3.かぼちゃ
同じ男なのに、とてもきれいな笑顔だと司は思った。
いや、きれいというよりは無垢な笑顔というべきか?
友人の栄一が可愛らしいタイプなら、律は純真を絵に描いたようだ。
「ありがとうございます。蒼の夜の中で活動できる人は限られているので、とても助かります」
律は蒼の夜のことについて話してくれた。
昨日簡単に話された通り、蒼の夜は異世界とのつながりでできる特別な空間だ。その中で起きていられる者は本来地球人では発揮できない力を手にすることができる。
律たちの武器も魔力の具現化だ。
蒼の夜の中で怪我をしても空間が消えれば傷も消えるが、命が失われてしまえば亡骸ごと消滅してしまう。
つまり怪我は大丈夫でも死んではいけないということだ。
司はごくりと唾をのむ。
昨日も聞いた通り、世間には蒼の夜について話してはならない。巻き込まれたら逃げることもかなわず問答無用で食い殺される可能性の方が高いなどと広まればパニックになってしまう。
なので蒼の夜については、昨日律が司にしたように生存者にのみ打ち明けられる。
「それじゃ、もしも活動に参加しないと返事したらどうなるんですか?」
まさか口封じに監禁されたり殺されたりとか、と考えて司はぶるりと震えた。
「あはは。今きっと氷室くんが考えているようなことはしませんよ」
「何考えてるか判りましたか」
「うん。僕も聞かされた時に、ひょっとして断ったら口封じ? って考えました」
だから笑ったのかと司も笑みを浮かべた。
「それだけ重要で危険なことだから。氷室くんもこれからも気をつけてくださいね」
司は表情を引き締めてうなずいた。
律は続いて、蒼の夜対策班について話し出す。
日本では国防を担う防衛省の一部に蒼の夜の存在は知られている。だがなにせ特殊な空間の中で動ける人間は限られているので防衛省はバックアップがメインで、実際に戦うのは律たちだ。
「蒼の夜を打ち払うグループだから、僕達のことは『
案外安直なんだなと思いながら司はうなずいた。
「蒼の夜の中で活動できる人に法則とかあるんですか?」
「ないよ。でも若い人の方が平気な場合が多いんじゃないかって話ですね」
律の勤めるこの「トラストスタッフ」は人材派遣会社だが政府とつながっていて、蒼の夜対策班が置かれている。一般企業の内部の小さな部署に任せることで注目されにくくしているのだとか。
「この辺りのことはあんまり詳しく知らなくてもいいです。政府公認の活動だ、ぐらいに思っていていただければ」
話はこれからの司の活動についてに移る。
まずは蒼の夜の中でも戦えるように訓練する。武器も扱えるようにならなければ戦えない。
「訓練って、どこでどうやって?」
「訓練施設があります。今から行きましょう」
会社の入っているビルから徒歩五分のところの建物だった。何かの研究施設のように見える。
施設の中の広い部屋で
髪をおろし、眼鏡をはずした「戦闘態勢」だ。彼女の背には化け物を斬り伏せたあの大太刀がある。
「えっ、ここって……」
「はい。蒼の夜の空間を人工的に作り上げた部屋です」
再現させるのに成功したのは五年前だそうだ。
「律、彼はあなたの部下、と言わなくても後輩になるのですから先輩らしい態度でいないと」
遥がきっと律を見つめて言う。
「あ、うん、そうだね」
「律は意識していないと柔らかい雰囲気なのですからナメられますよ」
「あ、はい」
いさめられて律はふわりと笑った。その笑顔に遥も息をつきながらも口元が緩んでいる。
子供の小さないたずらを見逃す姉か母のようだ。
二人の力関係をこの一瞬で把握した気がした。
別にナメたりしませんしと言おうかと思ったがなんだか割り込めない雰囲気なのでやめておく。
「それじゃ、訓練に入ってもらおうか。まずは君がどうやって戦うかだね」
遥に言われたからか、律の口調がですます主体から砕けたものに変わった。それでも上から目線的なものを感じないのは律の人柄なのだろう。
どうしたい? と問われるが司はいまいちピンとこない。
「どんな方法があるんですか?」
「イメージ次第だよ。武器で斬っても殴ってもいいし、魔力を直接ぶつけてもいい。僕みたいにサポートメインにしてもいい」
遥の大太刀も、律のクロスボウも彼らが自分で望んで作り出した武器ということだ。
ならば、と司は武器のイメージをする。
サポートよりは直接攻撃する方が自分の性にあっている気がする。バーチャルリアリティのアクションゲームで近接武器をメインに使っているので戦いのコツは掴みやすいかもしれないと思う。
司の手に現れたのは黒塗りの鞘に収まった、長さ一メートル弱ほどの日本刀だ。
「近接戦闘武器ですね。ならばわたしが稽古をつけましょう」
遥が言う。
ならばさっそくと司は刀を抜いた。
「まずは素振りです。それが済んだらこれを斬ってみてください」
遥が取り出したのは、かぼちゃだ。
見間違いかと思ったが二度見しても三度見しても、まるまると大きく美味しそうなかぼちゃだ。
「日本刀ならば刀の振り方で切れ味が変わります。かぼちゃのような不安定で皮の堅いものを綺麗に切れたなら第一歩を踏み出したと認めましょう」
これじゃまるで某アニメの訓練だなと司は苦笑いしたが岩を斬れと言われないだけましかと気を取り直す。
師匠となった遥に言い渡された素振りのセットを済ませ、司はテーブルに置かれたかぼちゃに向き直る。
刀を振りかぶり、気合いの声を発しながら刃を振り下ろした。
刀身がかぼちゃに食い込む!
真ん中あたりで止まってしまった。
「筋はいいです」
ほめられて司は顔をほころばせる。
「しかし今あなたが魔物と戦っても刃が敵の体にとどまったままになってしまって反撃を食らいます」
先日のゴブリンの体に刃が刺さったまま、うろたえる自分が返り討ちにあうのが容易に想像できた。
「技術も大切ですが、体力と精神力も鍛えてくださいね」
遥は微笑して、筋トレとさらなる素振りを言い渡した。
実戦どころか師匠と模擬戦ができるのは、まだまだ先のようだ。
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