EPISODE8 曲がる弾丸

 人形決闘部を壊滅させた、翌日。

「そろそろ必殺技を、登録しようと思う」

 学校の前で待ち合わせていた、スカーレットを連れて巻の工房兼自宅を訪れた蹄人は、部屋の中に入るなりそう言い放った。

「ということでマッキー、ボトルを用意してくれ」

 片手を出す蹄人に対し、ノートパソコンで通信制高校の課題をこなしていた巻は、至極呆れた表情を向けてくる。

「え、逆にまだ登録してなかったのか……ま、いいけどさ」

 課題の保存ボタンを押すと、巻は部屋の片隅にある棚から、練習用のセットアップボトルを取り出してテーブルに置く。

「今回はカットに相手させなくていいよな」

「うん。僕とスカーレットだけで十分だ」

 そもそもカットは今、ビルの二階にある飲食店の手伝いに行っている。巻お手製の料理オプションを搭載したカットの料理は、各方面から評判がいいのだ。

「スカーレット、必殺技についてどのぐらい知ってるか教えてくれ」

 スマートフォンを取り出して、人形管理協会のアカウントを開きながら、蹄人はボトルの前に移動したスカーレットに問いかける。

「……知識はあるが、実際に使ったことや、登録したことはないな」

 振り向いたスカーレットの申し訳なさそうな表情に、蹄人は納得したように頷いて見せる。前のパートナーが人形決闘をあまりやらなかったという時点で、予想はしていたことだ。

「それじゃあ説明しながらやっていこう。スカーレット、ドームの中に入ってくれ」

 管理協会のアカウントを操作し、必殺技の登録画面を表示して、ボトルの識別番号とスカーレットの登録番号を手早く入力する蹄人の前で。

 スカーレットはボトルの取っ手に触れ、ドームの中へと吸い込まれていった。


 ドームの内部は、いつもの真っ白な四角い部屋だった。

『それじゃあ、まずは必殺技についての確認だ。記録されている知識を呼び出してくれ』

 頭の中に響いた、蹄人の声に指示された通り。スカーレットは己の中枢部分に記録された、必殺技に関する知識を呼び出した。

 必殺技は、一体の人形に五つまで登録できる、特殊な技のことである。正式名称は「人形決闘用戦闘技能」だが、大体の人形師は「必殺技」と呼んでいる。

『例えば炎を纏った剣や、あのタクヤの光る盾なんかも、必殺技の類になる。編み出した強力な技を、操作糸で繋がった五本の指に紐づけて登録し、戦闘中にいつでも出せるようにしておくんだ』

 もっとも単純なものならともかく、大技になるとコストとしてマジックポイントを大きく消耗するため、連発することは不可能なのだが。

 切り札があるのとないのでは、これから積み重ねていくであろう戦いの難易度が大きく変わっていくことだろう。

『定石としては、三本はコスト低めの技にして、残り二つに大技を入れておく。ということでまずは、低コストの方からやっていこうか』

 蹄人から「撃て」の命令が下されて、スカーレットは銃の撃鉄を起こすと、正面の壁に向かって引き金を引く。

 放たれた弾丸は、真っ直ぐ壁に突き刺さって、白い壁面に穴をあけた。

『いい感じだな。だけどこれじゃあ、必殺技にはならない……今からその弾丸を、「曲がる」ようにする』

 言葉と共に、スカーレットの背後に二枚の的が現れる。正面ではなく、背後に。

『曲がる弾丸は銃タイプの、もっともメジャーな必殺技だ。正面に弾丸を撃って、あの的に当たるようにする。もちろん通常の射撃と、同じ精度で』

「なるほど。なかなか骨が折れそうだ」

『安心しろ。課題はむしろ、使い手である僕の方にある』

 意味深な言葉と共に送られてきた「曲がる弾丸」の命令に従って、スカーレットは両手の銃から弾丸を発射する。

 背後の的を意識しながら、撃ったつもりではあるものの。弾丸はすべて正面の壁に食い込み、曲がることは一切ない。

『……スカーレット、必殺技を使ったことがないということは、マジックポイントを使ったことがないってことだよな』

 リロードの待ち時間に、蹄人から投げかけられた問いかけに、スカーレットは即座に頷く。

 マジックポイントの存在は知っていたが、前の主人である優太は、それを使い始める前に人形決闘をやめてしまった。

『道理で。それじゃあ次は、弾丸に強い意志を込める感じでやってみてくれ』

「了解」

 ちょうど再装填の終了した銃を構えて、スカーレットは「曲がれ」と念じるように、弾丸を発射する。

 だがやはり全弾が、正面の壁に真っ直ぐ突き刺さる。本当に弾丸が曲がるのかと、疑わしく思えるぐらい綺麗に鮮やかに。

『違う……マジックポイントが全然減ってない。これじゃあ曲がるわけがない』

 蹄人が考え込んでいるのが分かった。その原因が、自分がマジックポイントを使うことが出来ず、いつまで経っても曲がる弾丸を撃てないことだというのは明白だった。

「……済まない」

 銃を下げて俯き、スカーレットが自分の不甲斐なさを詫びると。少し怒ったような返事が聞こえてきた。

『なんでお前が謝るんだ。使い手である僕が、マジックポイントの使い方を上手く教えられないせいだ。道具であるお前は、何も悪くない』

「でも……」

『でもじゃない。くよくよしてる暇があったら、僕の道具としてその銃を撃ち続けろっ』

 叫びと共に送られてきた、「発射」の命令に従って。スカーレットは銃を構え、連続で引き金を引く。

 最初に蹄人は、「課題は使い手である自分の方にある」と言っていたが、その意味が今はっきりと分かった。

 マジックポイントを使いこなせないスカーレットが悪いのではなく、マジックポイントの使い方を上手に教えることのできない自分が悪いと、蹄人は考えているのだ。スカーレットを「道具」として、上手く使いこなせない自分が悪いのだと。

 人形を「道具」として扱う彼なりの矜持。人形を「道具」として扱うなら、すべての責任は使い手にあると。

 もっとも。言葉の裏に蹄人なりの、気遣いと励ましが隠れていることに、スカーレットはちゃんと気が付いているのだが。

 自分はそんな蹄人の思いに、応えられるだろうか。人形を「道具」だと言い張るくせに、何よりも人形のことを考えてくれる彼の期待に、ちゃんと応えることが出来るのだろうか。

 放たれた弾丸はやはり、正面の壁に突き刺さる。気が付けば壁は弾痕だらけだったが、背後の的は綺麗なままなのだろう。

 駄目なのか、自分は蹄人の期待に、応えられないのか。心の中に焦りと絶望が湧き上がってくるのを感じながら、スカーレットはリロードの終了を待つ。

『……違う』

 俯くスカーレットの頭の中で。蹄人の力強い声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

『期待に応えられるか、なんて思うな。お前は道具なんだ、ただ僕の指示する通りに、銃を撃っていればいいんだ』

「蹄人……」

『だから。「」と思うんじゃなくて、「」と思って銃を撃て。お前は道具なんだ、出来ないかもしれないじゃない、元から出来る機能が備わってるはずなんだ』

「……そうか」

 目から鱗が落ちた気分だった。「道具」のくせに、主人の期待に応えようなんて、なんて差し出がましいことを思っていたのだろう。

 自分は蹄人の、「道具」なのだ。命令に従って、戦うと誓ったはずなのに。何をごちゃごちゃと、思い悩んでいたのだろうか。

 正面の壁に銃口を向け、引き金を引く。蹄人が「弾丸を曲げろ」と指示を送り、自分に命令を実行できる、機能が備わっているのなら。

 弾丸は、曲がらないはずがないのだ。

 背後にあった二つの的の中心に、U字の軌道を描いて深紅の弾丸が命中すると同時に。蹄人が安堵したように、息を吐き出したのが分かった。

『よくやった、スカーレット』

 あんなことを言いながら、蹄人も内心では不安だったのだろう。ただし良い意味でも悪い意味でも素直でないのが、藍葉蹄人という人間なのだ。

『……マジックポイントが減っている。今の感覚を忘れずに、しっかりと覚えておけよ』

「分かった。何度か繰り返せば、完全にコツが掴めると思う」

『第一歩前進、と言いたいところだけど。まだ登録スロットは四本ある、連射攻撃を必殺技として登録したとしても、あと三本だ。先はまだまだ、長いからな』

「大丈夫。君が導いてくれるんだろう、私のことを。ならきっと、他の必殺技もすぐに生み出せるさ」

 スカーレットなりに、蹄人に信頼を伝えたつもりだったのだが。気に食わなかったのか、あるいは照れているのか、ただ一言「帰還」の命令が送られてきた。

 きっと後者なのだろう。そう思い微笑みながら、スカーレットは命令通り、ドームの外へと帰還する。


 夕食は手伝いから帰ってきたカットが、お手製の賄い料理を持ってきてくれた。

 実をいうと、このカットの料理が楽しみで、巻のところに入り浸っているというのはある。もっとも口に出せば、「晩飯代払え」と文句を言われることになるので、絶対に言いはしないのだが。

「で、必殺技特訓の調子はどうよ」

 キャベツとニンジンがたっぷりと入った、焼うどんを頬張る蹄人に、巻がフォークを向けて聞いてきた。

「それなりってところかな。編み出せたところで、実戦で使いこなせるかどうかもまた試してみなくちゃならないだろうし」

「またカットに相手させようか」

「そうだな、また頼むかもしれない」

 巻の背後に立つカットに視線を向けると、カットは無言で頷いて返す。

 蹄人が再び焼うどんに視線を戻すと。今度はポテトサラダを咀嚼して飲み込んだ巻が、片手で頬杖をついてスカーレットに視線を向ける。

「ところでスカーレットのその服、新しく買ったのか」

 スカーレットは以前購入した衣服に加えて、新たにデニム風のジャケットを羽織っていた。あれからいくつかの店を梯子して、模造繊維のデニム風ジャケットを見つけたのだ。

 本物のデニム地のジャケットは、諦めるしかなかったが。模造繊維の代用品でも、妥協できるぐらいには良い感じに見えるものだ。

「ちょっと強い相手と戦うかもしれないから、おめかしさせておきたかったんだよ」

「強い相手?」

「この前ぶっ潰してきた人形決闘部の部長で、全国大会準優勝の、詩霜双矢っていう奴」

 これから対戦するかもしれない相手のことは、徹底的に調べる。人形師として、当然のことだろう。

 筒道高校三年生、人形決闘部部長、第百五十八回全国人形決闘大会個人部門準優勝。現在特待生として、海外の高校に人形学を学びに留学中。

 田舞鎮世の言葉が本当なら、帰ってきた詩霜双矢は、間違いなく自分たちに戦いを挑んでくるだろう。

 部の面子を潰されたせいか、人形は道具ではないと思い知らせるためか、世界大会ベスト4を倒したいのか、理由は何だっていい。

 確かな実力を持った、強い相手と人形決闘が出来る。それだけでもう、楽しみで仕方がないのだ。

「へぇ、楽しそうじゃん、蹄人」

 そんな蹄人の内心を見透かしたのか、にやにやと笑う巻に対し。蹄人は軽く眼鏡を押し上げると、わざとらしいしかめ面を浮かべて首を横に振る。

「別に、全然。楽しみなんて、思ってないから」

 もっとも、蹄人がよく本心と逆のことを言いがちな人間だということは、ここにいる全員が良く分かっていることなのだが。

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