第25話
私の視界は空にある。自分の身体もカラスになっているのだろうが、それを自覚することは出来なかった。このカラスの群れ全てに私の意識があるような状態なのかもしれない。妙な感覚だった。
そして、私の意識は徐々に降下し、城壁まであと少しの地面に下りる。
そして、私は身体を取り戻した。
「あと1回飛ぶぞ」
隣で共にカラスから人間に戻ったレイヴンが言った。
「リーアたちは大丈夫なのか」
あそこからどれだけ離れたのだろうか。嵐の向こうで炎と思われる光や、魔術と思われる閃光が見え隠れしていた。
今、あそこでリーアとダリルとサヤが龍人と戦っている。
「さてね。リーアは大丈夫って言ってたからな。五分五分ってとこか」
「五分五分」
「あいつらの心配より自分の心配をしろよ。リーアたちが一瞬でもあの龍人を逃したら次の瞬間には君の首が飛ぶんだからな」
ぞっとすることをレイヴンは言った。そうか、あの程度の距離なら龍人には無いのと同じだ。
「この旅の目的は君が無事に教会に着くことだ。あいつらもそれを望んで戦ってる。龍人を見たいのはやまやまだが行くとしよう」
そして、またパチンとレイヴンが指を鳴らす。再び私とレイヴンの身体がカラスの群れへと変わった。また、視界が空へと舞い上がる。
私の意識はそのまま飛び、白い城壁を越えた。中には街が広がっていた。それは私が居た街など比べものにならない大きな大きな街だった。人も多い。見たこともないほど高い建物、荘厳な建物。とにかく、私の知らないものが見渡す限りに広がっていた。
しかし、私はすぐにその景色から視線を離す。それどころではない。そんなものを見ている場合ではない。
私は元いた場所に目を凝らす。まだだ。まだ、戦いは続いていた。まだ、リーアたちは生きている。
それを私は見続けた。意識が下りていき、城壁にそれが隠れるまで私はそれを見続けた。
そして、街の裏通りの建物と建物の間で私は再び人間に戻った。隣でレイヴンも姿を取り戻す。
王都の中も雨が降り風が吹いていた。しかし、外よりはましだった。
「さて、ここからが本番だ。君を教会まで送り届けないとならないわけだが。さすがにあの魔力の乱れの中を飛ぶのは疲れたな」
レイヴンはものすごくダルそうな顔をしていた。レイヴンはあの竜巻は魔力の流れを乱していると言っていた。カラスの魔術の効果範囲が狭まるとも言っていた。つまり、かなりの無理をしてここまで魔術を使ったらしかった。それで、この疲労か。
「あと、3回は飛べるがそこから教会までは君自身で行ってもらうことになる」
「分かってる。それぐらいは俺もこなす」
「頼もしいね」
レイヴンは笑っていたが私にはどこか不気味だった。笑うのが下手なのかもしれない。
「さて、とっとと行くとしよう」
レイヴンが手を上げた時だった。
「おっと」
レイヴンの身体が一瞬でカラスの群れになり、砕け散った。
原因は明らかだった。銃声が響いたのだ。この薄暗い路地裏に銃声が響き渡った。
「それは無理だな。お前達の旅はここで終わりだ」
そして、声が響く。女の声。私はそちらに視線を向ける。そこには労働者のような服装の女と、金髪で薄ら笑いを浮かべる男の姿があった。男の手には二丁の回転式銃があった。
カンパニーのヌエと銃使いの男だった。
見つかったのだ私達は。こいつらに動きを捕まれていた。
カラスに砕けたレイヴンが再び人間の姿に戻る。
「これは困ったな。一応気を配ったつもりだったが、どうやら見つかってしまったらしい」
「どれだけ魔術を使っても無駄だ。この王都はカンパニーの敷地だ。見つける手段はいくらでもある」
「なるほど、ここが本拠地か。神出鬼没、正体不明のカンパニーの情報の一旦がついに明らかになったというわけだ」
「ああ、そして知ったお前たちは必ず殺す」
ヌエの眼光は氷のようだった。いや、氷よりもっと冷たい。まるで無機質で人間の目とは思えなかった。
隣りの金髪が銃口を私達に構える。どうやら、ここでやり合うつもりのようだった。
「どうする、ノア・フォーブス。お前は戦闘要員ではないだろう。逃げるなら逃げても良いぞ」
「僕の名前をなんで知ってるんだかね。とっくに捨てた名前だってのに。興味深いねカンパニーは」
レイヴンが指を鳴らす。レイヴンの魔術の発動その合図。しかし、なにひとつ起きはしなかった。
「無駄だ。この周辺全ての土地を呪った。お前の内部にかける魔術ならまだしも、外部にかける魔術は発動しない」
「なるほど、お前呪詛師か。魔獣に呪いを仕込むなんてマネをした張本人がお前ってわけだ」
再び銃声が響く。また、レイヴンがカラスとなって砕けた。しかし、パタパタとそのカラスの群れから血が飛び散った。すぐに形を取り戻したレイヴンの脇腹に血が滲んでいた。
「そして、お前自身も少しずつ呪えている。お前がカラスになれるのもあとわずかだ」
「いやはや、龍人のお飾りの付添人かと思ってたけど思いのほかやるじゃないか。これは面倒だ。本当に面倒だ。帰りたくなってきた。クレアさん」
レイヴンはこんなところでも場違いにクレアの名を呟いていた。
「まぁ、だが。命懸けで戦ってるやつらを残してここまで来たのに帰るのはさすがに後味悪いからな。あと少しだけ頑張ろう。あと少し頑張ってダメなら帰ろう」
むちゃくちゃを言いながらレイヴンは右腕を横に伸ばした。
ヌエと金髪が怪訝な表情でそれを見る。
「
すると、レイヴンの右手が弾け、それが一体のカラスに変わった。大きなカラス。人の背丈に迫ろうかというほどの大きなカラスだった。
「ちっ」
舌打ちと共に金髪がカラスに銃弾を見舞う。しかし、カラスはビクともしていなかった。
「こいつは僕のカラスの親玉だ。生半可な武器じゃ傷つけられないぜ。お前は銃弾に魔術を乗せて戦うだろう。なら手も足も出ないだろうな」
構わず金髪は銃に弾を込めた。そして、目にも留まらない速さで銃をぶっ放す。カラスにはやはり効いていない。そして、レイヴンも再びカラスとなって砕ける。今度は完全にカラスになっていた。ヌエの呪詛とやらが効いていないのか。
ヌエは悪魔のように鋭い眼でカラスの群れを睨んでいた。
「因果律に干渉する呪詛といえど、その術の大本は魔力だ。気付いただろう。こいつは辺りの魔力を根こそぎ食う。お前は僕の魔術を防いで得意になってたが、今度はお前の呪詛が封じられる番だ」
「下らん小細工だ」
ヌエが地獄の底から響くような声で言った。ヌエは懐から何かを取り出す。それは鎖だった。古いさび付いた鎖。いや、錆びだけではなかった。その鎖には赤いものとなにかの肉片のようなものがこびりついていた。
「おとなしくしていれば楽に死ねたというのに。お前はこの世の地獄を味わうことになるぞ」
ヌエは鎖を握り垂らした。
レイヴンが残った左腕を上げた。
「走れ、ジグ・フォール」
その言葉を聞いた瞬間私は走り出していた。
自分でも驚いた。
こんなに一瞬で状況を判断出来たことも、レイヴンの言葉に何一つの疑いも持たなかったことも。
私は、私はなにかが変わっていた。今までとは何かが違った。なにか、遠い昔に忘れてしまったことを思い出している気がした。
後でカラスの声と銃声が響いていた。私は一度だけ振りかえった。レイヴンはたった1人でヌエと金髪を相手取っていた。
私はその光景を振り切り、力一杯走った。
こんなに必死に走るのは本当に久しぶりだった。
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