第6話
私をカンパニーの追跡から逃れさせる方法は今のところない。ミルドレイクは私にそう言った。
「ちょっとミルドレイク卿! 方法がないってどういうこと!? じゃあ、こいつは一生ここに居るしかないっていうの?」
「落ち着きたまえリーア君。私は思いついていないと言ったんだ。ないとは言っていない」
ミルドレイクは身を乗り出すほどの勢いのリーアを制した。
なぜこの女がここまで俺のことで声を荒げるのか。良く分からない女だった。
「現時点では思いついていないということだ。何せ情報が少なすぎる。特にカンパニーの変異魔獣を精製している組織のね」
「相手がどういう組織の構造で、どういう基準で目撃者を殺して回ってるか分からないってこった。それが分からねぇとこいつが見逃される条件が分からないって話だ」
ここでダリルが口を開いた。ここでもだんまりなのかと思っていたが意外だった。
「そんなの分からなくっても構わないわよ。要は連中を潰せば良いって事でしょ? 追いかけるやつが居なくなればこいつが逃げ回る必要なんてなくなるじゃない」
「考え方が乱暴すぎらぁ。それが出来りゃ苦労しねぇ」
「カンパニーの組織構造は複雑でその全容の把握が困難だ。未だにどれほどの大きさの組織で、構成員がどれだけなのか、どこが本拠地なのかも分かっていない」
「誰をどこでどれだけ引っ捕らえりゃ良いのかも分からねぇのにどうやって潰すんだ。その方法を取るにしても情報が足りねぇんだよ。俺たちが連中のキメラを捕まえるのだって、そこから連中の痕跡を探るためだろうが」
「それはそうだけど....こいつにだって元の生活ってもんがあるんだし....」
リーアは言いくるめられ少し弱々しい声になっていた。なんだか寂しかった。
「気持ちがはやるのは仕方がないが焦っても良い結果が出るとは限らない。だが、その気持ちは美徳だ。今はしばし辛抱する必要があるということだよリーア君」
「.....分かったわ」
リーアの返事を聞くとミルドレイクは改めて私に向き直った。
「さて、話の続きをするとしよう。まず、簡単だが我々の組織『トネリコの梢』の話だ。おそらくこれもリーアくんからある程度聞いているだろうが、簡単に言えば我々はこの世界の裏における治安維持組織のようなものだと思って貰いたい。表と同じように裏にも守るべき均衡がある。我々『トネリコの梢』は古からそれを影ながら維持してきている」
「まぁ、この世を乱すものを取り締まる秘密結社ってとこね。簡単に言うと」
「ただし正義の味方ってわけでもねぇ。必要とあれば表じゃ『悪』とみなされることもやる。そこんとこは気をつけるこった」
「構成員は4000人ちょっと。少なくともこの国の全土にその勢力を持っている。表とまったく関わりを持たないものも居るが、表で要職にあるものも居る。君の今まで関わってきた人間の中にも我々の仲間は居たかもしれない。そんな風に肩書きを隠しながら『カンパニー』のような表では対処出来ないものたちと日々戦っているのだよ。まぁ、大概なもの好きの集まりと言ったところだろうね」
ミルドレイクは自嘲的に笑った。
「まぁ、我々については追い追い分かる部分もあるだろうからこんなところにしておこう。次に君を狙っている『カンパニー』について。ここまでの話で少しは察したかもしれないが、連中については分かっていない部分の方が多い」
確かにさっきからカンパニーとやらについて具体性のある話はなかった。
「初めて『カンパニー』のものと考えられる活動が確認されたのは10年前。この国の魔術連合の主要人物が何者かによって殺された事件がその始まりだ。それから、巨大企業の魔術的掌握、禁術の実験、都市ひとつの住人全てのグール化、結局性質の分からなかった赤い雨の発生、そして件の変異魔獣など社会の裏側で良からぬ事を散発的に繰り返している。しかし、その実態がどうしても掴めない」
「つまり謎なのよ」
リーアは一言でまとめた。簡潔だった。
「度々我々も連中と交戦しているがね。しかし、構成員には記憶に関する魔術的プロテクトがかけられていてね。捕縛しても情報らしい情報を得ることは出来なかった。そして、捕縛した人間は例外なく数日後には変死してしまう。我々は10年かけても具体的な連中の尻尾を掴むには至っていない。それが、君に伝えられるカンパニーの情報だよ」
ミルドレイクは手元のカップに入ったコーヒーを一口飲んだ。
「今君に伝える情報はこれが全てだ。まとめると、君は追われる立場でそして追っている連中は謎だらけの組織だ。そして、ここにいる限りは安全。そういう話だよ」
要するに、本当に面倒なことに巻き込まれたという話らしかった。今日から俺の生活は一変する。今までの日常は終わり、先の見えない逃亡生活が始まるということらしかった。
そういう話だった。それだけの話だった。
「君は元いた場所に戻れる保証はない。君の生活は今完全に変わってしまったのだ。理不尽なことを言っているのはわかっている。しかし、そうなってしまったのだよ。君には選択してもらうしかない。命のために今までを捨て去るという選択を。どうかな、ジグ君」
ミルドレイクは私に聞いているらしかった。それで良いのかと、最後の質問をしているらしかった。
「分かった」
私は答えた。一言だ。そして、それ以上言う必要は感じていなかった。
「分かったってお前。あんまり簡単すぎねぇか。こんなひでぇ話はねぇぞ。俺たちはお前がどんな文句言ったって叫んだって仕方ねぇと思ってる。そして、それを聞くのが俺たちの役割だと思ってんだ。なのに、お前。そんなに簡単で良いのかよ」
ダリルはけげんな表情で言った。確かにおかしいのかもしれない。
そんなに簡単に今までをあっさり捨て去るのは異常なのだろう。
だが、私の考え方はそんなものなのだから仕方ない。
どうでもいいのだ。最早。
「どうせ、どこに行ったって何が起きたって何も変わらない。世の中そんなもんだろうが。この世の中は真っ黒なんだから」
私はそう答えた。それだけの話だ。
死んだ目でそう言った俺にダリルは言葉を続けなかった。ただ、なにか悲しいものでも見るように俺を見ていた。
リーアはどこか呆れた様子だった。
ミルドレイクは酷薄な笑みを浮かべてただ黙って俺を見ていた。
なんでそんな風に見られなくてはならないのか。私には良く分からなかった。
その時だった。
大きな轟音が響き渡った。屋敷の外からだ。雷のようだったが、なにか違うように思えた。
「ふむ」
ミルドレイクはその音がすると小首をかしげた。
「どうやら来客のようだ。早いものだね。よほどジグ君が気にかかるらしい」
そして、窓の外を見る。そこから見えるのは屋敷の外。私たちが入ってきた敷地の入り口だった。
「カンパニーの連中ね」
リーアは苦々しげに言った。
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