第23話
目の前の平原は今や竜巻で埋め尽くされていた。暴風が吹き荒れ、空はすさまじい速度で動き、激しい雨が降りしきる。
私達はどうしようもなくそれを眺めている。
隠れ道の出口までやがて20分。リーアの作戦ならそこから一瞬で王都の中まで行けるはずだった。
しかし、今や王都が果てしなく遠い。
「レイヴン、魔術は使えそう?」
「難しいだろうな。あの竜巻、魔力の流れも乱してるみたいだ。使えるには使えるがさらに効果範囲が短くなる」
「そう」
しかし、退路も絶たれていた。竜巻が発生しているのは今や目の前だけではなかった。あっという間に嵐の範囲は広がり、私達の後にも黒い柱が空に昇っている。
戻ることも出来ない、進むことも出来ない。
「はまったか。これは」
ダリルが苦々しい口調で言った。私達はカンパニーの連中に上を行かれたのだ。しかし、リーアたちを責めることなど出来ないだろう。誰がこんなことをしてくると予想出来るだろうか。誰が、こんな神様みたいなマネをしてくると予想出来るだろうか。予想出来るやつなど居ない。
誰も言葉を口に出来ない。
しかし、ここで止まっていることも出来ない。いつか竜巻に吹き飛ばされるだろう。
「戻りますか?」
サヤがリーアに言った。
「戻ったらあの竜巻の群れを無事に抜けるのに魔力の大部分を使うことになるわ。そしたら隠遁の魔術をまともに使えない。結局詰むわ」
「竜巻は王都の近くじゃ発生してないな。あそこが安全地帯か。要するに罠だろうな」
後の竜巻は本当に見渡す限りに発生していた。どれだけの範囲まで嵐が起きているのか見当もつかない。リーアは抜けられると言っているがシロウトの私にはそれさえ不可能に思えるほどだった。しかし、王都の城壁周辺には竜巻は発生していなかった。あそこまでたどり着ければレイヴンの魔術も使えるのかもしれない。だが、レイヴンの言うとおりあからさまに安全過ぎた。私にも罠に思えた。
退路は断たれている。進む方が安全だが、罠の確率が高い。
罠に飛び込むしかない。そういう状況なのかもしれなかった。
しかし、そんなことを決断出来るのか。それを決断するということは、この旅のなにもかもがご破算になるということだ。そして、その責任を負うということだ。
それは自分から失敗を選び、そこに伴う苦痛を味わうということだった。
少なくともそうなる可能性を覚悟するということだった。
それは、そんな選択は、
「進むわ」
しかし、リーアは言った。
「多分、あの城壁付近であの龍が来る。あの竜巻の中じゃ隠遁の魔術もまともに使えない。その時点であの龍に補足されるでしょう」
「それで、あの龍と戦うわけですか」
サヤは不敵に笑っていた。戦闘狂だった。
「ええ、私達は戦う。そしたらレイヴン、あなたはそこでこいつを王都の中に飛ばして」「なるほど、それで僕たちの目的は完了ってことか」
「いいえ、多分王都の中が本番。そこで連中の誰かが待ち構えてるわ。だから、こいつを飛ばした後、レイヴンもすぐに中に飛んでもらう。逃げる能力じゃあんたが一番だから」
「なるほどね。でも大丈夫か? お前達があいつから逃げる手段がなくなるぞ?」
あの龍人は強い、強すぎる。こんな現象を起こす人間の領域を越えた存在だ。以前の戦いでリーアたちの攻撃はなにひとつあの龍人に傷らしい傷を付けられなかった。やつに唯一効果があるのがレイヴンの魔術だったのだ。レイヴンが居ない状態で龍人と戦うということはすなわちリーアたちはあの龍人への対抗策を失うということだった。リーアたちの作戦、龍人をどこか遠くへ飛ばした後に隠遁の魔術をかけて逃げる、その方法が使えないということだった。
「なんとかするわ」
だが、リーアは一言で返した。それは絶望を無理に押し殺したような言い方ではなかった。ただの決意だった。本当になんとかしようとしている人間の言葉だった。
「そうか。龍人を間近で見られないのは残念極まるが仕方ない。了解だ」
レイヴンもなんの反論もなく答えた。
なぜなのか。今度ばかりは本当に命の終わりが見えているのだ。今度ばかりは言い逃れ出来ないのだ。私を斬り捨てて逃げるべきなのではないのか。でないとみな死ぬのではないのか。
「俺を置いて逃げれば良いんじゃないのか」
たまらず私は言っていた。
そんな私を見てリーアは目を丸くしていた。それから頭をぽりぽり掻いた。少し困っているような感じだった。
「あんたを差し出しても向こうが私達を見逃す保証はないわよ。大体、あんたが居なくっても【トネリコの梢】の精鋭だってだけでカンパニーの連中には殺すに十分なんだから」「でも、助かる可能性だってあるだろう」
「悪いけどそれはパス。私はあんたを助けるって決めてるし。ここに居る全員がそのためにここまで来たんだから」
「なんでだ、なんでなんだよ」
私には意味が分からなかった。本当に分からなかった。
「それから、あんた私達を舐めてるみたいね。悪いけどおんなじ相手に何回も負けるほど私達弱くないわよ。なにがなんでも生き残って逃げ切るから。だから、あんたが私達の心配なんかしなくて良い。ただ、一目散に教会にたどり着くことを考えなさい。気にかけてくれるのはありがとうだけどね」
心配? 心配だって? 私はただ今まで生きてきて知っている常識に照らし合わせて言っているだけで。ただ、私を常に打ちのめしてきた現実に従った意見を言っているだけで。そんな人間らしい感情から言っているわけではないはずだった。私の心は摩耗していて、もう他人に気を回す余分なんかなくて、ただ安らぎだけを求めているはずだった。
そのはずだった。もう私という人間は終わっているはずだった。
だが、でも。確かに私はリーアたちがこれから死地に向かうと分かった瞬間に、これまで感じたことのない言いようのない寂しさを覚えていたのだ。
行って欲しくなかったのだ。死んで欲しくなかったのだ。
私は一緒に旅をしたこいつらを失いたくなかったのだ。
リーアの言っていることはどうやら本当らしかった。私は、私は一体いつ以来のことか、誰かを気にかけたらしい。
そして、こんな風に自分の感情を吟味することも果たしていつ以来か分からなかった。
「それじゃあ行くわよ。ここに居るだけだと無駄死にだわ」
「まったく、とんでもねぇ光景だな」
リーアに促されダリルが馬を進めた。馬車は竜巻の群れが待ち構える平原へと突っ込んでいく。
巨大な竜巻が徐々に馬車に近づいてくる。
「レイヴン、あんたは城壁から王城の中が本番だからここで魔力は消費しないこと」
「良いのか? お前だって龍人と戦うのが本番だろう」
「私の魔力量知ってんでしょ。あんたよりはずっと保つわよ」
「なるほどね。ならそっちは任せた。いざとなったら奥の手は使えよ」
「あれは本当に最後の手段よ」
リーアとレイヴンが話しているうちにも一つ目の竜巻がまさに私達の眼前に迫っていた。
「押し切る!」
リーアが指を振る。すると、淡い光の膜が馬車を覆った。
馬車はそのまま竜巻の中に突っ込む。すさまじい轟音が馬車の中を満たし、今にも浮き上がりそうだった。しかし、馬車は持ちこたえていた。
「そのまま行け!」
ダリルが手綱を振るう。馬は全力疾走を続け、そのまま竜巻を抜けた。馬車は無事だった。
「このまま城壁へ!」
リーアが叫んだのと同時だった。
遠くでなにか恐ろしい者の咆吼が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます