第4話
近くまで来るとそれは大きな館だった。庭だけで街のひと区画ほどはあるだろうか。屋敷自体も俺の働く割と大規模な工場2つ分ほどはあった。首都の貴族の屋敷なんかはこれくらいの大きさなのだろうか。
とにかく、今まで見てきた人の住みかで一番でかいものだった。
馬車はゴトゴトと豪奢な門を抜け、綺麗な石畳を走り、凝った装飾の大きな玄関の前で停まった。
「さぁ、着いたぞ」
ダリルが言う。リーアはすっと立ち上がった。
「あんたも下りるのよ。しばらくここに住むことになるんだから」
そういう話しらしい。良く分からなかったが言われたとおりに立ち上がり、リーアと共に馬車を下りた。ダリルも下りて3人で玄関の高そうな材で出来た扉を開け、中に入った。
「ただいま。リーア・ダールトン、ダリル・オールドマン、他1人、今戻ったわ」
玄関を抜けた先は広い空間になっていた。貧乏人の私はこういったお屋敷に入るのは初めてなので良く分からなかったが、客を迎え入れる空間かなにかなのだろう。目の前には落ち着いた作りの手すりの大きな階段が二階に続き、一階は両脇に広い廊下が一本ずつ続いていた。そしてその廊下のさらに手前にはドアがあり部屋があるのが分かった。
リーアが言って数秒後、一階の右にある扉が開き女が1人出てきた。
メイド服の女だった。女はすすす、とまるで滑るような動きでこちらまで歩いてきた。
「リーア様、ダリル様、お待ちしておりました。そちらが保護した一般人の方ですか?」
女は相当の無表情だった。およそ感情らしきものは読み取れなかった。
「そうよ。安全を確保する算段が整うまでここで匿って欲しいの。ミルドレイク卿は居るの?」
「旦那様は執務室で公務をなさっています。リーア様、ダリル様がお戻りになられたら通すようにと仰せつかっております。しばし、談話室でお待ちになってください。お仕事でお疲れだと思いまして暖かいお茶とお茶菓子を用意しております」
「そう、助かるわ。じゃあ、そっちでしばらく休ませて貰うわね」
「かしこまりました。私は旦那様に皆様がお戻りになったことを伝えて参ります」
そう言うと女はまた滑るような足取りで歩き、階段を上って2階へと消えていった。
「じゃあ、あっちで休みましょうか。私も結構疲れたし。ダリルもあんたも疲れたでしょ?」
「ああ、一日中雨の中魔獣と顔合わせてたんだ。ひでぇ一日だった」
ダリルは肩を回して深々と溜息をついていた。
「まぁ」
私は短く返答した。リーアは一瞬眉をひそめたがすぐに元の表情に戻りそのまま玄関から見て左の扉に向かって歩いていった。私たちもそれに続く。
リーアが扉を開いて中に入る。
そこは大きな部屋でやけに高い天井、凝った造りの照明、赤々と燃える暖炉、そして高そうなソファとテーブルがあった。
金持ちの作った金持ちのための部屋だった。
私はどうも入った瞬間居心地が悪かった。
「戻ったわよ。あら、今日は2人だけ?」
リーアが言った通り、部屋の中には2人の先客の姿があった。
「今が何時だと? もうみんな自分の部屋ですよ」
「晩飯時は結構居たがね。10人弱はいってたかな」
1人は黒髪の女。一目で東洋系だと分かる顔立ちだった。傍らに身の丈ほどの剣が鞘に入って置かれていた。
もう1人は男だった。メガネをかけて天然パーマなのか寝癖なのか頭はぐしゃぐしゃだった。旨そうに紅茶を飲んでいた。
「そう、もうそんな時間だったか。ずっと馬車に揺られてたから良く分からなかったわ」
「改造魔獣を追っかけてたんだろう? で、収穫はなしと。代わりにその青年が1人か。成功かな失敗かな」
「巻き込まれた一般人を無事に保護したんですから収穫ありですよ。いちいち角の立つことを言わないでください」
「失礼失礼」
男はなにがおかしいのかクツクツ笑っていた。それを見てリーアは苦笑いを浮かべており、ダリルはうんざりした様子だった。
「まぁ、かけたまえよ。暖かい紅茶が用意されてるんだ」
「ご相伴にあずかるわ。こちとら、雨の中馬車に揺られてたから寒いのなんのって」
男にうながされるままにリーアがソファにかける。ダリルも一言も発さずに続いた。
「あんたも座りなさいよ。寒かったんだからあったまらないと」
言われるままに俺もダリルの横にかけた。
メガネの男がなんの曲か鼻歌を唄いながら俺たちの分の紅茶をカップに注ぎ配った。
「彼に怪我はないんですか?」
「無傷よ。戦闘には巻き込まれなかったから」
「それは良かった。しかし、なんでまた魔獣のうろつくような街の外に? あの街の外にはほんとに何もなかったような」
どうやら東洋系の女は私に言っているらしかった。私はしばし考える。消えたかったなどと正直に言うのは少しはばかられるように思われた。代わりに、
「ちょっと嫌なことがあって。街から出たくて」
そう応えた。
「はぁ。いくら気分転換でも街の外に出るのはおすすめしませんよ。物騒ですから」
「以後気をつけます」
俺はぼそぼそと応えた。女は怪訝な表情を浮かべていた。
それから私たちは紅茶を飲みつつリーアは東洋系の女とメガネの男と恐らく世間話をしていた。内容が魔術だのなんだののことで私にはさっぱりだった。
ダリルは一言も話さなかった。3人の会話にまるで参加しようとしていなかった。仲が悪いのか単に人付き合いを面倒だと思っているのかは分からなかった。
私は居心地が悪かったがどうにでもなれという思いだった。だからなんとなく暖炉の火を見つめていた。
そんな感じで30分ほど経過したころだろうか。
「リーア様、ダリル様、ジグ様。旦那様がお呼びです」
部屋のドアが開きさっきのメイドが顔を出した。
いつの間にか私の名前を知っていたのは不思議なものだった。
「なら行きましょうか」
リーアはそう言ってダリルと俺に先だって席を立った。私たちもそれに続く。
どうやらこの屋敷の主に会うことになるらしかった。どこまでも奇妙な状況だ。私はしかしあまり危機感は感じていなかった。なにもかもが摩耗している。
「君」
部屋から出るところで呼び止められた。メガネの男だった。
「ちょっと疲れすぎだ。あんまり派手に動かないことだね。良くないなぁ」
そんなことを言ってきた。
良く分からなかったが余計なお世話だと思った。
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