異邦人
「あなたはアルクトゥルス人の転生者ですね?」
「………」
私は2人組の訪問者を困惑して見つめた。品の良い白いブラウスと広がりの少ないロングスカートを履いた年配のご婦人達がにこやかに私を見つめ返す。
基本的に来る者拒まず、あるがまま見たまま聞いたままを受け止め、宗教勧誘者や訪問販売が来ても一通り話を聴く事にしているが、流石にこれは訳が分からない。生まれる前の事など記憶には無い。
それとも最近良くあるラノベ設定の同人販売なのだろうか。
椅子のように腰掛けられる上がり框に座った2人にお茶を出して話を聞いているうちに、そんな話が飛び出したのである。
「彼らは争いを好みません。豊かな感受性と強い奉仕の精神を持ち、動物に好かれます」
「はあ…」
誰しも争いたくはないし、弱い部分や美しいものを好む性質はあるのではないだろうか。
誰かに親切にするのは人として当然だし、此方に敵意がない限り、動物だって懐くのでは?
「頭脳明晰で勘が鋭くナチュラルで質素な生活を好みます」
「はあ…」
確かにこの木造の家は襤褸くて言い様によってはナチュラルと言えなくもないが、空気が読めず学校の成績は底辺を彷徨っていた私に当て嵌まるとは思えない。
「耳鳴りや幻聴に悩まされる事はありませんか?彼らは身体が弱いのです」
「ああ…まあ…」
「やっぱり!」
確かに測定不能な程低血圧だし、変な声や音はよく聞こえるが虚弱という訳ではない。
2人は嬉しそうに顔を見合わせて小さな冊子を手渡してくる。『覚醒め』という表題がついていて宇宙の絵が描かれている。
「あの…私が知っているアルクトゥルスは宇宙の赤色巨星なんですが、そんな表面温度が高い所に人が住めるものなのですか?」
「彼らは人ではありません。高次元の精神体なのです」
「はあ…」
ますます訳が分からない。彼女らはどうあっても私を異星からの転生者にしたいらしい。
「天使とも繋がりやすく、何かに護られていると感じたり、シンクロニシティも呼びやすいのです」
「ううん…」
「是非とも私共の集まりに参加してください。その冊子に詳しい事が書いてあります」
「はあ…」
ぼんやり小冊子を受け取った私に丁寧なお辞儀をして2人組は帰って行った。
天使ねえ…。
―子どもたちが…
―空に向かい…
すうが小さな声で歌っている。母がよく歌っていた古い昭和歌謡だ。
「鳥や雲や夢までも…」
続きを歌いながら何気なくラジオをつけると、曲が途中から流れて来た。
『つかもうとしている その姿は昨日までの…』
歌詞の続きを聞きながら私はなんとなく寒気を覚えた。
小冊子を眺めてみたが、ユングのいう『共時性』が起こるのは、同じ好みを持つもの同士の集合的無意識が惹き合うからではないだろうか。
好きな曲がかかるラジオ番組を聞き続けていればそういう事もあり得る。
「茶でも飲むか」
―お茶…おまんじゅう…
すうが早速反応する。私は考えるのを放棄して台所に向かった。
どう抗っても起こる事は起こるし、そこにあるならあるのだ。
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