第14話

 ある地方のある家屋。繁華街から一本裏に入った通りにある、この国の平均的な石造りのこの建築物。ありふれた洋服屋と喫茶店に挟まれたこの三階建ての建物。表には人が行き交い、物売りが声高に叫んでいる。普通の街の普通の日常に溶け込んでいるこの場所。

 その二階。その一室。

「で、結局その保険とやらは上手く働いたのかね」

 金髪の伊達男は木製の椅子に深々とかけながらテーブルに両足を乗せていた。

 テーブルの上には安い蒸留酒の瓶と半分まで注がれたショットグラスがあった。

「それに関しては分からない。あちらの出方を見るしかない」

 そして、窓辺に女が一人。ジーンズにジャケットにキャスケット帽。見た目はどこぞの工場にでも勤めている職工のようだった。しかし、女の目は恐ろしくよどんでいた。

 よどみすぎてまるで人間の目ではないようだった。

「結局後手ってことか。どうにも後手後手だね。本当のとこ、あの襲撃で全部カタを付けるって話だっただろう。まぁ、俺なんか始めから上手くいくとは思ってなかったけどさ。そもそも結界を突破出来ないし」

「それでもどうにかしろというのが組織の命令だ。遂行出来なかった」

 女は苦々しげに表情を歪める。その目は通りに落ちていたがどこも見ていないようだった。

「どだい無理な命令だったんだよ。俺から言わせればとっとと抜けた方が良いと思うけどねオタクはこの組織を」

「ふざけるな。組織が私の全てだ」

 女は男の言葉に間髪入れず、強い怒気を込めて答えた。

「まぁ、アンタが良いなら何も言わないけどさ。別にペナルティも無かったしね。本当に上は俺たちのこと戦力として見てんのかね。で、向こうの動きはどうなの。呪いにビビって屋敷を飛び出したかね」

「それも結界で分からない。結界から出たなら隠遁の魔術でしばらくは補足出来ないだろうしな」

「結局また後手ってこと?」

 男はショットグラスを一口あおった。

「だが、連中が向かう先は分かっている。王都だ。あの呪いを解ける『梢』の関係者は王都

の教会にしか居ない。連中は必ずそこに向かう」

「なるほど。じゃあ待ち伏せか」

「そんな悠長なことはしていられない。連中が通るであろう街道全てに網を張る。魔獣を使ってな」

「ああ、あの見たものをこっちに映す魔獣か。便利だよねあれ。俺も何匹か欲しいくらいだ。この先の仕事で大いに使える」

 男ははは、と笑った。本気なのか冗談なのかは分からなかった。

 元より雇われでしかないこの男が組織の仕事に本気で興味を持つとは思えなかった。

 そして、組織に関わった以上簡単にこの仕事を降りれないことは男が良く知っていた。

 この先がある保証はない。この先の仕事のことを思う余裕などない。

 本来はそのはずだが、男にそういった切迫感は無かった。そういった部分が窓辺の女の

神経を逆なでするのだった。

「ということは、作戦は上々か。その魔獣で網を張って、引っかかったところに俺たちは駆けつける。そして、旦那が皆殺しにするって寸法だ」

「お前も一緒に働くんだ。いちいち抜け駆けを考えるな」

「はいはい、分かってるよ。冗談だ。金はもらってるからね。まぁ、だがそれなら状況はこっちが有利なのかな? 待ってりゃ勝てるってわけだ」

「待っているだけなわけがないだろう。魔獣と並行して私達も動くんだ」

「人使いが荒いねまったく」

 男はポリポリと頭をかいた。雇い主は一切の余分を認めない。最も効率的に、最も合理的に。誰一人も遊ぶことなく、完全に完璧に役割をこなす。そういった風に行動を決定する。そして、そこに個人の事情や状況は一切考慮されない。冷徹極まる理論に基づく策略を巡らせる。

 そんな女に男はふと問う。

「ていうかさ、今まで仕事だから聞かなかったけどなんであんな魔獣見ただけの一般人に躍起になるんだよ。あいつが何話しても与太話で済むんじゃないのか?」

「それが組織の掟だからだ。なんであれ、組織に関わる活動の目撃者は殺す」

「本当にそれだけなのね。参った人だまったく」

 男は溜め息を吐きながらまたショットグラスをあおるのだった。

 女は窓から目を離し部屋の奥へを見る。

「ズライグ。ひとまず飛べ。ミルドレイクの屋敷の周囲をだ」

 部屋の奥には男が居た。巨大な体躯の大男。ボサボサに伸び放題の髪に使い古された衣服。浮浪者一歩手前のような身なりの男。

 男はそのまま床に座っていた。

「分かった」

 男はひと言だけ答えると立ち上がり、そして部屋を出て行った。

「見つからないんじゃないの?」

「それでもだ」

 男はやれやれと肩をすくめた。最早なにを言っても無駄だと分かったのだろう。男はもはや女になにを聞くこともなく、上手そうに酒をなめるのだった。

 女は再び窓の外に目を向ける。濁っためで明るい通りを眺める。その顔にはなにひとつの感情も浮かんではいなかった。

「今日も世界は灰色だな」

 女は言った。

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