第5話

「レイヴンのやつなんて言ってたの?」

「ん?」

「あのメガネのやつよ。カラスを使った魔術を使うからレイヴンって呼ばれてるの。本名は知らないけど。もう1人居たのはサヤね。刀で戦う元用心棒。どっちも腕利きよ」

「へぇ」

「レイヴンは恐ろしくひねくれてるから。なんか嫌なこと言われたんじゃないかと思って」

「まぁ、嫌味みたいなことは言われた」

 私は廊下を歩きながらリーアとそんな会話をしていた。前には無表情なメイド、後ろにはダリル。館の主とやらの部屋に向かっている。

 俺の返答を聞いてリーアは深々と溜息をついた。

「やっぱりね。何かにつけて嫌なこと言うからあいつ。気にしなくて良いわよ。あいつの挨拶みたいなもんだから。クソみたいな挨拶だけど」

 リーアはもうひとつ溜息をついた。

 そんなことを話しているうちにメイドはひとつのドアの前で止まった。長い廊下の一番奥の部屋。見るからに中に居る人間が特別だと分かる部屋だった。

「旦那様は中でお待ちです。どうぞお入りください」

 メイドは深々と頭を下げた。

「クレアさんありがとう。紅茶美味しかったわ」

「それはようございました」

 リーアは部屋のドアを開けて入っていった。ダリルと私も後ろに続いた。

「こんばんは、ミルドレイク卿。戻ったわ」

 部屋は執務室だった。私の工場の工場長の執務室とは違う。あんなボロ小屋のような部屋とは違うちゃんとした執務室だった。

 豪奢な壁紙、やたら柄の細かい絨毯、凝った造りの執務机。壁にはずらりと本の並んだ本棚が続き、天上にはシンプルながらも質の良さそうな照明があった。

 そして、その部屋の中心に居たのは初老の男だった。白髪交じりでヒゲを蓄えた男。

「良く戻ったリーア君、ダリル君。そして初めまして、ジグ君と呼べば良いかな?」

 男は言った。

 男は何かが妙だった。何かが明らかに普通の人間と違った。何かが異様だった。

 姿形は人間だったが、私には何かが違うように思えた。

 だが、私は答えた。

「なんなりと」

「ふむ、ではそう呼ばせてもらおう」

 男は微笑んだ。

「私はミルドレイク。ヴィンセント・ミルドレイクだ。一応吸血鬼をやっている。『トネリコの梢・ザルガルーン支部』の支部長だ」

 男は、ミルドレイクはそう名乗った。

「吸血鬼?」

 私は短く言った。さすがに少し驚いたからだ。

 話しには聞いたことがあった。この世のどこかには人間のようで人間でない者が居ると。龍人だの巨人だの狼男だの。そういった者の1人が今目の前に居るらしい。おとぎ話や噂話でしか聞いたことのない人間でない者が今目の前にいる男らしい。

 どうりでひと目で異様だと思ったわけだ。

「お、さすがに少し驚いたみたいね」

 そんな俺に嬉しそうに言ったのはリーアだった。

「ミルドレイク卿はこう見えて1000年生きてる最古参の吸血鬼の1人なのよ。すごい人なんだから」

 リーアはどこが自慢げだった。良く分からない女だった。

「お褒めにあずかり光栄だよリーア君。だが、そんなに大したものじゃない。生き過ぎたただの老人でしかないとも」

 ミルドレイクは静かに言った。

「さて、簡単な自己紹介も済んだところで本題に入るとしよう。君たち3人をこの部屋に招いたのは他でもない。ジグ君についての状況を整理するためだ。我々の立場、

相手の存在。いくつか説明することはあるが。まずジグ君、君の今後の話しだ。リーア君たちから少しばかりは説明されているだろうが、今君は追われる立場となってしまった」

「魔獣を見たから殺されそうになってるっていう話しですか」

 私は身についた下っ端根性で目上らしき人間には自動的に敬語になった。これほどの精神状態でも、これほどの状況でもそれは抜けないらしい。貧しい人間だった。

「その通りだ。我々と敵対している組織、組織として名があるわけではないがいくつかの巨大企業に深いパイプを持っていることから便宜上『カンパニー』と呼ばれているいる。その『カンパニー』の者どもは自分たちの作った変異魔獣を目撃した者の悉くを殺している。証拠隠滅、ただそれだけのために。君はその目撃者となってしまった」

「じゃあ、殺されるんですか」

「そうはならない。君は我々が守るからね。その点に関しては心配はいらない」

 そんなに心配もしていないことは言わなかった。わざわざ言うことでもない。

「今後君にはこの館で状況が改善するまで暮らしてもらうことになる。ここが一番安全だからね。『カンパニー』の連中もこの館の敷地には入ってこられない」

「へぇ」

 良く分からないがここは絶対安全らしい。理屈は良く分からないが追求する気もなかった。「つまり、あんたはここでのんびり暮らしながら問題が解決するのを待つってことね」

「ふぅん」

「衣食住を困らせるつもりはない。敷地内なら自由に出歩いて貰って構わない」

「まぁ、いくら館が大きいといっても気分が良いものじゃないでしょうけど、そこは命には代えられないってことで我慢してもらうしかないわね」

 突然割って入ってきたリーアはペラペラと話した。

「ここまでで何か質問はあるかな? 突然こんなことになって混乱もあると思うが」

「いえ、特に」

「そうかね?」

 俺の返答にミルドレイクは肩眉を上げて言った。口元は微笑んでいる。さっきからこの男は微笑みを絶やさない。しかし、それは暖かいものではなく人の内側を見透かすような得体の知れないものだった。

 ヤバい奴に追われているから匿う、つまりはそういう話しらしい。

「とりあえず、自分はいつまでこんな感じなんでしょうか」

 私の質問にミルドレイクは「ふむ」と言いゆっくりと上等な椅子に背を預けた。

「それに関して今私も考えているところでね。単刀直入に言うと、今のところはっきりした方法は思いついていない」

 ミルドレイクは言った。

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