炬燵

 炬燵…この四角い冬の魔物…。全てのやる気を吸い取り魅惑の眠りへと誘う恐ろしき存在。生来怠惰な私は抗う術もなく、むしろ進んでその誘惑に身を委ねるのであった…。


「炬燵で寝ると風邪引くよ」


 桑悟の声がする。そういえば双子を招いて鍋パーティーをしていたのだ。新鮮な鱈が手に入ったので、味噌鍋にして熱燗でちびちびやっている内に、満腹も手伝って睡魔に襲われた。


「うう…もう食べられない…」


「寝ぼけてんの?アイス食べる?」


 椎和が眼の前にアイスクリームを差し出す。鍋をご馳走になるから、と律儀に差し入れを持ってきてくれたのだ。


「食べる…」


「食べるんだ」


「一個卓袱台の隅に置いといて」


―アイス…アイス…


 鍋の中身も器によそって置いておいたが、それは空になっている。椎和は首を傾げながらも私に云われるがままアイスクリームを卓袱台の隅に置く。

 あえて突っ込まないのが彼等らしいが、置いた食べ物が何処に消えているのか不思議に思っているのは確かだ。だが其れは私にも分からないので仮に訊かれたとしても答えようがない。


 何時の間にか後片付けをしてくれていた双子が、蜜柑の入った籠も持ってきて炬燵に潜る。既にアイスを食べ終えていた私は橙色の艶やかな果実に手を伸ばす。


「はー極楽極楽」


『おばあちゃんか』


 聞き慣れた双方向からの突っ込みも無視して蜜柑の皮を剥いていると、ふと思い出したように桑悟が笑った。


「そういえば、おじさんが鱈持って来た事あったよね」


「ああ…あの時は大変だった…」


 気紛れに姿を消す父は、興味を持った物を追いかけて時々ふらりと何処かへ行ってしまうのだが、慣れている母と私は二、三日すれば戻って来るだろうと放置していた。


『ナマハゲが見たくなって青森に行ってきた。お土産は牡蠣と鱈。鍋にしよう』


 手に大振りな鱈を引っ提げて得意気な顔で戻って来た父は「よろしくね」と、当時高校生だった私に丸投げしてきた。

 私はネットで鱈の捌き方を必死で検索して、巨大でぬるぬる滑る魚をなんとか三枚におろし、双子一家を招いて鍋パーティーをした。


「あれで三枚おろしが出来るようになった」


「良かったじゃん」


 父の所為で、椎和に言わせれば、父のお陰で日常あまり使わないスキルが身に付く事が多かったのは確かだが、鱈を捌く際に軍手を嵌めていた手がしばらく魚臭くて二、三日悩まされた。


「魚は買ってきた切り身で充分」


 私は投げ遣りに云ってまたゴロリと横になった。


『だから寝るなって』


 そう言いつつも炬燵の魔力には勝てなかったのか、双子も潜り込んで横になった。足がぶつかっただの暴れると冷気が入り込むだのと小競合いをしながらしばらく笑っていたが、そのうち三人で眠り込んでしまった。

 

 夢現に、空いた炬燵布団の隙間から、奥で何かが忍び笑う声を聞いたような気がした。

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