第15話
馬車は揺れながら小道を走っていた。空はどんより雲が広がり始め、出発した時の晴天はなりを潜めていた。
辺りは丘陵地帯で、冬を前に緑の枯れた小山がいくつも連なっていた。
「出発から3時間か。そろそろ、魔術解くかな」
リーアが懐中時計を見ながら良い、指を軽く振るった。別段なにか変化が起きた気はしなかったが、魔術が解けたらしい。
私達はミルドレイクの屋敷から休憩らしい休憩もなくひたすら進んでいた。
敵の目を欺くためだとかでまず大きく屋敷から迂回し、それから【トネリコの梢】の隠れ道だという小道に入っていた。
この道は地図にない道らしく待ち伏せにも会いにくいという話らしい。
それに加えて、リーアが今解いた周りから姿が見えなくなる魔術を使っていた。
そういうわけで、今のところトラブルらしいトラブルに出くわすこともなく順調に旅は進んでいた。
「あー、疲れた。結構魔力消費すんのよね、隠遁の魔術」
リーアは大きく伸びをしていた。
馬車の中では私とリーア、そしてレイヴンとサヤがそれぞれ座っていた。御者はまたダリルだった。なんだかんだ、ダリルは馬車の操作が上手いという話らしかった。
馬車の中は見た目より広かった。後の方にぎっしり荷物が詰まっているというのに私達がゆったりくつろぐスペースがちゃんとある。これも魔術によるものだとかで中の空間がどうとか難しいことをリーアは言っていた。
私には良く分からなかった。
「今のとこ、カンパニーもこっちを見つけられてないみたいね。まぁ、これだけ慎重にやってればいくら向こうと言っても簡単には私達を見つけられないでしょうけど」
リーアの話では、カンパニーの連中は恐らく私達を見つけるために魔獣で街道に網を張るだろうということだった。
この前の襲撃者が今回のカンパニーの全戦力だと見立てた場合、動かせる人間が少なすぎるために自分たちが使役する魔獣を使うだろうということだった。
魔獣程度の索敵能力ならこの隠れ道と隠遁の魔術で欺けるらしい。
なので、今のところこちらが一枚上手を行っているだろうということだった。
カンパニーが増援を呼んでいた場合その限りではないが、今までの傾向からいかにカンパニーといえど、変異魔獣の目撃者殺しにそこまでの人員を裂くことはないだろうという見立てだった。
「ま、油断は出来ないけど今のとこ上手くいってるみたいね」
リーアは私に言った。
「なによりだ」
私は答えた。なんでわざわざ私に言ったのかは良く分からない。リーアは昨日からそうだがかなり人間関係の敷居が低い人間のようだ。この馬車の中でも度々私に無駄口を叩いている。
「なにもなさ過ぎるのも拍子抜けですね。昨日のことを考えると」
言ったのはサヤだった。小脇に抱えた剣の鞘を撫でながら言った。
この女は出発の時から、いや屋敷に居るときもずっと剣を小脇に置いている。異国のものであろう反りの入った剣を。よほど愛着があるのかと思っていたがどうも尋常でないような気がしてきた。ちょっと異様さを感じるほど剣を肌身離さない。
「なんですか。私の顔になにか付いてますか?」
そんな風なサヤを見ているとあちらからやや不機嫌そうに言われた。
まぁ、異様さで言えば恐らく私も人のことを言えないのだろう。詮索する必要もない。
「ていうか、サヤ。平時くらいカタナ離したらどうなの。ずっと抱えられてたらこっちまで気が休まらないわよ」
「いつ戦闘になるのか分からないんですから、脇に置いておくのは当然です」
「屋敷でもそうじゃないの」
「屋敷だっていつ結界が破られて戦闘が始まるか分かりません。常日頃から警戒は怠らないべきです」
「はいはい、あんたはそういうやつだったわね」
龍人がの攻撃でも破られなかったあの結界を。ヌエが一国の軍隊すら退けかねないと言ったあの結界をサヤは破られる心配をしているらしい。
どうやら常時戦場に居るような心境の人間のようだ。
もしくは戦闘が好きでたまらないので待っているだけなのかもしれないが。
この女も変わっているらしい。
変わっていると言えばレイヴンだった。
「あぁ、クレアさん....クレアさん......」
「うるさいわよレイヴン。もう屋敷出てどれだけ離れたと思ってるの。いい加減にしなさい」
「はは.....」
レイヴンはうつろな目で笑い答えなかった。手にはクレアにもらったハンカチだ。レイヴンは出発直後こそまともだったが、しばらくするとすぐこの調子になった。「クレアさん」と連呼しながらうつろな目でただハンカチを見ているこの調子に。
リーアいわく強烈なホームシックの一種らしかった。
「まぁ、しばらくしたら大分落ち着いてくるけど。屋敷の外で仕事するときはいっつもこれよ」
リーアは溜め息をひとつ吐いた。
出発から三時間。この人間達と時間をともにしてどうも結構な変わり者の集まりらしいことが分かってきた。
自分の身を案じるような気分は湧かなかったが、ミルドレイクはこの人選で本当に良かったのかという疑問は浮かんだ。単に昨日カンパニーの襲撃者と戦った人間をそのままあてがっただけなように思われた。
わざわさ聞きもしないが。
「ていうか、なんでこの4人だったんですか? 他に適任が居たような気もしますけど」
私がわざわざ聞きもしない質問をサヤが代わりに聞いた。
リーアが答える。うーんと、と指をアゴに当てる。
「私とダリルはこいつの第一発見者だし実力も申し分ないからまず選ばれて、レイヴンは魔術が龍人に効果アリだから選ばれたのね」
「私は?」
「腕が立つ人員がもう一人欲しいって言ったらアンタがちょうど空いてたから。あとは1回龍人と戦ってるし」
「なんか、私雑じゃないですか」
「まぁまぁ、腕を認めてんのよ」
若干気分を害した様子のサヤをリーアがなだめる。確かに今の話しだとサヤの選ばれ方だけ雑だったように思えた。
そこでしばし会話は途切れた。レイヴンのうわごとのような「クレアさん...」という言葉だけが響く。
御者台から見える空はどんより曇り空で今にも雨が降り出しそうなほどだった。ダリルは荷台の会話に目もくれず手綱を握って前だけ向いている。
街道はまだひたすらに丘陵地帯を走っており、枯れた草が一面に生えているそれはこれといって見応えも無かった。
「ていうか、リーアが浮遊の魔術で彼と飛べば色々手っ取り早かったのでは?」
サヤが言った。
浮遊の魔術。この前の晩、リーアが戦闘中に使ったものだ。そのまんまものを宙に浮かせる魔術らしい。
「これだからシロウトは」
リーアはハハン、と鼻を鳴らした。
「あれで空を飛ぶのなんてロクなもんじゃない。冬は寒いし夏は暑いし、大体魔力を使うからどんどん疲れるし。移動手段としちゃ最悪の部類よ。あれで移動するくらいなら馬車でゆっくり移動するわね」
リーアは得意げに浮遊魔術をこけ下ろした。
自分の愛用魔術をこけ下ろすのになぜ得意げなのか良く分からなかった。
サヤも同じだったらしくそれ以上は何も言わなかった。
そんなこんなで順調に馬車は進み、そんなこんなで日が暮れた。
私達は夜を明かす準備を始めるのだった。
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