電話

 真夜中に電話が鳴った。今どき珍しいダイヤル式の固定の黒電話を使っているが、携帯電話が主な連絡先になっているので、その電話が鳴る事は稀だった。


「もしもし?」


 私は寝惚け眼を擦りながら電話に出て、壁にかかった古い振子時計を見た。午前三時。螺子を巻く方式のその時計は毎日手入れしているが、私が寝過ぎたのでなければまだ午前の筈だった。


『………』


「もしもし?」


 受話器の向こうからは何の答えも聞こえない。微かな息遣いが気持ち悪い。こんな夜中に無言電話か。私は眠りを邪魔された腹立ち紛れに乱暴に受話器を置いた。チン!と音を立てて静かになった電話から遠ざかろうとすると、またけたたましい呼び出し音が鳴る。


「もしもし?どなたですか?いい加減にしてください。父はもういませんよ」


 昔もよくこんな電話が掛かってきた。ふらりと出掛けた先で、誰彼構わず仲良くなる父は彼方此方から動物や人間を拾って来たが、中には自分だけが特別だと勘違いして、粘着したり恨みを抱いたりする人もいたのだ。

 私は眠くて苛々していたので、受話器を置いた。もう電話線を引っこ抜いて寝てしまおう。

 だが程なくしてまたベルが鳴る。線を抜いたのに?恐る恐る受話器を取ると、雑音に混じって微かな声が聞こえた。


『………元気そうだね』


 掠れてザラついた音声は誰とは特定出来ないが、穏やかに響くその声は父のものにも似ている気がする。そんな筈は無いと思ったが、思わず問い掛けた。


「お父さん…?」


 声は答える事なく通話が切れた。聞こえるはずの無いツーツーという機械音が耳に響く。私はしばし受話器を見つめて呆然と立ち尽くしていた。悪戯にしては質が悪いし、線が繋がっていない説明もつかない。


 夜中だというのにすっかり眼が冴えてしまったので、蜂蜜と生姜入りのホットミルクを作る。身体が温まれば眠れるかもしれない。


―みるく…


―みるく…


 どうせならさっき出て来てくれれば良いのに…と多少恨めしく思いながら、私は卓袱台の隅に温かいミルクの入ったマグカップを置いた。

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