クッキー

 古い木造家屋の台所から甘い香りが漂っていた。

 休みの日に手持ち無沙汰だったので、暇潰しにクッキーを焼いてみた。

 チョコチップやナッツを入れて、適当にスプーンですくった生地をオーブンで焼く。


―クッキー…


―クッキー…


 すうは先ほどから落ち着かなく家の中を歩き回っているようだ。

 クッキーが待ち切れないらしい。

 沢山焼けたので、いつもお裾分けをくれるお隣の奥さんに渡しに行く。


「あらあ、ありがとう。美味しそうね」


 年配のふくよかな夫人は、丸い頬を綻ばせて喜んでくれた。


「いいお嫁さんになるわね」


 何気ない一言が私の心を掠める―掠めるだけだ。

 嬉しくもないし、刺さりも抉りもしない。

 

 見た目も心も女に生まれた筈だが、ジェンダーの区別も付けずに育てられた私には、その言葉はどうでもいい。

 男性と女性はどうあっても違う特性を持った個体だし、抗うつもりもない。


 可愛い物は可愛いし、無骨な造形や機械的な物に惹かれたりもする。

 世間の云う女らしい男らしいという言葉の意味もいまいち理解できない。

 便宜上自分を『私』と云うが、それは『自分』という意味で、『俺』でも『アタシ』でも何でもいい。

 声高にフェミニズムを叫ぶのも面倒臭い。

 

 そう、面倒臭いのだ。

 会社にも持って行こうかと思ったが、女子力がどうとか結婚がどうとか云われる事を想像しただけで面倒になった。

 菓子ではなく塩辛でも作ったら今度はオヤジ臭いとか云われるのだろう。


 結局、大量に作ったクッキーは、全部すうにあげる事にした。


―クッキー…


―いっぱい…


 すうは数日嬉しそうに過ごしていた。

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