第20話


 とある街のとある公園。その隅。レンガ造りの塀にもたれるように女が立っていた。目の前には大男。雑に切りそろえられた髪にくたびれた服。大男は脇に生えている杉の木の枝に頭がぶつかりそうになりながら佇んでいた。

「つまり、見つからなかったというわけだなズライグ」

 女は言った。今し方大男から話された話に対する返答だった。

 大男は黙ってうなずいた。

「組織の指令を遂行できなかった。そこは分かっているだろうな」

 女は鋭い目で言った。大男を糾弾する目。

 前にしただけで震えるような女のそんな表情にしかし大男は再び黙ってうなずくだけだった。

「次はないぞズライグ。お前も、そして私も使える駒だから生かされているということを忘れるな。失敗は許されない」

「分かっている」

 大男は言った。

 およそ、大男を殺せるものが居るのか疑問ではあったが、それが居るのが彼らの属している組織なのだろう。

 女はそんな大男の言葉を聞くと、その鋭い目を大男から外した。懐から紙巻き煙草を

1本取り出し、そしてくわえると火を付けた。

 深く息を吸い込み、吐き出す。紫煙が曇りがちな空に昇っていった。

「向こうも手練れだ。しかし、これだけやって痕跡さえ見つからないとは予想外だった。【トネリコの梢】の隠れ道。噂には聞いていたがこれほどとはな」

「燃やせる森は全部燃やした」

「ああ、だからそこには居なかったのか、もしくはなんらかの方法でお前の炎を凌いだか。まぁ、炎を凌ぐだけなら手段がないわけではないからな」

 大男は少し不機嫌そうに眉を歪めた。自分の能力の評価が不服だったらしい。

「機嫌を損ねるな。純然たる事実だ。受け止めろ。だが、魔獣の網に引っかかったのが1回、それも討伐したものも影も形もなし。忌々しい。我々の研究の成果をあざ笑われているかのようだ」

「だが、今日は必ず現れる」

「ああ、そうだ」

 女は不気味な口の端をつり上げる笑い方で笑った。見る者が見ればそれだけでこの女と関わり合いを避けたくなるような笑い方だった。

「今日、必ず叩く。そして、この仕事を終わらせる」

「ああ」

 大男はずっと同じ抑揚のない調子で答えた。

 二人は、今日で自分たちの仕事が終わると確信していた。必ず捜し物は見つかるのだと。

 そこで、女はふと大男の後に目を移した。公園の中へと。ありふれた日常が繰り広げられているそこへと。

「見ろズライグ。あの有様だ」

 大男は言われた通りにそれを見る。その目は濁りきっていた。

 対する女の目は死人のようだった。

「連中は幸せだそうだ。仕事の合間をあそこで過ごしている者も居るだろう。たまの休日をあそこで過ごしているものも居るだろう。晩年を迎え穏やかに過ごしているものも居るだろう」

 女は淡々とした口調で言う。そして、また紫煙をくゆらせた。

「救えん話だ」

 女は魂の抜けたような顔でそのまま曇った空を見あげた。

 大男は黙って女を見ていた。

 女はやがて視線を大男に戻した。元通りに魔物のような雰囲気になっていた。

「さて、少し脱線したな。話の続きだ。これが最後になるが、ズライグ。ジグ・フォールは生け捕りだ」

「殺さないのか」

「生け捕った後に死んでもらうことになる。少し面白い趣向を思いついてね」

「そうか」

 不気味に笑う女にも大男は静かに答えるだけだった。その二人の有様はどこかアンバランスだった。

「任せたぞ、ズライグ・ウィリヴェイシュト」

「分かった」

 そう言うと大男は女の前を後にした。のそのそと巨大な男が去っていく様は異様だった。公園の人間達も奇異の表情を向けているのが女の場所からも見て取れた。

 女はもう短くなった紙巻き煙草の最後の一口を吸い込んで吐き出した。

「今日も変わらず世界は灰色だ」

 昇っていく煙を見ながら女は言った。

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