第29話
「くそが」
ダリルが冷静に斧を振るう。私の牙はあえなく弾かれた。あえなく、いや幸いにもだろう。少なくともリーアはこの現状へのショックで動きが一瞬遅れていた。ダリルが弾かなかったらリーアにこの牙が届いていたかもしれない。本当に良かった。
私の身体は弾かれたままくるりと受け身を取って地面に着地し、うなりながらダリルを睨んだ。
「ぼーっとすんな。死ぬぞ」
「でも....でも....! こんなことって.....!」
「ああ、ひでぇことになった。あいつらは悪魔だぜ。いや、悪魔以上かもな。人間じゃねぇ。だが、ぼーっと突っ立っててもなにも変わらねぇ。戦いは始まっちまった」
ダリルの厳しい言葉。しかし、実際事実なのだろう。目の前に居るのは私だけではない。ヌエもギースも、そして龍人たるズライグも居る。呆けていたら一瞬で死んでしまう。厳しい言葉もダリルなりの優しさなのかもしれない。
「リーア、動いてください。なにはともあれ、連中を倒さないことには始まらない」
「でも....それじゃあいつと戦わなくちゃならない.....」
「リーア、あなたなら出来ますよ。方法があるはずです。魔獣に戻った彼を救い出す方法が。だから、とりあえず連中をぶっ倒して彼にかかっている支配を解きましょう」
サヤが私にカタナを構えながら言う。サヤの言葉はリーアを勇気づけたらしい。リーアの表情に少しづつ力が戻る。いつもの力強い眼に戻る。そうでなくては。私の知るリーアにはそういう表情が一番似合う。
しかし、そんなリーアたちを見てヌエがゲタゲタと笑った。
「方法? そんなものがあると思うか? ジグ・フォールは魔獣の因子を埋め込まれて身体の構造から変わっているんだぞ? そんなものを元通りの人間に戻す方法があるものかよ、加えて」
ヌエが右手を挙げる。
すると後のズライグが前に出て、
「ブレス(息)」
高熱の炎を吹き出した。リーアたちは飛び退いてそれをかわす。私はあえなくその炎を受けてしまう。全身が焼かれたがすぐさま再生する。リーアはそれを忌々しそうに睨んでいた。
「そもそも、私達に勝てると思っているのか? 笑わせるな」
そして、戦闘が始まった。
ギースが二丁拳銃をぶっ放す。ズライグがすさまじい速度でリーアたちに突っ込んでいく。そして、それに私の身体も続く。
リーアたちはそれに応じる。ダリルとサヤが前に出てズライグを迎え撃つ。リーアが魔術でそれを援護する。レイヴンはなにもしないでそれを見る。
ズライグの攻撃は圧倒的だ。リーアとダリルとサヤはそれに必死に応戦する。
とてつもない爆音と暴風を伴いながらぶっ飛んでくるズライグの攻撃をかわし、刃を振るう。魔術をぶつける。しかし、ズライグの身体には傷1つつかない。防御する必要さえ感じていないのだろう。ズライグはリーアたちの攻撃に構わず一方的に爪を振りかざし、尾を叩きつけ、牙を剥く。
「帳よ下りよ」
言いながらリーアが指を振る。今までと違った詠唱ありの魔術。すると一瞬で辺りが真っ暗闇になった。一切の光のない本当の闇。
「またそれか。さっきはそれにしてやられた」
なるほど、これが目くらましなのか。リーアたちはこれでズライグから自分たちの身を隠し、命からがら逃げだしたのだろう。私の身体もリーアたちを見失い動きを止めた。
「大嵐(テンペスト)」
ズライグが言う。すると、闇の中に暴風が吹き荒れ始めた。大雨が降り出した。また昼と同じだ。この龍は嵐を起こし始めた。また、戦場が荒れる。
「ダリル、前方10歩先!」
暗闇の中リーアが叫ぶ。ざざざ、と足音が響く。足音が一瞬で龍に迫った。その時、
ーズシン
衝撃が響く。龍が爪を振り下ろしたのか尾を叩きつけたのか。まさしくダリルが迫ったであろう場所にだ。
「そこか」
しかし、その後にダリルの声。そして、続いて堅いものに刃がぶつかる音が響いた。そして、そのまま飛び退く音。
「音の魔術で足音を偽装したか。どこまでも小賢しい戦い方だ」
ヌエが言った。リーアは偽物の足音で龍に攻撃を空振らせ、その音でダリルたちにズライグの正確な位置を分からせたらしい。
「堅いですね!!」
また、刃の音が響く。今度はサヤだろう。ヒットアンドアウェイでそのままズライグの元を離れたようだ。
そして、闇の中に音が響き始めた。それはいくつもの足音。バシャバシャと何十人分もの足音が闇の中から響き続けた。これではリーアたちの正確な位置はズライグには分からない。位置の分からない相手には龍も正確に攻撃は出来ない。
「息(ブレス)」
龍が闇の中に炎を吹き出す。しかし、この闇は特殊だ。炎でも照らされない。光がないというよりは闇が光を浸食しているようだった。炎も見えない。
「ぬぅ!」
しかし、どうやらリーアたちには当たらないらしい。一度把握したズライグの位置。そこから攻撃方向を予測しかわしたらしい。また、ズライグの鱗に刃がぶつかる。
驚くべき事に、リーアたちはこの怪物と張り合っていた。
「くはは。やるな。これだけの実力差を戦術で覆して見せるか」
ズライグは笑っているらしい。どうやら、リーアたちと戦うのが楽しいようだ。確かにズライグがいくら強大だと言ってもその攻撃が当たらなくては意味が無い。当たらない攻撃には意味が無い。リーアたちはこの龍に対して有利な状況を魔術で作り出したのだ。 実際、私の身体は完全にリーアたちの術中だ。溢れる足音に闇雲に攻撃を仕掛けている。
「余裕ぶっこいてんじゃねぇ!」
闇の中から一際大きな音が響く。2つの刃の音。ダリルとサヤが同時に攻撃したのだ。恐らくリーアによる強化魔術を最大にかけた一撃。
「ぐぅ....」
一瞬ズライグのうめき声が響く。少しだが、
「効きましたかね」
サヤが闇の中で言った。どうやら、ほんのわずかだがズライグに良い一撃を入れたらしい。初めてこの龍が痛みを感じたのだ。
「ああ、効いた。効いたぞ。なるほど、やるじゃないか」
ズライグが楽しそうに言う。
「ズライグ遊んでいる場合か。連中を調子に乗せるな」
「ああ、分かっている。こちらも本気で行くとしよう」
ズライグの不穏な言葉が闇の彼方から響いた。
「解放(アンバウンド)」
途端、闇が吹き飛んだ。吹き飛んだとしか言いようがない。今まであたりに満ちていた闇がかき消えた。魔獣になっているせいだろうか。私にも肌で感じられた。今、膨大な量の魔力が龍を中心にして放たれた。恐らく、それによってリーアの魔術が打ち消されたのだ。闇の中心にはズライグがたたずんでいた。頭から血が流れていた。さっきのダリルとサヤの一撃はズライグの脳天を捉えていたらしい。しかし、それでも一筋血が流れる程度の傷がついただけのようだ。
「....とんでもない.....力業ね....」
リーアが苦悶の表情で起き上がる。今の魔力の波に吹き飛ばされていたらしい。それはダリルとサヤとレイヴンも同じだった。
勝ち筋が見えたように感じた。しかし、それは気のせいだったようだ。ズライグが少し本気を出せばこの有様だった。実力差は圧倒的だった。伝説の怪物は本物だった。人間が敵う相手ではなかった。
「姉さん、やっぱり俺居る意味ないんじゃないの」
ギースが言った。
「なにを言っている。さっさと連中に鉛玉をぶち込め」
「はいはい」
ギースは言われるままに銃をぶっ放した。ダリルとサヤはそれをぎりぎりかわそうとしたがあえなく足に被弾した。レイヴンも銃弾を受けカラスになったが血が飛び散っていた。リーアも横腹に銃弾を受ける。これで全員傷を負ってしまった。
ズライグがサヤとダリルをその尾で吹き飛ばす。
そして、今まさに銃弾を受けうずくまったリーアに私の身体が襲いかかる。みっともなくよだれを垂らし。その食欲のおもむくままにリーアを前足で押さえつける。
「ぐぅ.....」
リーアは苦痛で表情を歪めていた。嫌だった。こんなこと嫌だった。もうなにもかもに絶望して、もうなんの望みも失っていたがそれでもこれだけは嫌だった。リーアを殺すなんて絶対に嫌だった。
しかし、私の身体はそのままリーアの頭に牙を向ける。
だが、その牙が唐突に動かなくなった。
「くくははは」
後でヌエが楽しそうに笑っていた。
「最後だからな。なにか『瑠璃のリーア』に言いたいことがあるだろう、ジグ・フォール」
ヌエは本当に悪魔のように醜悪に表情を歪ませながら言った。
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