EPISODE12 道は続く

 スカーレットとアリスが外に戻り、卓の上に置かれたドームが消え去ってゆくと。目の前に立つ双矢が、がっくりと膝をついた。

「負けた……なんでアリスの追尾矢に、「印」をつける機能が搭載されていると気づいたんだ」

 双矢の問いに、若干乱れた呼吸を整えた蹄人は答える。

「先輩の公式戦の映像を全部見てみたら、何戦か明らかにおかしい動きをしていました。原因を分析してみたら、敵の位置が分かっていたからこその動きなんじゃないかと気づいたんです。その時ちょうど読んでいた本に、追尾弾の『亜種』について、『印』をつける機能について書かれていたから、これを使ったんじゃないかと思いました」

 要するにすべて、下調べの賜物ということである。全試合見返すのは骨が折れたものの、やるだけの価値はあったということだ。

「くそ……僕も結構、調べたつもりだったんだけどな」

 双矢は悔しそうに、拳で体育館の床を叩く。

 体育館は人形決闘が始まる前と打って変わって、しんと静まり返っていた。

ここにいる誰もが、双矢が勝って蹄人に負けて欲しいと思っていたのだろう。しかし願いと逆になってしまった現実に、言葉を失っているというところか。

 別に盛大なブーイングを浴びせられても良かったのだが、この静かな状況も案外悪くないだろう。

「……対戦ありがとうございました、先輩」

 礼儀として頭を下げて、蹄人は双矢に背を向ける。やはり全国準優勝だけあって、満足のいく楽しい戦いだった。

 結果的には人形決闘部の面子を完全に潰してしまったのはやや申し訳ないが、多くの人形決闘を積み重ね、最終的に強い相手を打ち倒すことが出来て、もはや文句はない。

 だから何か余計なことを言われる前に、この場を去ってしまおう。そう思い、蹄人はスカーレットを伴って歩みだそうとしたのだが。

「待て、待ってくれっ」

 背後から双矢に呼び止められ、蹄人は仕方なく振り向いた。

「何ですか、先輩。僕にまだ、何かあるんですか」

 負け惜しみでも言われるのか、こんなことをした理由を問われるのか。やや身構える蹄人に、立ち上がった双矢は言った。

「……僕はずっと、君のことが怖かったんだ」

「……は?」

 予想外の一言に、蹄人は目を点にしながら聞き返す。今双矢の放った言葉は、冗談か皮肉か何かだろうか。

 しかし正面に立つ双矢の顔は、真剣そのものだった。

「パートナーに見放されたとはいえ、世界大会ベスト4の君に、僕の地位や才能を脅かされることが、ずっと怖くて仕方がなかったんだ」

 どうやら、双矢は本気で言っているらしい。そのことに気が付いた蹄人は、何とも言えない表情を浮かべる。

「買い被りすぎですよ、先輩。なんたって僕はついこの間まで、ミルキーウェイのことを引きずりながら、独りでうじうじしてたやつなんですから」

「だが今君は、スカーレットという新たな人形と契約して、僕の恐れていた通りに、僕を打ち倒してくれた」

「それは……」

 蹄人は今まで自分が天才であると、一度も思ったことはなかった。過去の栄光を誇張するのは、あくまで相手を挑発したり、自分を奮い立たせたりするためであり、決して自惚れ驕ることはしないと心に誓っている。

 何故なら、この世には蒼井結翔という、自分以上の天才がいて。彼に比べれば自分なんか、足元にも及ばなくて。この程度で自惚れてなんかいたら、あまりにも馬鹿みたいだから。

 だからやはり、双矢は自分を買い被りすぎている。藍葉蹄人は憎まれこそすれ、恐れられるような人間ではないのだ。

 だがもちろん。そんな内心を口に出すことはしない。大袈裟な謙遜は、却って皮肉に感じられるからだ。

「……でも不思議なことに。君に負けることをあんなにも恐れていたのに、いざ負けてみるとむしろこれで良かったと思えるんだ」

 そんな抱く蹄人に対して、双矢は胸に手を当てて目を閉じる。

「ありがとう、僕とアリスと対戦してくれて。ありがとう、僕にやっと、才能の限界を受け入れさせてくれて」

「……」

「僕は今日限りで、人形決闘部の部長をやめて、引退する。受験勉強もあることだしね」

「……そうですか」

 人形決闘をやめる、と言わなかったのは、まだ未練があるからだろう。ただ未練がありながらも、今回の一線で心の整理はついたということなのだろうか。

 だったら。蹄人は双矢に対して、少しだけ笑みを浮かべて見せる。

「途切れた先に、道がないとは限りませんよ、先輩」

「……えっ」

「別に何でもないです。ほらスカーレット、帰るぞ」

 きょとんとする双矢に背を向けて、改めてスカーレットにアイコンタクトを送ると、蹄人は今度こそ体育館の出口に向かって歩き出す。

 やっと我に返った観客たちが、思い出したようにブーイングを送ってくるが、もはやどうでもいいことだった。

 ミルキーウェイに見放されて、大会とランキングへの参加権を剥奪されて、心を折られて腐っていた自分も。スカーレットと出会って、こうして立ち直ることが出来たのだ。

 たとえ部長を引退しても、人形決闘をやめても、双矢の人生が終わるわけではない。途切れたからと言って、行き止まりとは限らない。たとえ大きな壁があったとしても、乗り越えたりぶち壊したりして、また新たな道を作り進んでいけばいいだけなのだ。

「そうだ蹄人、忘れていたんだが」

「どうしたんだ、スカーレット」

 薄暗い廊下の中で隣を歩く、スカーレットに蹄人が顔を向けると。スカーレットは心底嬉しそうな、笑顔を返してくれた。

「ここに来る前に巻に、カットがご馳走を用意してくれているから、勝っても負けても絶対に蹄人を連れてくるように言われていたんだ」

「マジか。さすが巻だ、気が利く」

「なんでも勝ったら祝勝会で、負けたら残念会にするつもりだったらしい」

「……やっぱり余計なお世話だったか」

 ため息をつきつつも、内心ではカットの作る料理を楽しみにしながら、蹄人はスカーレットと共に帰路につく。

 当面の目標としていた、人形決闘部部長・詩霜双矢のだ棟は達成した。

これからどうするか、まだ決めていないのだが。とりあえずカットの料理をお腹いっぱい食べてから、ゆっくり考えればいいだろう。


 勝者である藍葉蹄人が体育館を去った後、敗者である詩霜双矢に人形決闘部の部員たちが駆け寄るところまで、きっちりとカメラに収めてから。

 録画停止ボタンを押して保存すると、データを手早くクラウドに保存して、その少年はスマートフォンを仕舞った。

 一応変装として、筒道高校の制服を身に着けているものの。派手な金髪と紫のピアスはあまりにも目立ちすぎるせいで、こうして体育館の二階からひそかに、試合の様子を撮影していたのだ。

「なかなか調子良さそうじゃん、蹄人くん」

 撮影した映像を公開する必要はないだろう。わざわざ自分がやらなくても、他の生徒がやってくれるはずだ。

 あの藍葉蹄人が新たな人形と契約して、復活したと知ったら、群衆たちはどんな反応を示すだろう。大方批判的なのは予想できるのだが、中には応援する人間もでてくるだろうか。

「楽しみだなあ、ほんと、めっちゃ楽しみだ」

 自分の撮った映像は、大勢の群衆よりも価値のある人間に見せるつもりだ。そう、かつて藍葉蹄人を倒し、人形決闘の頂点に上り詰めた彼に。

「結翔くんこの映像観たら、どんな顔をするのかな。怒るのか、悲しむのか、あるいは喜ぶのかな」

 口笛を吹き、スキップ気味の足取りで、少年は体育館の二階から降り、観客たちに紛れて体育館を後にする。

 そのまま校舎を出て、校門をくぐり、学校の外に飛び出すと。真っ直ぐ駅に向かって、コインロッカーからナイロン製のバッグを取り出す。

 バッグを持ってトイレに駆け込んでから五分後。私服へと着替えを済ませた少年は、改札を通って電車に乗り込み、いくつか乗り継いで「霧狩」という名前の駅に向かう。

 駅前には主人の帰りを待つ大勢の人形が立っており、少し辺りを見回すと、売店のすぐ横に少年の伴侶人形が立っていた。

 長い青紫の髪に、装飾品の眼鏡をかけた人形は、少年に気が付くと駆け寄ってくる。

「お帰りなさい、マスター。どうでしたか、藍葉蹄人は」

「ただいま、99ダブルナイン。予想通り、勝利してたよ。なんだかんだ言って、実力あるからねえ、彼は」

「それは良かったですね。で、この後どうしますか、結翔さんにこのことを伝えに行きます?」

 99の問いかけに、少年は静かに頭を振って見せる。

「いんや。結翔くんは今日、美衣華ちゃんとデート中だからね。邪魔しちゃ悪いよ」

「そうですか、では」

「美味しいものでも、食べにいこう。蹄人くんの勝利を、お祝いしてね」

 片目を瞑って、少年はポケットから取り出したスマートフォンの画面を人形に見せる。先程電車の中で、この近所にある美味しいレストランを調べておいたのだ。

「分かりました、行きましょうか」

 自分は食べられないせいか、99は長々としたため息を吐き出しつつ。少年と並んで、駅の外に出る。

 売店の前を通り過ぎた時、店主が目を見張って、手元の雑誌に視線を落とした気がしたが。無視して一直線に、バス乗り場へと向かう。

 バスを待つ間も、周囲から視線を向けられ囁かれ。少年はやれやれと、隣に立つ99の肩を叩く。

「まったく、僕は単なる結翔くんの腰巾着なのに、どうしてこんなに有名になっちゃったんだか」

「そりゃあ、ドールマスターの一番の親友なんですから。有名にならない方が無理ですよ」

「だってたまたま席が隣だっただけなんだもん……それで『蒼井結翔の相棒にして最大の理解者』なんて言われちゃ、たまったもんじゃないよ」

「恥ずかしいんですか、その肩書」

「うん。それに、結翔くんの最大の相棒にして理解者は、ハルカちゃん以外あり得ないから。僕が名乗れる称号じゃないよ」

 少年がぼんやりとそう呟いた時、後ろから何者かに肩を叩かれ、振り向いた。

 立っていたのは同い年か少し下ぐらいの女子高生であり。彼女の手には、少年が表紙を飾った人形決闘の専門誌が握られている。

「あ、あの、萌木極もえぎきめるさんですよねっ、私、ファンなんです、よろしければサインを―――」

「ああ、実は僕も彼のファンでね。いろいろと真似してるんだよ、これ」

 営業スマイルを浮かべて、やんわりとサインを断ると。ちょうどバスが滑り込んできた。

 バスに乗り込み、一番奥の席に座ると。少年、萌木極はため息を吐き出す。

「僕こういうの苦手なはずなんだけど、どうしてこうなっちゃったのかなあ」

「成り行きと自業自得ですよ。嫌なら撮影を断ればよかったじゃないですか」

「……だって、あの雑誌毎週買って読んでたんだもん」

 ワザとらしくもじもじして見せる極に、隣に立つ99がまた、深いため息を吐き出す。

 主人に呆れる99に、申し訳なさそうに笑いかけてから、極は汚れたバスの窓に顔を向ける。

「でも、楽しみだねえ99。果たして彼はちゃんと、『』になってくれるのか」

「ええ、楽しみですね、マスター」

 バスが通り過ぎた店のショウウィンドウに、公式試合に挑む蒼井結翔の姿を映す、テレビが置かれているのが見えた。

 今日の結翔は鉄槌タイプの人形を使って、パワフルな戦法で敵を圧倒しているようだった。

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