第19話
一夜が明けた。
「ひどい有様ね」
リーアは言った。私もそう思った。私達は馬車の外で目の前の朝日に照らされる光景を見ていた。昨日どこまでも広がっているように見えた森は一面が炭化し焼け野原となっていた。残り火もチロチロと燃えている。
「良く生き残れたもんだ。火除けが無かったら今頃死んでるぜ」
ダリルが大きく伸びをしながら言った。
結局、私達はあの龍が去った後も森を出られず、一晩を燃えさかる森の中で過ごした。生きた心地がしないとはこのことなのだろうが、火除けの効果は抜群だった。どれだけ森が燃えようが私達にはなんの被害もなかった。燃えることもないし熱を感じることもない。ただ、馬車の中に居るだけで一晩が過ぎた。しかし、やはり業火の中で過ごす一晩が気が休まるはずもなく、結局一人を除いて全員が眠りにつけなかった。
「その火除けももう壊れちゃったし、次はもう無いわ」
リーアの手元にある火除けの牛の像は砕けて3つに分かれていた。一晩丸々業火を防いだ火除けの呪具はその限界を向かえ、その力を失い壊れてしまったのだ。
つまり、次はもうあの龍人の火を直接耐える手段がなくなったのだった。
「まぁ、でも死ななかっただけましね。日暮れまでには王都に着く算段だし。寝込みを襲われることはもうないわ」
「だが、安全なわけじゃねぇ。せいぜい上手く王都に着くことを祈るぜ」
馬車は今から出発だった。そして、昨日と同じ作戦で進んでいくことになる。隠遁の魔術をかけつつ、隠れ道を進んでいくことになるのだ。
隠れ道を進んでいる間は昨日の通りに行けば順調に進むはずだった。
だが、隠れ道は王都の手前で途切れる。そこから王都までは一時間もないが、その時間がまさしく決死の行軍となるのだった。
「ああ、疲れる。今日も一日魔術使い通しか。で、なんでこいつはすやすや寝てんのよ!」
リーアは地団駄を踏む。その怒りの矛先はレイヴンだった。彼は馬車の中ですやすやと眠っている。
レイヴンはどういう神経をしているのか、龍が去って火除けの効果が万全と分かるや「じゃあ、僕は寝る」と言って再び寝始めたのだ。
揺すっても起きはしなかった。リーアが魔術を使っても、魔術への防壁を張っているらしく今度は効きもしなかった。
誰もレイヴンを起こすことは出来なかった。傍若無人極まっていた。
「ほっとけ。付き合う方が疲れる」
「ああ、もう!」
リーアがこれだけ喚いてもレイヴンはやはり起きなかった。恐るべき寝付きだった。
「こんなところで油を売っていても仕方ありませんよ。さっさと出発しましょう」
馬車の中からサヤが言う。片手には大きなパンが握られ、口はもぐもぐと動いていた。勝手に一人で朝飯を食っているらしかった。食い意地が張っているのかもしれない。
とにもかくにも出発するしかなかった。ここで焼け野原を眺めていても時間が過ぎていくだけだ。
早く王都に入ってしまわなければならない。王都に入りさえすれば向こうは派手な動きは仕掛けてこないはずだった。カンパニーといえどひと目に付くことは避けるらしい。
暗殺まがいの工作は仕掛けてくるかも知れなかったがあの龍が暴れるということはないだろうというのがリーアの読みだった。そして、暗殺まがいの工作程度なら魔術でどうとでもなるらしい。
カンパニーは闇の秘密結社だ。なので、その実態を大衆に知られたくはないらしいのである。
だから、私達はとにかくできるだけ早く王都に入らなくてはならないのだ。
「ああ、身体がダルい。寝ないのなんて今回に限った話でもないけど、特別疲れてるわ」
「状況が状況だ。こんな仕事も今まで10回もねぇしな」
だが、10回ほどはあるらしかった。【トネリコの梢】恐るべしといったところか。私のような凡夫にはリーアたちの日常は想像もつかなかった。
そういう訳で、私達は焼け野原を離れ馬車に乗り込む。ダリルが馬に合図すると馬車はゆっくり走り出した。
焼けて倒れた木なんかを避けながら走るので馬車の速度はゆっくりだった。森を抜けるまではこの調子だろう。
すやすやと寝息を立てるレイヴンの横で私達もパンを手に取り朝食を取った。
「日暮れまでなにも起きなきゃ良いんだけどねぇ」
リーアは眉を寄せながら言う。
そんなリーアにサヤが、
「ていうか、ぶっちゃけリーアが本気出してもあの龍どうにもならないんですか? 『瑠璃のリーア』が本気出しても」
「さぁ、どうだろ。相手は龍だしなぁ。そもそも、私の全力の魔術が効くのかっていう。それにあんまり本気出したくないし」
サヤの言葉にリーアはますます眉を寄せるのだった。なにか秘策のようなものはリーアにもあるらしかった。
「まぁ、私もまだ本気出してないですしね。本気出せばあんな奴真っ二つです」
サヤは口いっぱいにパンを詰め込みながら言った。頬がモコモコに膨れていた。
「それは負け惜しみじゃないの?」
「いいえ、次やったら私が勝ちます。昨日だって飛び出して斬りかかりたかったんですから。空気を読んで出なかっただけです」
「自分を抑えてくれて本当に良かったわ.....」
私もそう思った。
「クレアさん...クレアさん........。息(ブレス)....息(ブレス).....良く喋る龍だ.....」
そんな私達の横でレイヴンがむにゃむにゃと寝言をかまし、リーアとサヤはいらつくのだった。
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