第9話
「龍人!? 龍人なのこいつ!?」
「すげぇすげぇ!!! こんなとこで見れるとは!!」
「喜んでる場合じゃないでしょうが!!」
小躍りしているレイヴンをリーアがいさめる。
その前に居るサヤとダリルは攻撃の手を止めた。相手の出方をうかがっているのか。いや、シロウト目にも分かる。攻撃出来ないのだろう。恐らくこの相手に立ち向かう踏ん切りがついていないのだ。
私でも、この遠見の魔術ごしでも並大抵の存在でないことが感じられた。
ガス灯に照らされたのは紛う事なきドラゴンだった。
人間が龍になったのだ。
龍、伝説上の怪物。私も子供の頃おとぎ話で聞いた。
一国を滅ぼした話や海を干上がらせた話、その超常的な力で昼をなくしたという話。
とにかく、徹頭徹尾人知の及ばない存在。それが龍だということぐらい一般人の私でも知っていることだった。
そして、今目の前の大男がそれに姿を変えた。
今日一日私の理解の及ばないことばかり起きたがこれは極めつけだった。
「ヌエの姉さん。これはもう俺の出番はないってことで良いだろ?」
「ダメだ。ズライグを援護しろ」
「必要あるのかね」
金髪の男、ギースは回転式銃に弾を込めた。目にも留まらない速度だった。コチコチという音が小気味良かった。
「レイヴン。あんたちょっとは龍人について知ってるんでしょ。どんだけ強いものなの」
リーアが今だ動かない龍を睨み付けながら言う。いや、恐らく目を離そうにも離せないのだろう。
「見た目通りだ。要するに人型の龍だからな。本気になったら僕らなんて瞬殺だよ」
「なんとかならないの? 弱点とかは?」
「まぁ、お前ら強いから全力で防戦すればちょっとは保つんじゃないかな。弱点はないと言って良いね。龍は完全生物だ。龍人も限りなくそれに近いからね」
「ろくな情報がないじゃない。あんた私たちを勝たせる気あるの?」
「勝って貰いたいのはやまやまだけどね。勝ち筋が見えないよ。僕の魔術を当てる隙があるとも思えないし」
「要するに、なんとか隙さえ作れればあんたの魔術は当てれるのね」
「まぁあんまり期待しないけど、一番確率が高いのはその方法だろうね。あとは屋敷の人員が来るのを待つかだけど。まぁ、あそこからここまでの数分を耐えられる保証もないからね」
レイヴンは肩をすくめる。緊張感のない男だった。
「そう」
リーアは深々と溜息をついた。
「話は済んだか」
そんな2人に龍が言った。身の丈だけで人間2人分はあるだろうか。体表は青の鱗で覆われている。
その眼に睨まれるだけで死を覚悟する。そういったすさまじい威圧感があった。
ここで傍観している私でさえそうなのだ。あそこに立っているリーアたちが感じるそれは相当なものだろう。
「サヤ、ダリル。どうやらなんとかするしかないらしいわ。多分これを見てるミルドレイク卿が屋敷中の人間をここに向かわせるだろうけどあんまり期待出来ないって話」
「弱ったことになった」
「私はこいつを斬るだけです」
サヤとダリルが答えた。
それを見る龍が大きく息を吐き出した。
「覚悟は良いようだな。では行くぞ」
そう龍が言った途端だった。龍の周りでパチパチと青い閃光が走り始めた。
「吹き出す魔力が大気中の魔術とぶつかって爆ぜてるの。どんだけ垂れ流してるのよ!」
言葉と同時にリーアが指を振るう。
いくつもの爆発が龍を襲った。それが合図になった。サヤもダリルも龍に突っ込んでいく。
しかし、次の瞬間サヤが消えた。いや、消えたのではなかった。サヤは私の目の前に居た。遠見の魔術の視点がある、遙か高空にサヤが吹っ飛ばされたのだ。
「ちぃっ!!」
サヤは舌打ちをする。その真横、また私のすぐ目の前に、まるで始めからそこに居たかのように一瞬で龍が存在していた。
しかし、その目の前で大きな爆発が起きた。サヤと龍の間に入るように。
結果としてサヤはその爆発に跳ね飛ばされ龍の追撃をかわした。
「肉体強化をかけた後に爆発をぶつけて無理矢理空中で軌道転換か。強引だな」
龍は言う。そして、着地したサヤとその横のダリルめがけて一気に落下していった。
そこで巨大な爆発が起きた。地面が弾け飛び、陥没し、私たちの視点まで土砂が巻き上げられた。この現象が龍がただ地面にぶつかっただけだというのが現実離れしている。
いや、それだけではない。龍が衝突する前から周囲の木々がなぎ倒されていた。
屋敷の石畳まで続く道の周りの木々がなぎ倒されていた。
それは龍がただ移動しただけで起きた爆音を伴う暴風によるものだった。
怪物だった。私が今まで見たことがない現象が、龍がただ動くだけで起きている。
砕け散った大地。もうもうと立ちこめる土埃。
しかし、その中でガチンと音が鳴る。刃が堅いものにぶつかる音。それも何度もだ。それはダリルとサヤの生存を意味していた。
「メチャクチャじゃないの!!! 最悪だわ!!!」
リーアの声とともに爆発魔術がいくつも起きる。それによって剥がされた土埃の中でサヤとダリルが龍に猛攻を加えていた。
「おいおい姉さん。こいつらやるぜ。やるぜっていうかとんでもないぞ。なんであれ受けて死んでねぇんだ」
「これが『トネリコの梢』の精鋭だ。生中な覚悟で考えないことだ。お前この仕事を舐めていただろう」
「返す言葉もねぇが」
ダリルもサヤも額から血を流し、体もボロボロの様子だったが動きに乱れはなかった。とんでもない話だ。あんな衝突、人間が100人単位で死んでもおかしくはないというのに。
龍は黙ってその2人の刃、そしてリーアの攻撃を受けていた。微動だにもせず。
「絶妙なタイミングで、そして最もダメージを受ける部位を予測して超局所で防御魔法を集中させているのか。この2人も大概だが、あの魔術師が最も厄介だな」
龍が見ているのはリーアだった。私にはまったく分からないが龍はリーアを最たる害と認めたらしい。
そして、龍はまた瞬きする間に後退していた。再び爆音と暴風が巻き起こり、それだけでダリルとサヤは吹っ飛ばされそうになる。
「息(ブレス)」
龍が言う。すると、その口から青白いものがメラメラとと、炎がメラメラと漏れ出した。
「やべぇ!!!」
金髪が言うが早いか、その口の中の炎は次の瞬間には外へと吹き出した。
それはまるで濁流のように付近一帯を総なめにし、もちろんその中にはリーアもダリルもサヤもレイヴンも入っていた。
苦悶の声も悲鳴も聞こえない。全て炎が焼き尽くす森の木々の音にかき消されていた。
そして、十数秒はそれが続いただろうか。
龍はようやく口を閉じ、炎の濁流は収まった。
後に残った景色はただの炭の荒野だった。何も残っていない。一面黒の大地が残り火に照らされていた。
そして、その中にうごめくものがあった。ゆっくりと起き上がろうとしているものたちが。
「驚いたものだ。これを受けても生き残るか」
それはリーアたちだった。あの地獄のような光景をまともに受けて、しかしそれでも生き残っているらしい。それは、このくたびれきった私の頭でも驚くべきことだった。
しかし、どうもさすがに満身創痍のようだった。
そして、ヌエと呼ばれていた女が口を開いた。
「さぁ、どうするヴィンセント・ミルドレイク。大人しくジグ・フォールを差し出すか?」
絶体絶命というやつなのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます