第13話
そして、あっという間に時刻は昼過ぎだった。玄関前のエントランスに支度を調えて行く。支度と言っても私はこれといったものはない。クレアから荷物をもらった後は談話室で休んでいただけである。荷物も着替えや簡単な旅道具、あとは護符と呼ばれる何かだけだった。リュック一個分である。まぁ、ただ乗り合わせるだけの私の荷物などこんなものだろう
。
談話室には初めて見る【トネリコの梢】のメンバーも居たが別段会話はしなかった。
する必要もない。私はいわば異物だ。向こうの方も遠巻きに私を見るもの、そもそも興味を示さないものばかりで会話が始まる気配はあまり無かった。
何人か話しかけてきたものも居たが、私が素っ気ない返事をすると会話はそこで終わった。 そして、そのまま出発の時間になりクレアが呼びに来たのだった。
エントランスには荷物を積み終わったミルドレイクとリーア、ダリル、サヤ、そしてレイヴンが居た。
「だから! 僕は行かないって言ってるだろうが! なんでもう僕の分の荷物まで積み込んであるんだよ!」
「行くからに決まってんでしょ! あの怪物にまともに効く術は今んとこあんたの魔術しかないんだから。あんたに来て貰わないとアタシら死ぬだけなのよ」
「嫌だ、嫌だぁ! クレアさんと離れたくないぃいいぃいぃ! 僕がここに居るのだってクレアさんに会えるからなんだぞ。本当のとこ【トネリコの梢】なんかどうだって良いんだ。クレアさんの聖母のようなご尊顔を拝謁出来るからこそココに居るんだ。それがない毎日なんて一秒だって耐えられるもんかよ!」
エントランスではリーアとレイヴンが言い合いをしていた。どうやら、レイヴンが旅への同行を断固として拒否しているらしい。
レイヴンはまるで幼子のように床に背中を擦り付けて手足をジタバタとさせていた。およそ成人男性の取る行動とは思えなかった。
「バカ言ってないで来るのよ! アンタに拒否権はない!」
「なんで無いんだ! お前と僕はここのメンバーとして対等だろうが! 僕が拒否したらお前に強制権は無いはずだ! 【根の審理】を要求する。イザドラ支部の法廷で会おう」
「アホ言ってんじゃないわよ! 良いから来るのよ!」
「嫌だぁあああ! クレアさんんんん!」
レイヴンに取り付く島はないようだった。こんな子供みたいに駄々をこねられて果たして出発出来るのか。
「大体あんた龍人に興味津々だったじゃない。着いてこれば嫌と言うほどあれが見られるのよ。願ってもないチャンスでしょうが」
「ぬぅ.....それはそうなんが.....」
レイヴンの龍人への興味は相当らしい。今までの様子を一旦止めてしまうほどだった。もしくは、とかく珍しいものそのものが好きなのかもしれない。
「クレア君」
「はい」
そんなレイヴンの元に何度も名前を連呼された当のクレアが進み出る。そして、懐からハンカチをひとつ取り出しレイヴンに差し出した。
「つまらないものですが、これを私と思ってお納めください。レイヴンさん、遠くからあなたの旅の安全を祈っております」
「なんてことだ....」
レイヴンはゆっくりと立ち上がりそれを受け取った。そして大事そうにハンカチを抱きしめると懐にしまった。
その顔はやけに引き締まったものに変わっていた。
「で、行くの」
「行くとも。クレアさんにこれだけしてもらって旅の安全まで願われたら行くしかないさ」
「ああ、そう」
リーアは深々と溜め息をついた。
茶番は終わったらしい。
「ああ、アンタも来たの」
ここでようやくリーアは私の存在に気付いたようだ。私は茶番に関わりたくなかったので遠巻きに見ていたがようやく旅の一団の中に入っていく。
「これで準備完了ね。いつでも出れる」
リーアは言った。玄関の扉の向こうには大きめの馬車が停まっていた。幌の向こうには様々な荷物が積み込まれているのが見えた。王都まで二日、往復四日の長旅だ。ついでに途中で襲撃も予想される。そういったもろもろを考えるとこれだけの大きさの馬車も一杯になるというものなのだろう。
そしてミルドレイクが話し始めた。
「では、諸君。今一度今回の旅の確認だ。目的地は王都ケルフィリー、片道二日の長旅だ。目的はジグ君の身にかかった呪いの解呪。諸君はジグ君の護衛に当たってもらう。途中、魔獣との遭遇、そしてなによりカンパニーの襲撃が予想される。生半可な旅ではない。諸君には相応の覚悟を持ってもらいたい」
リーアたちはミルドレイクの言葉を黙って聞いていた。
「はっきり言ってかなりの無理を言っているのは承知している。だが、どうか役目を全うして欲しい。これは私からの懇願だ。どうか、ジグ君を無事に王都に届け、そしてその呪いを解いてもらいたい」
ミルドレイクは一同を見回した。
「よろしく頼む。諸君の旅の安全を祈っている」
そして、演説のような出発前の激励は終わった。
「ええ、無事にこいつを王都に届けるわ」
そして、リーアが答えた。
それで、出発前の儀式のようなものは終わったらしい。みなそれぞれに最後の荷物を抱え
馬車に乗り込んでいった。
いよいよ出発らしい。
私にはまだ現実感はなかった。しかし、みな馬車に向かっていく。私もついていかなくてはならない。
そんな私にミルドレイクが声をかけた。
「体調はどうだねジグ君」
「ええ、やっぱりちょっとだるいですけどそれ以外はあんまり」
体のだるさはずっと続いていたが、それ以上に体調が悪化するということはなかった。このままではひと月で死ぬとは思えないほどだった。しかし、呪いは確実に私を蝕んでいる
のだろう。
「それは何より。この旅は君にとっても過酷なものになる。そこは謝るしかないのだが」
「別にあなたのせいじゃないでしょう。全部カンパニーのせいだ」
「そう言ってくれるかね」
実際の所、ミルドレイクやリーアに落ち度はないように思う。結局の所全ての元凶は変異魔獣を作っているカンパニーにあるのだから。
「だが、とにかく危険を伴う旅になるのは間違いない。この前見たとおり、リーア君達はとても強い。簡単に君をカンパニーに渡すようなことはないが、それでももし君が連中と対峙することになったなら迷わず逃げなさい。誰を置いていくことになってもね」
それはダリルと同じ言葉だった。勝てない敵を前にしたら迷わず逃げろ、逃げて自分の身を守れと。
「本当は私が同行出来れば良いのだがね。諸事情あって私はここを離れられない。君たちだけで行ってもらうしかない。重ねて言うが無事を祈っている。私からはこれだけだ」
ミルドレイクなりに私を見送ってくれているらしい。
いつもなら「ありがとう」の一言で済ませるところだった。
しかし、私はひとつ聞いておきたいことがあった。
「ありがとうございます。ひとつ聞いても良いですか」
「おや、なんだね?」
「なんであんたたちはただの一般人の俺のためにここまでするんですか?」
それが私の一番の疑問だった。行けと言われたから行く。しかし、そもそもなぜ私は行くのか。なぜこいつらはただの一般人の私の命ひとつのために命懸けで王都に護送するのか。はっきり言って良く分からなかった。
見殺しにすれば全部済む話だ。
それはこの前の晩、私を襲撃者たちに差し出さなかったことへの疑問と同じだ。
なぜこいつらは見ず知らずと言って良い私のためにここまでするのか。
そんな私の疑問にミルドレイクは「ふむ」と言いながら髭を撫で言った。
「まぁ、私の場合は君に興味があるからだよ。君という人間、そしてその生。それに興味がある。私は面白いと思ったものは尊重する主義でね。死んでもらっては困るんだ」
「それは要するにあんたの都合で俺を死なせたくないってことですか」
「まぁ、つまりそういうことだ。所詮吸血鬼だからね。人間らしさなどはないよ」
「で、あいつらはあんたに付き合わされる部下ってことですか」
「ふむ」
私の居た社会でも良く見た光景がここでも起きているだけなのか。
自分勝手な頭のためにその他の部位は不服ながらも付き合わされる。だが、今回の自分勝手は命懸けだ。タチが悪い。
「まぁ、彼らの言い分は彼女ら彼らの言い分だ。君の言うとおりかもしれないし、そうでもないかもしれない。それは彼ら彼女らに聞いてみる良い」
ミルドレイクは言った。要は自分にはリーアたちの考えは分からないということらしい。組織の頭らしいといえばらしい解答だろう。特にミルドレイクは1000年を生きた吸血鬼だ。所詮、普通の寿命を持つ人間の心は分からないのだろう。
「分かりました」
聞いた意味があったのか無かったのか。とにかく解答は得られた。それなりに満足した私は「では」と言って玄関をくぐる。
そんな俺の背中にミルドレイクが声をかける。
「場違いだろうが最後にもうひとつ。良い旅を、ジグ君」
死に至る呪いを身に宿し、殺し屋に狙われながら旅をする私に言うには確かに場違いな言葉だった。
どういう趣旨か良くわからなかったが、
「ありがとうございます」
とだけ私は答えた。
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