椎茸の肉詰め

 北側の押入れの奥で光る物体を見つけた。

 衣類や本を虫干しようとして物を移動させたところ、暗がりにうっすら光る物が眼に入った。

 白い茸の群生だった。シロヒメカラカサタケに似た表面が絹状の光沢を持つ小さな茸が、奥の縁にびっしり生えている。


「なぜ…」


 いくら湿気が溜まりやすい北側とはいえ、茸は有り得ない。有り得ないとはいっても眼の前にあるのだからどうにかしなくてはいけない。

 私はマスクをしゴム手袋を嵌めて茸駆除に乗り出した。

 金属製のヘラで根元から茸を削ぎ取り、薄めた塩素系の薬剤を噴射する。

 処理しようと持ち上げた茸から、ふわりと胞子が舞い上がり、私は一瞬目眩を覚えた。眼に入ったかもしれない。

 なんだか眠くなってきて、押入れから身体半分はみ出したまま眠ってしまった。


―どうする…?


―連れてっちゃう…?


 複数の声がヒソヒソと囁いている。眼を擦りながら見回すと、狭い筈の押入れに全身が収まって、奥の板壁に上半身が吸い込まれていた。眼の前の暗い空間には何が居るのか分からない。無数の小さな冷たい手が私の身体を引っ張っている。

 恐ろしさより好奇心が勝ってされるがままにしていると、足首を温かいものに掴まれた。


―だめ…


―いっちゃだめ…


 すうの声だ。私は身体を起こして小さな冷たい手を振り払い、這うように後退った。

 板壁を見ると、ゆらゆら揺れた壁はそのまま何の変哲もない木の壁に戻った。

 

「夢…?」


 私は削ぎ取った茸を纏めてビニール袋に入れ、口を固く縛った。


―あ…あ…キノコ…


 何故か残念そうなすうの声に、袋の中の白い茸を凝視する。


「食べられるの?」


 いやいや。正体不明の茸など食べるべきではない。

 私は押入れの中身を全部外に運び出して日光に当てながら一息ついた。


「今日は椎茸の肉詰めにしようかな」


―しいたけ…キノコ…


―おにく…


 怪異の好物は茸。また不要な情報が増えてしまったと思いつつ、胞子と埃で手の形のように汚れてしまった服をパタパタと払った。

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