第3話

 ゴトゴトゴト、俺は揺れていた。いや、私の周りが揺れていた。要するに私は馬車の荷台に乗っていた。

 荷台の後ろの幌の隙間から見える外は真っ暗だった。要するにもう夜になったのだ。

 あの街の外での一件から早数時間というところだろうか。

 なんとなく、腹が減ったなという風に思った。

「気分は悪くない? 街に住んでたならこんなに馬車に乗り続けることも珍しいでしょ」

「ああ、なんか体がふわふわする感じがする」

「まぁ、その程度なら問題ないわね」

 私の目の前には女が居た。リーアと名乗り、魔女だと言ったあの女だ。私と女が荷台に乗っていて、御者はあの斧を振るっていた男が担っていた。

 魔女や魔術師は魔法を使う連中のことだ。魔法の研究をしたりしている連中だ。その魔法を庶民の生活のために使ったり、戦争に使ったり色々だ。

 斧を振るう男は魔獣狩りかと思われた。あんな馬鹿デカい武器人間相手にはあまり使わない。

 私はこの2人に運ばれているところだった。

 あの魔獣退治の一件、それに居合わせた私はなぜだかこの2人と共に馬車に乗り、どこぞに運ばれているところだった。

 どこに行くのかは良く分からない。

 とにかく「この戦いを見られたからには身の安全を保証出来ない。私たちと来るしかないわ」と言われたので分かりましたと付いてきたのだった。

 よくよく考えれば身の安全が保証されなくてもどうでも良い気もしたが、今までの常識から命が危ないと言われたら自然と守る方の選択をしていた。

 これからどうなるのかも分からなかったが、どのみち私の人生なんかどん詰まりでどうなるのか分からなかったのだから同じことだと思っていた。

 だから、ただぼんやり荷馬車に揺られているのだった。

「随分落ち着いてるわね。この先どうなるのか気にならないの?」

「まぁ、特には」

「なんにも疑わずに馬車に乗ったのも驚いたけど。不安じゃなかったの」

「あんまり」

 この先どうなっても元々どうなるか分からないので同じことだったし、不安も感じる気力もなかっただけだった。しかし、そんなこと初対面の女に話しても仕方がないと思ったので言わなかった。

 女は、リーアはそんな俺の様子に怪訝そうにしながらも話しを続けた。

「もう言ったけど改めて、私はリーア。そんであの斧振りまわしてた毛むくじゃらがダリル。私たちはある組織に属してて、それであの魔獣を追ってたの」

 女の言葉に御者台の男、ダリルは一瞬顔をこっちに向けた。

「私たちの組織は『トネリコの梢』って言う名前。まぁ、世の中の裏がわで色々やってる便利屋みたいな組織ね。魔術師やマフィアの用心棒崩れに軍人崩れ、魔獣狩りとの兼業、どこぞの商人や政治家も名前を連ねてる。果てには人間じゃないのも何人か。まぁ、なんでもありのゲテモノ組織ね」

 秘密結社とかいうやつのようだった。本当に居たとは驚きだった。

「それで、最近私たちが敵対してる組織の連中が作ったのがさっきの魔獣。元々居る魔獣を人工的に魔術で加工して変異させてる。目的は今のところ不明。だから、私たちは調査してる」

「本当はあの魔獣も捕獲する予定だったんだが、そいつがヘマして逃がしたから討伐するしかなくなったってわけだ」

「言わなくてもいいこと言わないでよ」

「お前の人間性を理解して貰う上で重要な『言うべき事』だろう」

 御者台のダリルが口を挟み多少の言い合いになっていた。どうやらこの2人はこんな感じで小競り合いするのが決まり事のようなものらしい。

「とにかくそういうわけでああいう風な魔獣を追って、捕獲か討伐してるんだけど、どうやら向こうの組織は改造魔獣の存在を隠したいみたいなの。だから、魔獣の目撃者が行方不明になったり、最悪死体で発見されるっていう事件がもう何件も発生してる。だから、私たちはあなたをこうして馬車に乗せて運んでるってわけ。まぁ、いわゆる保護ね」

「余計なお世話だと思ってるかもしれんがマジの話しだ。向こうも向こうで政財界の大物を囲ってるらしくてな。事件は滅多に明るみには出ないんだがよ」

 裏社会で起きる裏の事件というものか。ずっと普通の社会の中で生きてきた私にはさっぱり分からない話だった。分かりたくもない。あんまりにも黒々とドロドロとした話しだ。巻き込まれたのは不幸と言うべきなのだろう。

 つまるところヤバい組織のヤバい魔獣を目撃して、命を狙われるハメになっているということらしい。そして、そのヤバい組織から私を守るためにこの2人は私を保護し、どこぞに移送中という話しらしかった。

 つまり、良く分からないうちにかなりの面倒に巻き込まれたということらしかった。

 昨日まで、クソみたいな職場でクソみたいな毎日を送っていた男が突然こんなワケの分からない状況に巻き込まれているのだった。

 どっちの方がマシなのか。いや、どっちもどっちな気がした。どのみち私の日常は灰色だ。もう頭打ちなのだ。私の毎日はこうで、この先もこうで、死ぬまでこうで。私という人間の生はそういうものなのだと、感じていたのだ。

 そして、それはどこに行っても同じだろう。私という人間の生の限界がもう分かってしまったのだから。

 そして、この世界の限界がもう分かってしまったのだから。

 だから、もう消えてしまいたかったのだ。

 もう疲れ果てていたのだ。

 それは、こんな風に理解不能の状況に巻き込まれても変わらないことだった。

 クソなのだ。色々。本当に付き合いきれない。

「大丈夫? なんかぼうっとしてたけど」

 女に呼びかけられて私は我に返った。

「まぁ、そういうわけで。今は闇の組織に狙われてるあんたを護送して、私たちの拠点に運んでる最中ってわけなのよ。お分かり?」

「大体は」

「.......。まぁ、こんな話しされてすぐに呑みこむのも正直良くわかんないんだけど。あんたなんか変じゃない? 生気がないみたい」

「さぁな。ただ、すごく疲れてるのは確かだ」

「ふーん」

 私の言葉に女はそれだけ返した。

「ようやく見えやがった」

 そんな事を話しているとダリルが言った。今まで真っ暗だった御者台の向こう側にふいに光が現れた。等間隔に並ぶ光、窓の光。かなり大きい。大きな建物が馬車の進行方向にある。

「ようやく着いたわね。それでようこそ、『トネリコの梢・ザルガルーン支部』へ。歓迎するわ」

 女は言った。

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