクラスに相性の悪い奴じゃないかっ』

 頭の中で蹄人が毒づくとともに、今更ながらアナライズ機能が、「盾タイプ」という結果を示す。

 盾タイプの人形は、見た目通り防御に優れた性質を持っている。そのため他の人形と組んで戦う、ダブルス戦に向いていると言われているが。

 シングルスで弱いかというと、そうでもなく。攻撃手段こそ盾の体当たりしかないものの、その防御力を生かした強引でパワフルな戦い方により、生半可な人形を粉砕して勝利をもぎ取ることも多い。

 さらにセットした必殺技によって、通常1つずつしか減少しないヒットポイントを、2つ同時に削り取ることが出来るため、舐めてかかると間違いなく痛い目を見ることになる。

 ただし。ヒットポイントを2つ削る攻撃は強力な代わりに、マジックポイントの消費が激しい。一度放ったら、しばらくは再使用できないだろう。

『着地して体勢を立て直したら、すぐに移動を開始しろ。位置を特定されたら、即座にタックルが来るからな』

「了解!」

 早口で答えて体をひねり、綺麗な着地を決めたスカーレットは。光が消えた盾を構えたタクヤが突っ込んでくる前に、近くにあった露店の中に飛び込んで、中を突き抜け隣の通りに出る。

「……早いな。だがいくら闇に紛れたとしても、完全に気配を消すのは不可能だ」

 特殊機動隊の装備に似た、戦闘形態をしているタクヤは。大きく頑丈そうな盾をしっかり構えて、周囲に意識を集中させているのが分かった。

 少しでも隙を見せたら、その瞬間に強烈なタックルが飛んでくる。露店に置かれた籠や鉄板の陰に隠れても、パワフルな盾の前にはまるで役に立たないだろう。

 反撃したいところだが、あの分厚い盾を弾丸が貫通してくれるとは思えない。走りながら、スカーレットは無意識に歯を食いしばる。

 一体どうすればいいのだろうか、どうすれば、あの盾を攻略できるのだろうか。

『スカーレット』

 微かな焦りを、スカーレットが感じていた時。頭の中で蹄人の、落ち着いた声が聞こえた。

『作戦は決まった。だから道具として、僕に身を任せろ』

 言葉と共に、蹄人から「狙い撃ち」の命令が送られてくる。指定された対象に、スカーレットは狙いを定め、引き金を引く。

 銃声が響き渡り、周囲の様子を伺っていたタクヤが即座に反応する。

「そこかっ」

 盾をしっかり構えて、タクヤは銃声のした方向に突っ込んでいく。しかし既にスカーレットは移動しており、次なる「狙い撃ち」の指令通りに、再び引き金を引き絞る。

「当たってない……いや、銃声で俺を攪乱するつもりか。そうはいかないぞ」

 再び様子見の態勢に入ったタクヤをよそに、スカーレットは相変わらず移動しながら、絶え間なく出される「狙い撃ち」の命令を実行してゆく。

 一発、二発、三発。左手の銃を全弾、右手の銃も四発撃ち終えたところで、タクヤの叫ぶ声が聞こえた。

「攪乱に弾丸を使うぐらいなら、俺に直接ぶち込んだほうが、まだ可能性はあるかもしれないぞ」

 分かり切った挑発。乗るつもりもないし、そもそもこれは攪乱ではない。

 残り二発の弾丸のうち、一発を。タクヤのすぐ近くにある、露店の屋根に下がった提灯に向かって発射する。

 それが最後の、提灯であり。弾丸が的中すると同時に、辺りは完全なる闇に包まれた。

「な……これが狙いかっ」

 光の消失にタクヤが戸惑いを見せた一瞬。彼の背後に、スカーレットは姿を現し。蹄人から下された、「攻撃」の命令に従って引き金を引く。

 放たれた弾丸は、タクヤの背中に直撃し。向こうのヒットポイントを、確実に削り取ってゆく。

 盾タイプの弱点は背後。そもそも背後を取るのが難しいが、取ってしまえば大きなチャンスとなる。

 だが攻撃を命中させたということは、相手にこちらの位置を知らせるということ。即座に反転したタクヤが、盾を構え全速力で突進してくる。

『近くにあるスパイスをぶちまけろっ』

 蹄人が叫ぶと同時に、スカーレットは近くの露店に置かれていたスパイスの籠を掴んで投げる。直後、タクヤのタックルが再び、スカーレットの体を跳ね飛ばした。

 ただし今度は盾が光っておらず、減少するヒットポイントは1つだけ。もっともこれで残りのヒットポイントは2になり、あの光る盾の一撃を食らえば、敗北してしまうことになるのだが。

「煙幕か、小癪な真似を」

 広がったスパイスの中で、地面に着地したスカーレットは、すぐに体勢を立て直す。リロード終了まで、あと十秒。

「そうか。この煙幕に紛れて、再び俺の背後を取るつもりか。甘い、その程度のことで俺に勝てると思うのかっ」

 煙幕の中、タクヤは素早く方向転換し、必殺技である輝く盾を発動する。煙幕が晴れるのを待つまでもなく、ここで決めるようだ。

 前方に、真っ直ぐ。圧倒的な力のこもった、強烈極まりないタックル。

 しかし光の盾が、再三度スカーレットの体を跳ね飛ばすことはなかった。

 それもそのはず。スカーレットはタクヤの背後を取ろうとなんてしていなかったのだ。

 ただその場から動かず、リロードの完了を待って。完了と同時に下された、『連射攻撃』の命令に従い。スカーレットは逆方向への突進によって、がら空きになったタクヤの背中に、装填された全弾を容赦なく叩き込んだ。

『相手は盾タイプの戦闘の定石を理解している。だからこそ煙幕を張れば、背後を取るんじゃないかと深読みする。だから待機でリロードを待って、逆方向に攻撃した奴の背中に全弾ぶち込んでやる』

 十秒前。着地と同時に、蹄人から下された「待機」の命令に。スカーレットは彼の作戦をはっきりと理解した。

 スパイスの煙幕は、あくまでも目くらまし。本命は照明を破壊して作り出した暗闇に、身を潜めて待機すること。

 提灯を破壊したのも、反撃されることを覚悟のうえで、タクヤの背後から一発叩き込んだのも。すべては勝利のための、布石だったのだ。

『弱点を突くのが難しいなら、向こうから弱点をさらけ出すよう、仕向けてやればいい』

 放った弾丸がしっかりと命中し。残っていた相手のヒットポイント4点を、綺麗に削り取ったのを感じながら。

 スカーレットは勝利の証として白く染まる視界の中、銃を下ろして笑みを浮かべた。

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