7.引き潮

「今日はわたしと対戦してみましょう」


 師匠の一言につかさは目を輝かせた。


 この数日の訓練ではるかの操るどんぐりとも渡り合えている。まだまだ全勝というわけにはいかないが、三本に一本はどんぐりを斬る、あるいは叩き落とせるぐらいにはなっているのだ。そろそろ遥とも試合をしてみたいと思っていた。


 遥から木刀を渡される。

 だが彼女は無手だ。


「師匠は木刀なしですか?」

「はい。まずはこれで」


 つまり今の司相手に武器はいらないと踏まれている。

 かっと頭の中が熱くなる。


 勝てる気などしない。たがハンデありでも余裕だと思われるほどもう弱くはないとも思っている。


「氷室くんはわたしの胴か頭に刀を当てたら一本。わたしは氷室くんの木刀を手から離させたら一本としましょう」


 リーチが違いすぎる。ますますハンデが大きくなったと司は思う。


「判りました」


 判ったが納得はしていない。とにかく師匠から一本取って、大きなハンデを付けなくてもいいのだと認識を新たにしてもらわないといけない。司は意気込んで木刀を正眼に構えた。


 打ち込むと回避された。

 横薙ぎにすると手で刀の腹を弾かれた。

 軽く上げた刃を振り下ろし、すくいあげると左右へのステップでいなされた。


 当たらない!

 司はなおも踏み込み、攻め立てる。


 ナメられていたのではない。これが二人の実力差だ。


 実感した時、遥がぐいと間合いの内側に入ってきた。

 あっと思った時には手をしたたかに打たれ、余りの痛みに木刀を取り落としていた。


「一本」


 涼やかな遥の声が、逆に司の心と頭をさらに熱くさせた。


「もう一本、お願いします!」

「ではまいりましょう」


 結局、三度対戦したが司の全敗だった。

 すっかり息が上がり床に座り込んだ司に、少々呼吸が速くなった遥が言う。


「氷室くんは、落ち着いている性格に見えて結構熱いタイプなのですね。でも前に出るばかりではいけません」


 蒼の夜の中での戦いで相手を討つ、犠牲者を出さないという強い気持ちは大事だが、はやる心で前へ出すぎては今のように体力を無駄に消耗するし、攻撃が単調になって敵に動きを読まれやすい。


「波のように、よせては引いて、相手の思考を裏切るのです。今の氷室くんは引き潮のようにいったん下がることを覚えないといけませんね。引いた後に満ちる潮こそ大きな力が発揮されるのです」


 遥に指摘されて司は悔しい気持ちをぐっとこらえてうなずいた。


 悔しいが、同時にすごいと思う。

 一体この人は、いくつの修羅場をくぐったのだろう。

 どれだけの魔物を討ったのだろう。どれだけの人を助けたのだろう。


 自分もそうなりたい、と思った。

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