第31話
吹き荒れる嵐の中、リーアは立っていた。全身が淡く青く光りながら佇むその様はまるで精霊かなにかのようだった。
ズライグはそんなリーアにすぐに襲いかかりはしなかった。なにかが変わったリーアを慎重に警戒している。
リーアがつい、と指を上げる。
途端、ズライグの横腹を爆発が襲った。
「ぐっ....!?」
ズライグがうめき声を上げる。今まで爆発魔術なんて受けても瞬き1つしなかったというのに明確に痛みを感じている。
煙が晴れたズライグの鱗は表面が弾け飛んでいた。
「ちぃ、大した化け物ね。この状態に持っていってもこの程度のダメージか。そもそも肉体の強度が桁違い過ぎる」
リーアが舌を巻く。リーアの思惑よりもズライグへのダメージはずっと少ないらしい。しかし、今までまるで魔術が効いていなかったズライグに魔術によるダメージを与えられたのだ。それだけでも今までより格段になにかが変わっている証明だった。
ズライグがにたりと笑う。龍の顔でも見て取れるほどに。
そして、そのままリーアにぶっ飛んでいく。
リーアはそれに爆発の応酬で応戦する。サヤとダリルもそれに加わる。ギースの弾丸も飛び交う。
「貴様....それは、」
リーアの姿に誰よりも動揺していたのはヌエだった。明らかにこの青いリーアの様に畏怖している。しかもそれは単なる畏怖ではない。有り得ないと、こんなことするはずがない、していいはずがないといった意味合いを含んでいるように見えた。
リーアの代わりに答えたのはレイヴンだ。
「ああ、そうだ。これが、こいつが『
「『
「それを含めて考えてもあいつはジグ君を助けることにしたってだけの話だろう。はた迷惑な話だよ。まぁ、でも」
レイヴンの身体に戦闘の余波で飛んできた岩塊が直撃しカラスになって砕け散る。そして、ゆっくりその姿が戻っていく。
「この状況よりろくでもないことはそうそうないだろうけどね」
リーアの魔術がズライグの身体を吹き飛ばす。なぜなのか、魔術はズライグに効くようになっている。魔術の威力が上がったようには見えない。爆発の規模はさっきまでと同じだ。
「くはは!」
ズライグが笑う。その身体に傷が付いたからだ。サヤのカタナが、ダリルの斧が、ズライグの身体に傷を負わせる。リーアの爆発魔術だけではない。ダリルたちへの強化の魔術の精度も上がっている。
「ただの魔術の強化ではないな。魔術なんぞいくら強化しても俺の身体に傷を負わせることなど不可能だ。俺は龍だからな」
「ええ、ご名答。禁術を唄っときながらただの魔術強化なわけないでしょう。私の『旧き禁術』の摂理は『概念への干渉』。物理法則も魔術法則も無視してその存在を構成する概念に直接干渉出来る。今私はあんたの龍の身体を構成する『魔力量』という概念を無視して『肉体』っていう概念に直接魔術をぶつけてる。だから、効いているのよ」
「なるほど。小難しい魔術だ。だが、効いているとはいってもさきほどまでより、というだけだな。俺に致命傷を負わせるにはほど遠い」
ズライグが笑う。その爪や尾がリーアたちを襲う。ダリルがそれを受け止める。肉体強化も先ほどまでの比ではない。互角とまではいかないが、ダリルはなんとかズライグの攻撃をいなしている。
しかし、それでもズライグに対して優性を取っているという感じではなかった。さっきまでよりましになっているというだけだ。まだ、ズライグの強さは圧倒的だった。
「そうね、まったく。まさか、『
「それはそうだ。俺はそういったものだからな。そうやって生まれ、そうやって生きてきた。お前達ただの人間に勝ち目はない、加えて」
ズライグが跳び上がる。今までのように、これまでのように、また龍としての異能を使うつもりだ。業火を吐き、嵐を呼び、竜巻を起こすその力。
が、
「........っ.........っ!!!」
その力は発動しなかった。その視線の先にはリーア。指を振った姿勢で立っている。それは魔術を使った証。
「あんたは間違いなく怪物。おとぎ話でしか聞かない恐ろしいドラゴンそのものだわ。だから笑っちゃうわよ。そんな怪物の弱点が魔術学校の初等科で習う沈黙の魔術だなんて」
ズライグは言葉を発せ無くなっていた。言葉を発せなくなった途端にその力の一切が使えなくなったようだった。異様な状況。ヌエさえもその表情を硬くしていた。
レイヴンがニヤニヤしながら言う。
「龍人全体がそうなのか、お前自体が龍人として未熟だからなのかは知らないが、お前は龍の力を使うとき言葉にしないと使えないんだろう。それはお前がその身体を持て余しているからだ。人間と龍はやはり決して相容れないんだろうな。お前は人間の身体と龍としての身体が完全に同化していないんだ。だから、言葉で身体に命令しないと身体が言うことを聞かないんだろう」
なるほど、それはまさしく今の俺とまったく同じということだ。身体が勝手に動いて言うことを聞かない。人間としての自分と魔獣としての身体が別々の私と概念としては同じなのだろう。ズライグほどになってもその身体が完全に自分のものにはなっていないのだ。だから、言葉で命令しなくては龍の力を使えない。
だから、リーアはその禁術で通用するようになった沈黙の魔術をズライグにかけた。そして、ズライグはその力を使えなくなったのだ。
通常ならその程度の魔術はズライグに効かないので弱点になることさえない。リーアはそれを禁術で突破したのか。
これが、あの馬車で別れるときにレイヴンがリーアに耳打ちしていた内容だったようだ。
「さぁ、これであんたの力は制限されたわ。こっちだってやられてばっかりじゃないわよ
」
これで、ズライグはもう炎を吐くことも嵐を呼ぶことも竜巻を起こすことも出来ない。
だが、それでも十分に脅威だ。なにせズライグはその肉体のみでも恐るべき強さなのだから。
ズライグは笑っている。それは逆境への興奮なのか、それともリーアたちへの賞賛か。
そのままズライグはその肉体をあらん限りの力で突っ込ませた。丘の上の地面にズライグが激突する。大きく地面が砕ける。
隆起したその隙間、そしてその岩塊を砕き、切り裂きながらサヤとダリルがズライグに迫る。
禁術によって極限まで効力を発揮している強化の魔術が嵐のような剣劇をズライグに見舞う。ズライグの鱗はそれを受ける。
「っっ.....!!」
その表情が苦悶に歪む。深い、さっきまでより傷が深くなっている。ズライグは上空に飛び上がり距離を取る。
そこにリーアの爆発が追い打ちをかけた。鱗の表面が焼け焦げる。
ズライグは自分についた傷を見た。
確かにリーアたちの攻撃は少しずつだが効いている。この怪物に少しずつダメージを蓄積している。
「わりいがな。何回も動き見せられて、これだけ強化かけれられば動きには慣れるぜ」
「あんまり私達を舐めないことです。私達は【トネリコの梢】の精鋭ですからね」
その言葉を受け、ズライグがまた笑った。
ズライグはサヤとダリルに突っ込んでいく。ダリルとサヤはそれをいなした。息つく間もない連携。カタナが斧が、ズライグの振るう爪、尾と交錯する。
サヤはよけ様に爪を切り落とし、ダリルは尾を打ち返す。そして、そのままズライグの懐に入りズライグの人間の目では捉えられない猛攻をかいくぐりその胴体を斬りつける。
「バケの皮が剥がれてきたな怪物。てめぇ、怪物的につええが、武術の心得がねぇ。せいぜいその肉体の強さだけで飯食ってきたんだろう」
「ここまで来れば、私達の方が上手ですよ!」
ダリルとサヤの動きは徐々にズライグの動きとかみ合っていく。人間なら反応すら出来ずに肉塊に変えられるであろう一撃が嵐のように振るわれているのに、その全てに対応している。
そして、その合間にリーアの魔術が援護で入る。
ズライグは笑っている。
「姉さん。まずいぜこれは」
ギースが鋭い視線で戦況を睨むヌエに言った。
戦いの天秤は徐々にリーアたちに傾いていた。
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