カステラ
社員旅行で長崎に行った。すうにカステラを買ってそれだけ持って駅の中を歩いていた。
他のお土産や荷物は先に家に送ってあるし、多少の現金と携帯電話さえあれば大概は事足りる。極力荷物は持ちたくない怠け者にとっては有難い時代になったものだ。
以前友人達と飲みに行って、待合せ場所に手ぶらで行って驚かれた。気楽な飲み会だったしドレスコードがあるような場所に行く訳ではなかったので、サンダル履きにTシャツジーンズというラフさ。
支払いの時に後ろのポケットからマネークリップに挟んだ札を出したら、何故か腹筋が崩壊するのではないかというくらい笑われた。
『そんなん持ってるやつ初めて見た。小銭どうしてんの?』
『ポケット』
『オラオラ飛んでみろ』
一昔前のヤンキーのような台詞に、酔いも手伝って素直に飛ぶと、ポケットの中の小銭がチャリンチャリンと音を立て、友人達は更に笑った。合理性を追求して何が悪い。
―Hey, how are you doing?(ねえ、何してんの?)
―Where are you going?(どこ行くの?)
友人との遣り取りを思い出していた私の耳元で声がする。反応しないようにしていたが長崎からずっとこうだ。
最近は怪異もグローバル化しているのか…。家までついて来られたら厄介だ。英語で煩い、帰れってなんて言うんだっけ。
go back?shut up?一応頭に英語は浮かんだものの、ネイティブでない私の発音が通じるかどうかも分からずモタモタしているうちに家についてしまった。
多少煩いが数日無視していれば何処かに行くだろうと諦めて家の中に入る。
「カステラ買ってきたよ」
卓袱台の隅に切ったカステラを置いたがすうの反応はない。代わりに玄関の次の間―私が勝手に『控えの間』と呼んでいる小部屋―の方から何やら言い争う声がした。
―Get out(出ていけ)
やけに流暢ではっきりしたすうの声が聞こえたのを最後に言い争う声は止んだ。怪異同士の会話は以心伝心なのかと思っていたが、そうでもないようだ。
―カステーラ…
―デリシャース…ヤミー…
気付けばカステラは卓袱台の隅から消えていた。我が家に住み着いた怪異は英語も操るらしい。
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